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眠りこけたような国家で本格的テロ事件が起きた衝撃

田中良紹ジャーナリスト

 参議院選挙の投票日まであと2日となった8日昼前、奈良市で選挙の応援演説をしていた安倍晋三元総理が銃撃され暗殺された。銃撃したのは元海上自衛隊員で無職の山上徹也容疑者(41歳)である。手製の銃で至近距離から安倍元総理を射殺した。

 世界で最も治安が良いとされている日本で、しかも総理として最長在任記録を作り、いまもなお自民党最大派閥を率いて政治に強い影響力を持つ要人が白昼暗殺されたことは、世界に大きな衝撃を与えた。

 各国首脳から安倍元総理の功績に対する賛辞が次々に寄せられ、安倍元総理は歴史に残る偉大な政治リーダーとして記録されることになった。この衝撃が冷めやらぬうちに行われる選挙では、安倍元総理の所属する自民党が同情票を集めて大勝することになる。

 1980年の衆参同日選挙では、岸田総理と同じ「宏池会」の大平正芳総理が選挙中に病に倒れ急死したため、「香典票」と呼ばれる同情票が集まり、自民党は衆参両院で安定多数を上回る大勝を果たした。今回もそれと同じ現象が起こることが予想される。

 安倍元総理の政治は「安倍一強体制」という言葉に象徴される。勝てる時に解散を打ち、争点を明確にしないことで投票率を下げ、それによって与党が常勝し、野党の議席を減らして野党を無力化する。

 その選挙結果は、同時に自民党内でも安倍元総理の派閥を膨張させ、数の力で他派閥を従わせる。そして内閣人事局を使って人事権で官僚機構をコントロールし、官邸官僚が各省庁を超えて政策の実現を図る。

 こうして安倍元総理は、国会を支配し、自民党内を抑え、官僚機構も意のままに操ることができた。その「安倍一強体制」は、安倍政権が終わっても自民党最大派閥を擁することで残った。後継の菅総理にとっても、現在の岸田総理にとっても安倍元総理の意向には逆らえない「壁」があった。

 ところが安倍元総理が突然死去したことで「安倍一強体制」の中心が消えた。これが選挙後の政治に与える影響は計り知れない。日本政治の権力の中心に穴が開いたのだから、中心がどこに移るのかを巡り、権力闘争が開始されるのは必至である。

 これと似たようなことは1985年にもあった。自民党最大派閥を率いるキングメーカーとして日本政治に君臨した田中角栄氏が、突然脳梗塞に倒れたのである。権力の中心が突然消えたことで、それまで田中氏の意のままに従うしかなかった中曽根総理は自らの権力を万全なものにしようと動いた。

 しかし中曽根派は弱小派閥であり、田中派は主が病に倒れたとはいえ最大派閥を維持していた。中曽根総理と対峙したのは、世代交代を訴え、竹下登氏を次の総理にしようとしていた金丸信幹事長である。

 解散を打って勝利し、任期延長を図りたい中曽根総理と、中曽根政権を終わらせ竹下政権を作りたい金丸幹事長との間の戦いが始まった。それはまず1票の格差を巡る定数是正法案の成立を巡り、成立させたい中曽根総理と成立を遅らせたい金丸幹事長の対立として現れた。

 2人の対立は翌年の衆参ダブル選挙を巡り、「死んだふり解散」によってダブル選挙を容認した金丸幹事長が、自民党が300議席を越す圧勝の見通しになると、自ら幹事長を辞任して中曽根総理の任期延長にブレーキをかけ、虚々実々の駆け引きが繰り広げられた。

 1985年と現在とが違うのは、最大派閥の安倍派の後継者が不明なことである。安倍元総理は自らが再び総理に返り咲こうと考えていたため、派閥に後継者を作らなかった。無派閥の高市早苗氏を総裁候補に担いだことがそれを示している。

 従って誰が安倍派の後継者になるかを巡りひと悶着起きる可能性がある。それは岸田総理にとって好都合だ。岸田派は安倍派の94人に対し、44人の第4派閥に過ぎない。そのため第2派閥の茂木派の54人、第3派閥の麻生派の50人との連携によって政権運営を図ってきた。

 従って岸田総理は自民党の麻生副総裁と茂木幹事長との関係を密にし、安倍元総理にはなるべく逆らわないようにしながらも、しかし防衛事務次官人事を巡って安倍元総理の意向を退けるなど対抗姿勢も見せてきた。そのため選挙後の人事は安倍元総理と岸田総理の綱引きがどうなるかに注目が集まっていた。

 それが安倍元総理の死去によって根底から覆るのである。そうなると状況は極めて流動的になる。岸田総理は最大派閥をも引き付けるように動くだろうが、最大派閥がどこまでまとまるのかが分からない。そしてこのところ沈黙してきた二階俊博、菅義偉、石破茂各氏ら反主流派にとっても状況を動かすチャンスが訪れる。

