「裁かれない性暴力」被害者は救われるのか。刑法性犯罪規定改正を審議する法務省検討会に求めたいこと
■ 刑法改正に向けて、法務省に検討会が設置される。
2017年に改正された刑法性犯罪規定。しかしその内容は十分でないとして、再度の改正を求める声が高まっています。
特に2019年3月に4件の性犯罪無罪判決が下され、うち3件で、意に反する性行為がなされたことを裁判所が認定していたにもかかわらず、無罪判決が出たことは大きなショックを社会に与えました。
今の日本の刑法では、相手の意に反して無理やり性行為をしても罪にはならない。性犯罪が成立するには、暴行・脅迫(刑法177条)、心神喪失・抗拒不能(178条)、監護者による18歳未満の被害者への犯行(179条)という厳しい要件を満たす必要がある、そのカテゴリーに入らない被害者は救われないという、冷酷な現実を多くの人が改めて思い知らされたのです。
怒りや悲しみは、フラワーデモというかたちで示され、日本中に広がりました。
刑法改正を求めるオンライン署名も10万筆集まりました。その要求項目は
■強制性交等罪(レイプ)における暴行・脅迫/ 心身喪失・抗拒不能の要件を撤廃し、相手からの「不同意」のみを要件として性犯罪が成立するよう刑法を改正すること。
■監護者等性交等罪の適用範囲を18歳以上に拡大し、処罰を重くすること。
■親族、指導的立場にある者(教師・施設職員等)や上司など地位や関係性を利用した性行為に対する処罰類型を設けること。
■低すぎる性交同意年齢を引き上げ、抜本的に見直すこと。
です。この署名を3月末に森法務大臣に提出し、
森法務大臣は直後に、刑法改正をするための検討会の設置を決定しました。これは署名やフラワーデモに参加してくださった皆さん一人一人の力の結果です。
そして、今年の6月から検討会の審議が開始されています。
既に2回の会議が開催され、議事録が公開され、直近では7月9日にも検討会があります。
委員はどんな人なのでしょう?それがこちらに公開されています。
法務省 性犯罪に関する刑事法検討会 各委員から提出された自己紹介及び意見
被害当事者の山本潤さんが検討委員に入ったことも注目されています。
「私たち抜きで決めないで」の悲願叶う 刑法改正の検討委員に性被害当事者が入りました(小川たまかさん)
委員の多くは刑法の学者、裁判官や検察官、弁護士、警察官の方々です。どんな思いでこの責任ある役割を引き受け、どんな意見を持っているのか?それも「意見」として記載されています。
■ どのような改正であるべきか?
被害当事者が検討会に託する思い、それは、被害の実態にしっかり耳を傾け、謙虚に学ぶこと、罰されるべき事案がきちんと有罪にされるような規定を導入すること、処罰の間隙(すきま)をつくらないことではないかと思います。
例えば、2019年3月、名古屋地裁岡崎支部が19歳の少女が実父から性交されるという事案で無罪判決を出しました。
長いこと同様の性交、性虐待をされ続け、生活を父に依存し、拒否すると暴力を振るわれるといったことがあり、抵抗できなかったのに、岡崎支部はこれを「抗拒不能」と認定せず、無罪としたのです。この事件は検察官が名古屋高裁に控訴し、「抗拒不能」と認められ、逆転有罪判決が出されました。
しかし、そうであれば結果オーライで「処罰の間隙はない」と言っていいのでしょうか?
もし被害者が打ちひしがれて控訴を断念していたら、どうだったでしょうか?
そう考えると、このようなケースは抗拒不能と解釈することも可能である→こういう事案は現行法でカバーされている→だから処罰の間隙はない、きちんと法律を適用しないのは裁判官の責任であり、刑法規定を改正するまでの必要はない、という結論になるとしたら、とても無責任であり、刑法改正に込めた被害者の思いに背くことになります。
理論的に法律によってカバーされうる条文はそのまま改正しなくてよい、という議論では被害者は救われません。
また、性犯罪では、加害者が「抵抗できないと認識していなかった」「許されていると思った」という弁解をして、それが認められて無罪になったり不起訴になるケースがあることも忘れてはなりません。無神経な加害者であればあるほど責任を免れるということを許す法律であってはなりません。
不起訴になったり無罪となった案件に謙虚に学び、処罰されるべきなのに処罰されていない事案については、法律の規定を被害者の視点に即して改正すべきだと考えます。
■ 「威迫」を構成要件で足せば解決するのか?
刑法改正に関して、ヤフーオーサーである園田寿さんが「威迫による不同意性交等罪を新設すべきである」という提起をされています。
現在の刑法177条「暴行、脅迫」という要件に「威迫」という要件を加えるというものです。
威迫とは、言葉や動作によって相手に不安や恐れの感情を生じさせることであり、具体的な加害の告知である「脅迫」よりも広く、かつ意思に与える影響が低い場合を想定した法概念である。
と説明されています。
暴行、脅迫より軽いプレッシャーでも性犯罪を成立させようという趣旨でしょう。
実は現在の検討会の座長である井田良教授も、威力や威迫という要件について言及された論文があります(最高裁判例解説「性犯罪処罰規定における暴行・脅迫要件をめぐって」)
もちろん、現行法を改正するという点で、積極的な提案ではあり、議論の出発点として歓迎したいと思います。
しかし、これだけでは、やはり広範に処罰の間隙(すきま)が生まれるのではないでしょうか?
