河井夫妻買収事件「被買収者」告発受理!処分未了では「公正な再選挙」は実施できない
前法務大臣の逮捕・起訴という前代未聞の事件となった河井克行・案里氏の2019年参議院選挙をめぐる多額現金買収事件の公選法(公職選挙法)違反で、一審有罪判決が、2月4日の控訴期限までに控訴が行われず確定し、当選無効となったことに伴い、4月25日に参議院広島選挙区の再選挙が実施される予定だ。
しかし、この再選挙に関しては、「選挙の公正」の前提に関して重大な問題がある。
案里氏が4人の広島県内の首長・議員に現金を供与した公選法違反の事実について有罪が確定し、また、克行氏の現金買収についても、40人もの首長・議員らの大半が克行氏から現金を受領し、それが選挙買収の金であったことを認める証言をしており、本来、これらの被買収者についても公選法違反で起訴され、公民権停止となり、一定期間選挙権もないし、選挙運動を行うことが禁じられるはずであるのに、検察は、いまだに、被買収者について公選法違反での刑事処分を行っておらず、起訴も処罰も行われていない。
経産省の元課長補佐の西田英範氏が自民党公認候補として同再選挙への立候補を表明しており、2月28日に開かれた西田氏の選対本部の立上げの会合では、河井克行・案里夫妻から多額の現金を受け取ったことを認めている、本来、選挙運動を禁じられているはずの首長・議員が多数参加し、再選挙に向けての選挙活動に加わっている。
前回記事【案里氏「当選無効」に伴う参議院広島再選挙、被買収者の選挙関与で「公正な選挙」と言えるか】でも述べたように、今回の再選挙は、案里氏の現金買収という公選法違反の刑事事件の有罪が確定したことに伴うものであり、案里氏はもちろん、その公選法違反の現金買収の相手方、或いは克行氏からの現金買収を受けたことを証言で認めている多くの首長・議員等の違反者を、選挙に関与させることなく行うべき「やり直しの選挙」だ。ところが、それらの被買収者が堂々と選挙に関わろうとしており、「公正な選挙」を行う前提が充たされていない。
私は、3月4日に、広島弁護士会館で、《「河井夫妻公選法違反事件」と「公正な選挙」に関する緊急レク》を開催し、現状のままでは、今回の再選挙について、「公正な選挙」の前提に重大な問題があることを指摘した。
市民団体の告発は、既に東京地検で受理されているが「捜査中」
この事件については、市民団体の「『河井疑惑』をただす会」が、広島地検に、被買収者の告発を行っている。上記「緊急レク」に参加した同会の山根岩男事務局長から、告発者としてどのような対応をとるべきか質問を受けた。私は「案里氏の有罪確定を受けて、改めて、検察に、早急に被買収者の刑事処分を行うことを求めるべき」と述べた。
山根氏によると、その後、検察に確認したところ、告発状は、広島地検から東京地検に送付され、既に昨年中に告発が受理され、東京地検の事件番号も付されて捜査中とのことだ。
「河井疑惑をただす会」は、本日(3月8日)、同会の告発が東京地検ですべて受理されていること、再選挙が4月25日投票で行われるに当たって、公正な選挙が行われるために、被買収者の一日も早い起訴を求める要請書を東京地検に送付したことを公表した(【「河井疑惑をただす会」Facebook】)。
それにしても、案里氏が買収者の事件で有罪となった4件については、確定判決で公選法違反の事実が認定されたのであるから、ただちに、被買収者の刑事処分が行われるのが通常だ。案里氏の有罪確定から1か月以上を経過しても、まだ「捜査中」で刑事処分が未了というのは全く理解できない。
首長、議員への買収金額は、概ね、市議が10~30万円、県議が30万円、現職首長が、20~150万円、県議会議長が200万円というものだ。
買収者(供与者、お金を渡した者)と被買収者(受供与者、お金を受け取った者)は「必要的共犯」の関係にあり、買収の犯罪が成立するのであれば、被買収の犯罪も当然に成立する。従来の公選法違反の捜査処理の実務からすると、買収罪について有罪判決が確定している以上、被買収者側についても公選法違反が成立し、求刑処理基準にしたがって起訴されることになる。
私が現職検察官だった当時の求刑処理基準では、犯罪が認められても敢えて処罰しないで済ます「起訴猶予」は「1万円未満」であり、「1万円~20万円」が「略式請求」(罰金刑)で、「20万円を超える場合」は「公判請求」(懲役刑)というものだった。今でもこの基準には大きな変化はないはずだ。
この求刑処理基準に照らせば、河井夫妻からの被買収者の大半は「公判請求相当」、一部の少額の事例のみが「罰金刑相当」であり、いずれにしても、公民権停止で、一定期間、選挙権・被選挙権がなく、選挙運動も禁じられることになることは確実だ。
最終的には被買収者の大半が起訴されることは必至
