シリア人権監視団、シリア人権ネットワークの犠牲者統計データに潜む偏向
シリア紛争の人的・物的被害や人権侵害についての情報を発信し続けている二つの反体制系NGO、シリア人権監視団とシリア人権ネットワークは10月1日に、過去1ヶ月(2015年9月1日から30日までの1ヶ月)間の死者数をそれぞれ発表した。
以下では、この二つのNGOの統計データにいかなる偏向が見られるのかを紹介する。
反体制武装集団戦闘員を民間人として集計するシリア人権監視団
シリア人権監視団は、2015年9月1日から30日までの1ヶ月間での死者数が4,219人を記録したと発表した(http://www.syriahr.com/2015/10/%d8%a3%d9%83%d8%ab%d8%b1-%d9%85%d9%86-4-%d8%a2%d9%84%d8%a7%d9%81-%d8%a7%d8%b3%d8%aa%d8%b4%d9%87%d8%af%d9%88%d8%a7-%d9%88%d9%82%d8%b6%d9%88%d8%a7-%d8%ae%d9%84%d8%a7%d9%84-%d8%b4%d9%87%d8%b1-%d8%a3/)。
同監視団によると、4,219人の内訳は以下の通り:
1) 民間人:1,201人(うち18歳未満の児童257人、18歳以上の女性141人)
(内訳)
1-1)シリア軍戦闘機・ヘリコプターの空爆によって死亡した民間人:489人(うち18歳未満の児童104人、18歳以上の女性66人)
1-2)ダーイシュ(イスラーム国)によって処刑された民間人:41人(うち18歳以上の女性4人)
1-3)米国主導の有志連合の空爆によって死亡した民間人:18人(うち18歳以上の女性1人)
1-4)シリア治安当局の拘置所での拷問、反体制武装集団、ダーイシュ、西クルディスタン移行期民政局人民防衛部隊、シャームの民のヌスラ戦線、シリア軍の砲撃、狙撃手・国境警備隊の狙撃、爆発、そのほか(理由不明)の理由で死亡した民間人:473人(うち18歳未満の児童152人、18歳以上の女性70人)
2) イスラーム主義武装集団、反体制武装集団、人民防衛隊のシリア人戦闘員:557人
3) シリア軍離反兵:4人
4) シリア軍兵士:606人
5) 人民諸委員会、国防隊、シリア政府への通告者:615人
6) ヒズブッラー戦闘員:30人
7) 親政権の非シリア人シーア派戦闘員:22人
8) イスラーム主義組織、ダーイシュ、シャームの民のヌスラ戦線、ムハージリーン・ワ・アンサール軍の非シリア人戦闘員:1,170人
9) 身元不明者:14人
シリア人権監視団の統計は、次に述べるシリア人権ネットワークに比べて包括的に情報収集を行っているとみなし得る。しかし、青山弘之・浜中新吾「シリア人権監視団発表の死者数統計に潜む政治的偏向」(Synodos、2015年7月17日、http://synodos.jp/international/14640)において指摘した通り、「1) 民間人」のなかには、ジハード主義者(イスラーム過激派)などの反体制武装集団のシリア人戦闘員が含まれている一方、親政権の武装集団の犠牲者(「5)人民諸委員会、国防隊、シリア政府への通告者:615人」)は除外されている。
とりわけ、「1) 民間人」のなかに占める戦闘員の数について、10月1日の発表では言及されていないため、この集計に基づいて、紛争における民間人の犠牲の実態を把握するには、一定の留保が必要となる。
シリア政府支配地域の犠牲者を集計しないシリア人権ネットワーク
シリア人権ネットワークは、2015年9月1日から30日までの1ヶ月間での死者数が1,497人を記録したと発表した(http://sn4hr.org/wp-content/pdf/english/people_were_killed_in_September_2015_en.pdf)。
発表の冒頭で、シリア人権ネットワークは、以下のような文言で、シリア軍、ダーイシュ(イスラーム国)の死者を特定することができないとして、集計から除外している旨、明記している。
This report does not include the government forces casualties (army, security forces, local or foreign militias) or ISIS casualties in the absence of criteria to document this type of victims.
同ネットワークによると、1,497人の内訳は以下の通り:
1) シリア軍が殺害した個人:1,071人
(内訳)
1-1)民間人:795人(うち女性189人、児童204人)
1-2)反体制組織の戦闘員:276人
2) 西クルディスタン移行期民政局人民防衛部隊が殺害した個人:7人
(内訳)
民間人:7人(うち児童2人)
3) イスラーム主義過激派が殺害した個人:178人
3-1)ダーイシュが殺害した個人:170人
(内訳)
3-1-1)民間人:116人(うち女性10人、児童9人)
3-1-2)反体制組織の戦闘員:54人
3-2)ヌスラ戦線が殺害した個人:8人
(内訳)
民間人:4人(うち女性1人、児童2人)
4)反体制組織が殺害した個人:136人
(内訳)
4-1)民間人:131人(うち女性14人、児童45人)
4-2)反体制組織の戦闘員:5人
5) 有志連合の空爆で殺害された個人:4人
(内訳)
5-1)民間人4人(うち女性2人、子供1人)
5-2)反体制組織の戦闘員:0人
6) その他(死因不明):86人
(内訳)
6-1)民間人86人(うち女性11人、児童7人)
6-2)反体制組織の戦闘員:15人
シリア人権ネットワークの発表は、同ネットワーク自身が認めている通り、シリア軍、シリア政府支持者、そしてシリア政府の支配下で暮らす人々(そのなかには反体制的な立場の人もいれば、中立的、ないしは政治に無関心な人もいる)の犠牲者を除外している。
それゆえ、同ネットワークの集計結果は、紛争における人的被害の一部を切り取ったものに過ぎず、このデータをシリア紛争の犠牲の実態とみなすことは、客観性を欠いていると言わざるを得ない(2015年10月7日作成)。
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2011年以降のシリア情勢をより詳しく知りたい方は「シリア・アラブの春顛末期:最新シリア情勢」(http://syriaarabspring.info/)をご覧ください。