私は自分が過去に相談に乗ったり、被害の申告を受けたりした事案、性暴力について沈黙を破って声を上げたメディア関係者の実名での告白などから、以下の具体的被害を列挙してみました。いずれも具体的な被害に根差した、しかし典型的な被害パターンです。
これらの被害について、現行法では多くの場合、「不起訴」や「門前払い」という結論になっていますし、無罪判決が出たケースもあります。これら裁かれてこなかった性被害を救うのに、構成要件に「威迫」を導入するだけでは十分に足りているでしょうか?
以下の状況で性行為をした場合、強制性交等罪(刑法177条)となるか。
■夜道で通りすがりの男に腕を引っ張られ、暗がりに連れ込まれた。
■自動車の中で突然押し倒された。(逃げられない密室空間)
■室内で突然電気を消され、押し倒された。(逃げられない密室空間)(不意打ち)
■急に強く抱きしめられて、キスされ、性交された。不意をつかれて抵抗できない(不意打ち)
■上司、教師、コーチなどに突然体を触られ、抱きしめられた。(不意打ち)
■許可をしていないのに服を脱がされた。下着を脱がされた。
■下着を下ろされないよう手で押さえて抵抗したのに無理やり下着を下ろされ、性交された。(拒絶意思を示している)
■深夜に人気のない壁に追い詰められて逃げられず性交された。
■全裸にされて動画を撮られ、極度の羞恥心を感じた (困惑)
■性行為の意図を秘して密室に連れ込み、逃げられない状況で性交をする。(偽計)
私はこうした被害はいずれも、処罰されるべきであり、可罰的違法性があると考えます。
以下の状況で性行為をした場合、準強制性交等罪となるか可罰的違法性があるか
■長期虐待のために抵抗できなかった。
■飲酒酩酊して目が覚めたが酔いがさめていない、体に力の入らない被害者に性交
■睡眠から目が覚めたばかりの被害者に性交
■取引先の車に同乗したところ、許可なく山奥のラブホテルに連れていかれた。
■不意に性行為をせまられ、フリーズして動けなくなった。
■上司や指導教員から性行為を要求され、拒絶した後の報復が恐ろしくて応じた。
■教師、コーチなどが指導や治療と称して体にさわり、わいせつ行為をする。
私はこうした被害もいずれも、処罰されるべきであり、可罰的違法性があると考えますし、裁判所の解釈によってまちまちな判断がなされるべきではなく、可罰的違法性のある行為は確実に犯罪と認定されるべきと考えます(注:当該行為が事実認定された際の法律の「あてはめ」について論じています。もちろん、人違いなどの冤罪は論外です)。
そうすると、「威迫」という法改正によって救われる被害は重要ではあるものの、ごく一部であり、
・「No」と拒絶意思を示した
・不意打ちをされた
・騙されて性行為を拒めない状況に追い込まれた
・逃げられない環境で関係を迫られた(車内、密室など)
・睡眠、酩酊の状況を利用
・羞恥心を利用する(服を脱がす、撮影する)
・上司、教師、コーチなどの地位関係性を利用された
などという、これまで裁かれなてこなかった性暴力は救われません。
■ 検討会に求めたいこと
検討会に求めたいこと、それは机上の空論ではなく、現実に被害者を救うための法規定を真摯に検討することです。
上記に上げたような「裁かれない性暴力」の実態に真摯に学び、それが可罰的違法性があるか否かを議論し、可罰的違法性があるのであれば、何故それが今裁かれないのか、無罪や不起訴になるのか、その原因にさかのぼり、真に被害者が救われるような法律に改正する真摯な検討が求められると思います。
不同意性交罪の創設
(親族、上司、教師、コーチ等の)地位関係性を利用した性犯罪規定を被害者の年齢を問わずに創設、
加害者が「故意がなかった」という弁解で罪を免れることがないように、「威迫」に加えて、
不意打ち、困惑(羞恥心の利用を含む)、監禁、睡眠、酩酊、など、具体的で明確な規定を導入すること
現在13歳となっている性交同意年齢の引き上げ
が求められるでしょう。こうした被害者や市民団体の要求は、単なるスローガンではありません。
これまで裁かれてこなかった性暴力の被害者の悲しみや苦悩、かたりつくせない人生の挫折と心の傷、そうした実体験から生まれた切実な要求です。
刑法は、声を上げにくい弱者、被害者の声に耳を澄まし、最も弱い人たちを守る規範であるべきです。
私が例示したのはもちろん被害の一端にすぎません。法務省自らが実施した関係者へのヒアリングで指摘された改正に向けた要望には以下の内容があります。
検討会には、被害者の思いに真摯に向き合っていただき、可罰的違法性のある事案が単に「規定によってカバーされる」だけでなく「確実に被害者が司法救済を得られる」法制度となるよう、結果を出してほしいと切に願います。(了)
参考1 19歳の娘に対する父親の性行為はなぜ無罪放免になったのか。判決文から見える刑法・性犯罪規定の問題 (ヤフーニュース個人 伊藤和子)
参考2【提言】私たちが求める刑法性犯罪規定改正案(国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ)
参考3 Change.org 法務大臣へ、性犯罪における刑法改正を求めます。(ヒューマンライツ・ナウ・一般社団法人Spring・Voice Up Japan)
※ 性犯罪に関する刑法改正を求める、SNSでどなたでも参加できるフォトアクションキャンペーンを開催しています。自分自身の言葉で思いを届けていただくことができますので、是非ご参加ください。