検察は、河井夫妻を買収罪で起訴した時点で、被買収者側を起訴せず、刑事処分すら行わなかった理由に関して、検察側の「非公式な検察幹部コメント」として、「克行被告が無理やり現金を渡そうとしたことを考慮した」「現金受領を認めた者だけが起訴され、否認した者が起訴されないのは不公平」などの理由が報じられたが、全く理由になり得ないものだ。
「買収」というのは、「投票」「投票取りまとめ」を金で買おうというものなので、被買収者側には受領することに相当な心理的な抵抗があるのが普通で、無理やり現金を置いていくというケースもあり得る。その場で突き返すか、すぐに返送しなければ、「受領した」ということになる。無理やり現金を渡されたことを理由に、受供与罪の処罰を免れることができるのであれば、買収罪の摘発は成り立たない。
また、刑事事件では、自白がなければ立証できない事件で、事実を認めた者が起訴され、否認した者が起訴されないことは決して珍しいことではない。それが不公平だと言うのであれば、贈収賄事件の捜査などは成り立たない。このような凡そ理由にならない理由が「検察幹部のコメント」として報じられるのは、処罰しない理由の説明がつかないからである。
検察側が、被買収者側を起訴していないのは、被買収者側に、「本来は起訴されるべき犯罪だが、検察は起訴をしない」という恩恵を与えてきたからであろう。そのため、被買収者側は、最終的に起訴しないで済ませてもらおうと思えば、河井夫妻の公判で、検察の意向どおり、検察官調書どおりの証言をせざるを得ない状況にあったのではないか。
一部には「司法取引をしたのではないか」との見方もあるが、公選法違反は「日本版司法取引」の対象犯罪に含まれないので、正式な「司法取引」はあり得ない。そこで、被買収者に対して、検察に有利な公判証言をさせるために、明確な約束・合意はしないものの、検察の意向どおりの証言をすれば公選法による起訴を免れられるだろうと期待させる方法を考えたのであろう。実際に、被買収者側の首長・議員らの大半が、河井夫妻の公判で、「票の取りまとめを依頼された」との趣旨を認める証言をした。
今回、「河井疑惑をただす会」が東京地検に確認した結果を公表したことで、既に告発が受理され、東京地検で正式に刑事事件として立件されていることが明らかになったわけだが、それは、被買収者の首長・議員らにとって全く想定外だったのではなかろうか。
案里氏の有罪が確定したことで、少なくとも同判決で買収の事実が認定された被買収者の犯罪成立は否定できなくなった。検察は、早晩、刑事処分を行わざるを得ない。不起訴にするとしても、犯罪事実は認められるが敢えて起訴しないという「起訴猶予」しかないが、前述した求刑処理基準に照らせば、「起訴猶予」の理由が全くないことは明らかだ。告発人が不起訴処分を不服として検察審査会に審査請求すれば、「起訴相当」の議決が出ることは必至だ。検察は、その議決を受け、「検察は不起訴にしたが、市民の代表の検察審査会が『起訴すべき』との議決を出したので、起訴せざるを得ない」と言って、起訴することになるであろう。
被買収者側は、河井夫妻の公判で、検察の意向どおりに「投票の取りまとめ」の依頼の趣旨を認識して現金を受領したと証言することで、検察の判断によって起訴されることを免れることはできても、最終的には、検察審査会の議決を受けて起訴されることを免れることはできない。「検察に騙された」と気付いても時すでに遅しである。
それは、被買収者側の「自業自得」であり、同情の余地は全くない。
しかし、検察が、そのような意図で、「公選法違反事件の処理としてあり得ないやり方」を用いて今回の公選法違反事件を処理し、検察審査会の議決まで刑事処分が遅延するということになれば、本来、公選法による処罰の目的であるはずの「選挙の公正」が、逆に、根底から損なわれる事態を招くことになる。
「公正な選挙」を根底から失わせる重大な問題
公選法は、参議院議員の再選挙について、9月16日から翌年の3月15日までにこれを行うべき事由が生じた場合は当該期間の直後の4月の第四日曜日に行うと規定している(33条の2第2項)。2月4日に案里氏の公選法違反の有罪が確定し当選無効になったことから、自動的に、4月25日の日曜日に再選挙が行われることになる。選挙の実施や時期について裁量の余地はない。
しかし2019年参議院選挙における案里氏の現金買収の公選法違反の有罪が確定し当選無効となって、「公正な選挙」をやり直すために再選挙が行われるのであるから、その再選挙の告示前に、当選無効の原因となった案里氏の買収の公選法違反事件に関して、被買収者の処分も含めて、同じ公選法違反事件のすべての刑事処分が行われるのが当然だ。それによって、問題となった公選法違反の違反者を排除した「公正な選挙」が可能となるからだ。被買収者の公選法違反事件について刑事処分が行われず、被買収者が公民権停止にもならず、選挙期間中も選挙運動をやりたい放題の状況で、やり直しの再選挙を行うことなど、公選法は全く想定していない。
もし、このまま再選挙が行われるとすれば、実際に、「選挙の公正」に関して重大な不都合が発生する。
