仮面ライダー555は、10秒間だけスピードを千倍にできる! 実践したらどうなるか?
こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今日の研究レポートは……。
今年は『仮面ライダー』50周年。1971年から現在まで、テレビシリーズだけでも31作品あり、映画やビデオやテレビスペシャルは100本以上あって、登場した仮面ライダーの数は、うーん、ちょっともうわかりません。200人くらいいるのでは……。
印象的な仮面ライダーは多いのだが、ここで考えてみたいのは『仮面ライダー555(ファイズ)』。平成ライダーシリーズの第4作で、放送開始は2003年だから、もうずいぶん昔の思い出のような気がするのう。
などと老け込んでいる場合ではない。『555』は、心ならずも怪人「オルフェノク」になってしまった人々の悲しみが胸に迫る名作であった。彼らを支えようとする人々の善意にも胸打たれる傑作であった。
そのうえ、仮面ライダーファイズの能力が科学的に素晴らしかった。左手首の機械を操作してアクセルフォームにチェンジすると「10秒間だけ、あらゆる動作のスピードが千倍になる」のだ!
千倍って、すごくないですか。千倍になれば、体長30cmの子猫が300mになり、月給30万円が3億円になる。なんかよくわからんけど、モノスゴイ!
もちろん、仮面ライダーファイズは千倍に巨大化したり、千倍の金持ちになったりするのではなく、動作が千倍にスピードアップするだけだ。しかし、あまりにすごいアップ率。動きがいきなり千倍になったら何が起こるのだろうか?
◆もはやバイクは不要かも
男子100m走のいちばん古い記録は1912年の10秒6。あれから1世紀以上経ったいま、世界記録は9秒58である。100年間のスピードアップ率は、わずかに1.1倍だ。
また、東海道新幹線の最高時速は、1964年の開業時が時速210kmだったのに対して、現在は時速285km。技術の粋を凝らしても、半世紀で1.4倍増である。
それに対して、仮面ライダーファイズは千倍! しかも一瞬で! これは時速4kmで歩いていた人が、時速4千km=マッハ3・3で走るようになるのと同じ。ジェット戦闘機がマッハ2.5くらいだから、それより速くなるのだ。
ファイズのこの能力は、劇中でも見事に発揮されていた。
倒すと決めたオルフェノクに対して、アクセルフォームになったファイズは何度も行ったり来たりして、すれ違いざまにパンチやキックを雨アラレと見舞ったのである。これぞフルボッコ。オルフェノクが気の毒になるほどだった。
ファイズは、具体的にどれだけ速く動けるのだろうか?
『平成仮面ライダー列伝』(徳間書店)によれば、平常時のファイズは100mを5.8秒で走れるという。すると、アクセルフォームで千倍速になれば0.0058秒。これすなわち時速6万2千km=マッハ51だ。
彼のバイク・オートバジンは最高時速380kmだから、バイクに乗るより走ったほうがはるかに速い。
しかも10秒走り続けると172km、東京から静岡まで行けてしまう。むしろバイクが邪魔になるわけで、ここまですごいと「ライダー=バイク乗り」としての存在意義が問われますなあ。
◆殴られるオルフェノクが気の毒
この能力が戦闘に用いられたら、大変な威力になる。
たとえば、あるオルフェノクがプロボクサーと同じ秒速12mのパンチを放ってきたとしよう。
オルフェノクの拳が動き始めると同時にファイズがダッシュし、100m先まで行って帰ってきたとしても、まだ0.0116秒しか経っていない。相手の拳は、たった14cm動いただけ!
これほどのスピード差があったら、ファイズはやりたい放題、攻め放題だろう。
上に挙げた、行ったり来たりしてオルフェノクをボコボコにしていたシーンを具体的に考えてみると、こうなる。
ファイズが10mの距離を往復したと仮定しよう。5m走るあいだに最高速度に達してオルフェノクを殴り、5mでブレーキをかけて止まったとすれば、1発殴ってから次に殴るまで、たったの0.00116秒。
かわいそうにオルフェノクは、わずか1秒間に862発も殴られてしまうのだ。制限時間の10秒だと8620発! 10秒後には、すっかり挽き肉になっているんじゃないか。
◆本人だって大変だ!
筆者が気になるのは、ファイズに変身する乾巧(いぬいたくみ)が、この能力に耐えられるのかという問題だ。
ファイズは平常、高度35mまでジャンプできる。身長186cm、体重91kgという体格でこれだけのジャンプをするには、1300kW(F1用エンジンの2.6倍)のパワーが必要だ。普段でさえこれなのに、スピードが千倍になったら、どうなるか。
人間や機械を動かすのに必要なパワーは、速度の3乗に比例する。スピードが千倍なら、パワーは千×千×千=10億倍。すると、アクセルフォームに求められるパワーは1兆3千億kW。全世界の発電力の570倍だ!
この激烈なパワーは、ファイズのベルトを開発したスマートブレイン社の技術が可能にしているのだろう。それでも筆者は乾巧が心配である。
人間が走れば暑くなり、車が走ればエンジンが熱くなるように、動物や機械が運動すると、必ず熱が発生する。人体の場合、発生する熱は運動エネルギーの3倍強。1兆3千億kWを10秒間出し続けた場合、乾巧の体温は1500億度に上昇してしまう。生きていられるかなあ。つつがなく元気でいたら、敵に抱きつくだけで強烈な攻撃になると思うが。
――などなど、相手も自分も大変な「スピード千倍」。あまりにも印象的な能力である。その後『仮面ライダー』は18シリーズも作られて現在に至るけど、筆者はこの『555』を忘れることができません。
【文/柳田理科雄 イラスト/近藤ゆたか】