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「東京五輪」呼び寄せた英国流プレゼンテーションの秘密

木村正人在英国際ジャーナリスト

東京五輪をアシストした英国

2020年東京五輪開催のニュースをロンドンでもう一度読み返すと、英国が3つの点で東京をアシストしたという記事が目についた。

東京五輪のメインスタジアムとして使用される新国立競技場(8万人収容)のデザインを手がけるのはイラク系英国人の女性建築家ザハ・ハディドさん。流体線の巨大スタジアムは宇宙船を思わせる。

ブエノスアイレスでのプレゼンテーションで東京のライバル都市マドリード、イスタンブールにドーピング対策を質問した国際オリンピック委員会(IOC)のアダム・ペンギィリー委員は英国人。

マドリードもイスタンブールもペンギィリー氏の質問にうまく答えられなかったことがIOC委員の心象を悪くしたといわれている。決選投票の結果は東京60票、イスタンブール36票だったが、ペンギィリー氏の質問で10票前後が東京に流れたという観測もある。

そして今回の招致成功で日本でもすっかり有名になったロンドンの国際スポーツ・コンサルタント会社「Seven46」創業者ニック・バレー氏だ。東京五輪・パラリンピック招致委員会のプレゼンテーションには笑顔があった、明るさがあった、そして夢と希望があった。

ハットトリック決めた招致請負人

そのバレー氏はTwitterで「ハットトリックが現実になった。ロンドン、リオ、トーキョー。すごいや」とつぶやいた。Seven46の会社名はロゲIOC会長(当時)が「2012年ロンドン五輪開催決定」を発表した2005年7月5日午後7時46分に由来する。

バレー氏は大型スポーツイベントのパブリック・リレーションズ(PR)を手がけており、ロンドン五輪・パラリンピック招致委員会の最終プレゼンテーションの原稿も執筆した。16年リオ五輪、17年ロンドン世界陸上などビッグ・スポーツイベントを次々と射止めた成功請負人だ。

最終プレゼンテーションのかぎ

バレー氏は英紙デーリー・テレグラフに東京五輪・パラリンピック招致委員会の最終プレゼンテーションについて語っている。

それによると、(1)日本人のプレゼンテーターに英語で話させる(2)感情を込める(3)1、2のジョークを交えるのもよし(4)笑顔を見せるーーことを徹底したという。

日本人の文化では「謙遜」がとても大切なことだが、それが逆に足枷となって自分をうまくPRできなくなっているとバレー氏は分析する。プレゼンテーションの練習では、日本人を「謙遜」の文化から解き放つことを何度も繰り返したという。

「もし、最終プレゼンテーションの場に安倍晋三首相がいなかったら、IOC委員は疑問に思っていただろう。もし、自分たちのビジョンを明確に語らないなら、IOC委員はあなたに投票する必要はない」

東京電力福島第1原発の汚染水漏れ問題について、バレー氏は東京招致を失敗に終わらせかねない脅威だったと指摘した上で、「汚染水漏れ問題は最後の懸念になっていた。しかし、安倍首相は何とか(IOC委員の支持を)つなぎとめた、特に質疑応答でね」と評価した。

安倍発言は「ウソ」なのか

安倍首相は招致演説で、汚染水問題について「状況はコントロールされている」「汚染水の影響は原発の港湾内で完全にブロックされている」とIOC委員を納得させた。しかし、安倍発言をめぐって日本国内では「ウソ」「実際とズレがある」という否定的な意見や記事が目立つ。

1986年の旧ソ連・チェルノブイリ原発事故でも、チェルノブイリから約2000キロ離れた英国で食品基準庁(FSA)などが事故による放射能汚染が疑われる羊の規制を撤廃したのは昨年10月のことだ。

原発事故の影響を完全に封じ込めることなど不可能だ。放射能汚染のホットスポットがどこに現れるのかも予測できない。しかし、安倍首相がIOC総会という国際舞台で「責任を持つ」と発言したことは前向きに評価してもいいのではないか。

外務省の英語のホームページには

Influence of contaminated water is limited in the port of Fukushima Daiichi NPS, whose area is smaller than 0.3 km2 .

と明記されている。

「is limited(限定されている)」を「under control(コントロールされている)」と言い換えても、安倍首相が意図的に「ウソ」をついたとまでは言えないだろう。安倍発言は海外向けの日本政府の公式見解に沿ったものだ。

海外のプレゼン教育を学べ

大切なのは、原発事故のようなわかりにくい問題について、政府や東電が国内はもちろん、海外に向けてもわかりやすく、こまめに情報発信していくことだ。

日本メディアのニュースを転電する形で情報が世界に拡散するより、東電や政府が東京に駐在する海外の特派員に直接、情報発信していく方が誤解を招かないだろう。バレー氏の法則その1「まず英語で話す」ことが大切だ。

都合の悪い話こそ、隠さず正直に話すことだ。世界は安倍発言を決して忘れない。福島第1原発事故の対策が遅れ、安倍発言が「ウソ」だったということになれば、「やはり日本人は都合の悪いことは隠す」「日本人は信用できない」という見方が定着する。

成功すれば「日本人は必ず約束を守る」と評価される。

英国をはじめ欧米の多くの国では、幼い頃から自分の大切なものを教室に持参させ、みんなの前で話す「ショー・アンド・テル(show-and-tell)」、プレゼンテーション、役割を決めた上でのディベートなどに力を入れている。そのお手本が英下院のプライムミニスター・クエスチョンタイム(PMQ)だ。

日本にも「党首討論」という形で導入されたが、討論の迫力と面白さは本場・英国と比べると似て非なるものだ。野党党首の追及に対して、首相は反撃したり、きちんと説明したりする。英国ではPMQが政治の淀みを押し流し、議論を活性化させている。

安倍首相のブエノスアイレスでの発言は「五輪招致のための方便」ととらえるより、フクシマ対策を政府が責任を持って進めるという決意を世界に表明したとみるべきだろう。

五輪への参加意識育てよう

インターネットを見ていると、東京五輪開催にはしゃぐマスコミに対して、しらけ気味の方も多く見受けられる。東京五輪で東京の一極集中がさらに進むだけという懸念もある。東京五輪に一体感を感じる人と疎外感・距離感しか感じられない人の間に大きなギャップがある。

ブエノスアイレスでの最終プレゼンテーションは確かに素晴らしかった。しかし、今後は改めて国内向けのプレゼンテーションに力を入れるべきだろう。2020年東京五輪のスローガンは「ディスカバー・トゥモロー(Discover Tomorrow、明日を見つけよう)」。

東京都民だけではなく、国民全体が2020年に向かってボランティアやスポーツイベントを通じ参加意識を持てるような運営が望まれる。僕が提案したい合言葉は「ツゥゲザー(Together、一緒に)」。被災地と東京、地方と東京、日本と世界をつなぐ五輪にしてほしい。(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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