 すべては選挙結果が出てからの話だが、この夏は権力闘争を巡る戦いの始まりになりそうだ。そして秋風が吹くころ、解散を打って権力基盤を固めようとする岸田総理と、それを抑えようとする勢力が対峙すれば、状況は1985年と似た構図になる。おりしも臨時国会では1票の格差を巡る「区割り法案」が審議されることになる。これが権力闘争の舞台になる。

 ところで安倍元総理を射殺した山上徹也容疑者とは何者なのであろうか。殺傷力のある手製の銃を数丁作っていた他、爆弾も作っていたというから本格的なテロリストである。射殺した後逃げる様子もなかったことから、逮捕されることを覚悟していた。他に仲間がいないのか。資金提供者はいないのか、不明なことはたくさんある。

 動機として警察が最初に発表したのは「安倍元総理に不満があった」ということと「安倍元総理の政治信条に対する恨みではない」ということだった。つまり安倍元総理の保守政治家としての思想や主張に反対ではないが、殺そうと思うほどの不満が他にあったことになる。

 安倍元総理には「森友学園」「加計学園」「桜を見る会」など、政治の私物化とも思えるスキャンダルがあり、民主主義政治を貶めた政治家であると私は思っている。森友問題では財務省が公文書改ざんを行い、真面目な官僚が自殺にまで追い込まれた。不満というのはこれらのことを指すのかと最初は思った。

 ところが警察の次の発表では「特定の宗教団体に対して恨みがあり、安倍元総理がそれとつながっていると思い込んで殺した」と変わった。ネット上では「統一教会」を指しているとの見方が出ているが、「宗教団体の幹部を殺害しようとしたが、つながりの深い安倍元総理を狙うようになった」と警察は発表した。

 つまり動機は私的な怨恨ということになった。社会生活を営む上で決してテロを許す訳にはいかないが、しかし私的な理由で人を殺すのと、命を懸けて社会を変えようとする心情には違いがある。

 そして私には宗教団体に対する恨みが、安倍元総理を殺そうとする決意に変わり、銃や爆弾を作って執拗に安倍元総理をつけ狙ったところがまだ腑に落ちない。警察が私的な動機に変えたのではないかとの疑念を持った。選挙の投票日を前にして、選挙への影響をなくそうとしたのではないかと疑ったのである。

 そう考えたのは、島田雅彦氏の小説『パンとサーカス』(講談社)を読み終えたばかりの時だったためかもしれない。『パンとサーカス』は2人の日本人テロリストの話である。1人は米国の大学に留学してCIAのエージェントに採用され、従属国日本を支配するために日本に派遣されてくる。もう1人は子供の頃からの友人でヤクザの息子である。

 日本を米国の従属国にすることに協力してきた右翼の大物フィクサーが、自分の死期を悟り、その前に米国を裏切って世直しを行うことを計画する。それに2人は協力し、CIAのエージェントだった主人公も米国を騙して要人テロに協力する。

 テロを実行した者は逮捕されることを覚悟していて、「世界の悪」になることを悪びれていない。小説のタイトルの「パンとサーカス」は古代ローマの愚民支配の方法で、愚民には食料と娯楽を与えておけば容易に支配できるという意味だ。つまり究極のポピュリズムである。

 小説に描かれている日本では、何から何まで米国の思い通りにされているのだが、大衆は次から次に仕掛けられる出来事に一喜一憂し、飢えることがなければ満足している。眠りこけたような国家なのだ。そこで主人公たちはテロを起こし「世界の敵」になった。

 私は終戦の年の生まれだが、冷戦が終わりソ連が崩壊するまでの日本は、善し悪しは別にして、ひたすら上を向いて経済成長に邁進した記憶がある。そして米国を追い抜くほどの経済力を身に着けた。

 その秘訣は、自民党と社会・共産両党で国内に冷戦体制を作り、国民に憲法9条を守ることを教え込み、社共には政権交代を狙わずひたすら護憲を主張させた。それを米国に見せ、軍事要求を強めれば国民の支持が野党に向かい、政権交代が起きると思わせ、軍事負担を軽減させて経済力を伸ばした。

 それが通用したのはソ連が存在した時代だけで、ソ連崩壊後はそのからくりが効かない。米国は日本の政権交代を恐れる必要がなくなり、9条を守らせる方が日本を従属させられることを知る。日本は自国の安全を米軍に頼るしかなく、しかも自衛隊の指揮権は米軍にあるので、自衛隊がある限り日本は自立できない。

 米国は軍事でも経済でも何でも日本に要求できるようになった。そこから日本経済の凋落は始まり、軍事負担も日増しに増えていった。ところが日本人は今でも冷戦時代と同じ思考の中にいる。実質賃金は下がり続け、人口減少が止まらないのに危機感がない。

 それが私には眠りこけた国家に見える。米国の要求通りの外交をやった第一人者は安倍元総理だから、もしも山上容疑者が恨みに思う「特定の団体」が「米国」であったなら、「つながりが深い」ことになり、テロの目的は鮮明になる。

 しかしそうだとすれば従属国はそれを絶対に発表する訳にいかない。永遠に不明のままで終わる。私が『パンとサーカス』を読み終えた翌日、衝撃の暗殺事件に遭遇したため、こんな妄想が生まれてきてしまった。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

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