宝塚歌劇星組博多座『ME AND MY GIRL』、水美舞斗と暁千星、2人のビルを見比べてみた
あの『ME AND MY GIRL』が博多座へやってきた! 1987年の月組初演では、好評のあまりタカラヅカでは通常ありえない続演がされたという伝説のミュージカルだ。以来、8度も再演されており、タカラヅカファンの間ではおなじみの作品である。そして今回挑むのは星組。だが、実は再演は7年ぶり、博多座では15年ぶりの上演である。というわけで、意外と久しぶりのお目見えを心待ちにしていた人も多いことだろう。
ロンドンの下町ランベスに育った青年ビルが、実は亡くなったヘアフォード伯爵の落とし胤であるとわかるところから物語は始まる。しかし、単に能天気なシンデレラストーリーではない。ビルの恋人サリーは彼のためを思って身を引こうとするが、ビルのサリーへの愛は揺るがない。一見粗野だが、誰に対しても率直で思いやりにあふれたビルの振る舞いは、貴族社会に染まった人たちをじわじわと変えていく。
楽曲も、心踊らされる名曲ぞろい。そして、「ミーマイ」といえば忘れてはならないのが1幕ラスト、出演者全員で歌って踊る「ランベスウォーク」だ。本公演では客席降りも復活し、観客と一体となっての盛り上がりも実現したのが嬉しい。
そして、何といっても今回はビルとジョン卿を専科の水美舞斗と星組の暁千星が役替わりで演じるという趣向が注目を集めている。両パターンを見比べた観劇レポートをお届けしよう。
今回、ダブルキャストで演じられることによって、主人公ビルの多彩な魅力がいろんな方向性から照らし出されたような気がする。水美舞斗のビルは、誠実で大人の男性味あるビルだった。ほのかな色気さえも感じられ、マリア公爵夫人やジャッキーとの芝居ではドキリとさせられる。「なるほど、こういうビルもありだな」と新鮮に感じた。
いっぽう暁千星のビルはキラキラで愛嬌たっぷり、多幸感あふれるビル…というところまでは予想の範囲内だったが、言葉遊びや早口台詞が多い本作において、それらを着実に丁寧にすすめていくお芝居も印象的だった。暁のそういうところに、ふと「芝居の月組」育ちを感じてしまう。
当然、二人のビルは他のキャラクターとの絡みも違って見える。たとえば、ジャッキーがビルに色仕掛けで迫る場面、水美ビルとジャッキーには何やらドキドキさせられたが、暁ビルは完全にジャッキーの掌の上で転がされている純情なビルだった。
舞空瞳のサリーは、そんな二人のビルに自在に寄り添ってみせる。水美ビルの側にいるときは、パワフルで自己主張のあるしっかりとした女の子で、これが水美ビルに似つかわしい。ジャッキーとの対決も、1幕ラストのランベスウォークにおけるビルとの対話でも、バチバチとした緊迫感が走った。
いっぽう暁ビルの側にいるときはキュートでチャーミング、そしてちょっぴり弱さものぞかせる。守ってあげたくなるようなサリーで、これまた暁ビルにお似合いだった。
舞空は星組のトップ娘役としては礼真琴とコンビを組んでいるが、3〜4月の星組全国ツアーでは専科の凪七瑠海と組み、そして今回は水美・暁の二人の相手役を務める。相手役に合わせて自身を変化させつつ、その存在感は揺るがない。これまでの「相手役に寄り添う」というタカラヅカのトップ娘役から一皮剥けた新しいトップ娘役像を見せてくれているようだ。
二人のジョン卿も、これまた異なる個性が魅力的だった。暁千星のジョン卿は、ダンディなイギリス紳士ぶりがとにかく素敵である。そして、真っ直ぐで熱血なジョン卿だった。いっぽう水美舞斗のジョン卿は余裕と包容力を感じさせる、まさに「イケオジ」。マリアのことを優しく包み込む姿が想像できるジョン卿だった。
他の登場人物たちもそれぞれ、持ち味を存分に活かしたキャラクターをつくってくれていた。
小桜ほのかのマリア公爵夫人は華やかで可憐、ビルとのお芝居もどこか可愛らしさを感じさせる。ジョン卿が恋した少女時代の面影をいまだに宿した公爵夫人である。そして、絶妙な抜け感が小桜らしい。
スチールからして話題になった極美慎のジャッキーは、すらりとしたスタイルと美貌が目を引く。普通なら鼻につくはずのワガママ発言も、彼女が発すれば何の嫌味も感じさせない、生まれながらのお嬢様の風情である。対する天華えまのジェラルドは、人が良すぎて何やら放っておけないところもあるが、いざという時はさりげなく男らしい。そして、この二人のコンビ、ジャッキーの尖ったところをジェラルドが鷹揚に受け止めるナイスカップルである。
弁護士のパーチェスターといえば歴代、芸達者が演じてきた役だが(若手の挑戦もあったが)、ひろ香祐のパーチェスターは持ち味を生かした真面目で実直な役作り。「お屋敷の弁護士」の歌では朗々とした歌声を聴かせ、一気に弾けてみせる。
執事のヘザーセット(輝咲玲央)は寡黙な役どころだが、大人のエレガントな芳香と、名家の執事らしい重厚感を漂わせつつ、場面ごとに相応しい佇まいをみせる。また、ジャスパー・トリング卿(蒼舞咲歩)の飄々とした風貌が、随所でアクセントになっていた。
今回、ビルとジョン卿がダブルキャストということで、フィナーレの構成も斬新だった。ジェラルドとマリアの歌、ジョン卿とジャッキーのダンスに続き、ダルマ(レオタード風の衣装)のサリーによるソロからのラインダンスと続く。そして、2人のビルを中心とした男役の黒燕尾群舞。デュエットダンスもサリーがまず先に登場し、ビルが後から登場して踊るという新しいパターンだ。
最後には3組のカップルがめでたく誕生してしまうというハッピーミュージカルである。何度か観て、よく知っている話のはずなのに、心のこもった熱いお芝居に引き込まれた。サリーの健気に、ジョン卿の粋に、マリア公爵夫人の誇りに、そして、ビルの大きな愛に心打たれてしまった。これぞ「星組のミーマイ」ということだろうか。