上記のとおり、被買収者の首長・議員らは、調書どおりの証言をすれば起訴されることはないと考えて公判証言したのであろうが、実際には、検察審査会での議決も含めれば、2019年参院選での公選法違反による処罰を最終的に免れることはできない。その被買収者らが、今回の再選挙でさらに公選法違反を犯しても、2019年参院選の違反と「併合罪」として一回の処罰を受けるだけで済む。つまり、今回の再選挙では、彼らは違反をやってもほとんど変わらず、選挙違反は「やり得」なのである。
「前回選挙における買収」という公選法違反の有罪確定で案里氏が当選無効となったことを受けて行われる再選挙で、その事件についての確定判決で被買収の事実が認められた者が投票もでき、選挙運動もやりたい放題というのは、公選法の目的に反する「著しく不公正な選挙」である。
公選法の目的に反する検察の対応が「公正な選挙」を阻害
このような事態に至っている根本的な原因は、刑事事件についての広範な裁量権を有する検察が、その「裁量権の限界」について認識を欠いていることにある。
検察は公訴権を独占しており、事件を刑事事件として扱うか否かについての判断も、すべて検察が独占している。検察の固有の領域とも言える刑法犯であれば、検察の裁量権を制約する要素は基本的にはない。しかし、特定の目的を持つ法律の罰則適用においては、その法の目的に明白に反することは許されない。また、刑事事件の立件の要否についての検察の裁量権も、確定した裁判所の司法判断に反する対応を行うことは許されない。
選挙が公正に行われることは、民主主義の基盤であり、そのためには、公選法のルールが、公正・公平に適用されることが必要となる。買収事案に対して公選法の罰則を適用するのであれば、論理必然的に、買収・被買収の両方に犯罪が成立し、両方に公正・公平に罰則を適用するのが当然である。検察が起訴した買収事件について司法判断が確定すれば、他方の被買収事案についても罰則を適用しなければならない。それを行わないことは検察の裁量の範囲外である。
検察が自ら逮捕・起訴した案里氏の買収事件の有罪判決が確定したことに伴って「公正な選挙」のやり直しとして再選挙が行われるのである。案里氏の事件の司法判断が確定した以上、他方の被買収者の刑事処分を、その再選挙の告示までに行うのは、あまりにも当然のことである。その刑事処分を敢えて行わない「検察の不作為」は、公選法の目的を阻害する重大な義務違反と言わざるを得ない。
被買収者の処分未了のまま再選挙では「良識ある政党」にとって候補者擁立は困難
仮に、このまま被買収者の刑事処分が行われない場合、公選法上は、4月8日に再選挙が告示されることになるが、案里氏の当選無効の原因となった公選法違反事件の刑事処分が未了で、被買収者が野放しになっているという「異常な状態」での選挙となり、「公正な選挙」の前提は全く充たされない。そうである以上、公選法のルールに則った対応をする「良識ある政党」にとって、候補者を擁立して再選挙に臨むことはできないはずだ。
その結果、各政党からの立候補者がない場合、再選挙の「当選者がない」ということで、40日以内に、再度、選挙の告示が行われることになる(33条の2第1項)。そして、検察が刑事処分を行わない限り、選挙の告示が繰り返されることになる。そのような異常な事態が、検察の重大な義務違反によるものであることは言うまでもない。
90年代末の創設時に私も所属した広島地検特別刑事部の独自捜査を発端に、東京地検特捜部も加わった大規模捜査で、従来は、選挙運動期間中やその直近に、直接的に投票や選挙運動の対価として金銭等を供与する行為に概ね限定してきた公選法の買収罪の適用範囲を拡大して、河井夫妻を買収罪で逮捕した検察捜査は、公職選挙の実態を考慮して公選法の罰則適用を抑制的に行ってきた従来の「公選法適用の常識」を覆すものであり、私も、金権腐敗選挙をただす積極的な捜査の姿勢を評価してきた(【検察は“ルビコン川”を渡った~河井夫妻と自民党本部は一蓮托生】)。
ところが、河井夫妻逮捕以降の検察捜査は、事件の背景として極めて重要な事実である自民党本部からの1億5000万円の選挙資金の提供と多額の現金買収事件の原資の関係が強制捜査の対象とされず、事実解明は中途半端なまま終わり、多額の現金を受領した地元政治家ら被買収者側の公選法違反は全く刑事処分が行われず、河井夫妻の個人犯罪であるかのように矮小化されたまま、案里氏の有罪が確定したことに伴う参議院広島選挙区の再選挙の告示が迫っている。
河井夫妻から多額の現金を受領したことが有罪判決等で明白になっている被買収者側の刑事処分が全く行われないという公選法の刑事実務上異常な対応が行われ、それによって、公選法のルール違反を犯し、本来選挙に関わるべきではない彼らの選挙活動が野放しになったままの再選挙になった場合、一連の検察捜査は、公選法の目的とする「公正な選挙」を著しく損なうものとなり、検察にとって「歴史上の汚点」となりかねない。
検察は、問題の重大性を十分に認識して対応すべきだ。