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朝美絢率いる新生雪組が人気ドラマをタカラヅカ版として着地させた!宝塚歌劇雪組『愛の不時着』

中本千晶演劇ジャーナリスト
イラスト:牧彩子(『タカラヅカの解剖図鑑』より)

 あの人気ドラマ『愛の不時着』がタカラヅカでも舞台化されると聞いた時は、「ついにこの時が来たか!」と胸が高鳴った。

 ご多分に漏れず私もドラマに夢中になり、全16回・各回1時間半にわたるドラマを2度繰り返して見た。そしてタカラヅカでの上演を熱望し、主要な役のみならず「スリの少年」「闇市場の売り子」「キム課長の部下」といった役に至るまでキャスティングを真剣に考えた。他にもそういう人は多いのではないだろうか。ハマったのがコロナ禍の真っ只中であり、気分が沈みがちな日々に彩りを与えてくれたという意味でも忘れ難いドラマである。

 だが正直、それだけに一抹の不安もあった。あの長編ドラマをどうやって2時間半の舞台で見せるのか? それに、演じている俳優も強烈な個性の持ち主が勢ぞろいしているだけに、その印象を拭い去るのは難しいだろう。

 だが、幕が上がってすぐに「これはタカラヅカ版として楽しめばいいのだ」と気持ちを切り替えることができた。ドラマの世界観は守られつつ、登場人物たちはドラマの俳優をなぞるのではなく、雪組の演者が役を掘り下げ、持ち味を活かしつつ演じている。タカラヅカ雪組バージョンの『愛の不時着』として無事に着地できている感じが心地良かった。

 とくに雪組の新トップスター朝美絢が演じたリ・ジョンヒョクはドラマのヒョンビンのイメージが強いだけに「どんなふうに役作りされるのだろう」と興味津々であったが、ドラマとはまた違う朝美らしいジョンヒョクが無理なく成立していた。温かい人間味に溢れ、ちょっぴりお茶目なところも垣間見える中隊長の姿に「朝美絢率いる新生雪組」の始まりを実感した。

 ユン・セリは単なる美人のお嬢様ではない、ビジネスで大成功できる賢さと、不時着してしまった地でも生き抜ける逞しさ、そして北の人たちにも愛される人懐っこさなど、多面的な魅力を持ち合わせた女性だ。この役を伸び伸びと演じてみせるトップ娘役・夢白あやの姿も、「新生雪組」トップ娘役としての新たな魅力の開花を予感させた。

 本作のもう一組のカップル、ク・スンジュンとソ・ダンとの恋模様も、限られた時間の中で濃密に描かれる。

 ク・スンジュンを演じるのは専科から出演の瀬央ゆりあ。雪組にしっくりと馴染みつつ、どこか新しい風を感じさせてくれる。この「瀬央マジック」を他組でも観てみたいと思ってしまうのは私だけだろうか。一見軽いナンパ男を演じる瀬央は今まであまり見たことがないだけにとても新鮮。隠しきれない誠実な持ち味ゆえ「この人ならナンパされても大丈夫そう」と感じさせるク・スンジュンでもあった。

 ソ・ダンを演じた華純沙那は『双曲線上のカルテ』のモニカが好演で、可憐な役が似合う人だと思っていたけれど、今回はまったく違うイメージのクールビューティーなソ・ダンが舞台に息づいており、その振れ幅に驚かされた。

 ジョンヒョクの宿敵チョ・チョルガンに挑むのが諏訪さき。彼とジョンヒョクとの因縁は一筋縄ではいかないが、限られた出番の中で凄みも見せつつ「彼がどうしてあんな男にならざるを得なかったのか」という土台を丁寧に表現してみせる。それを表すダンスシーンが盛り込まれていたのも良かった。

 ジョンヒョクの部下4人組のユニークな個性とチームワークに胸が熱くなる。寡黙なイケメンのパク・グァンボム(壮海はるま)、韓国ドラマ愛が止まらないキム・ジュモク(紀城ゆりや)、「セリ姉さん」を慕う姿が可愛いクム・ウンドン(苑利香輝)、そして個人的にこのドラマの中で最も愛すべきキャラクターだと思っているピョ・チス(真那春人)。ドラマのキーパーソンともいえる「耳野郎」ことチョン・マンボク(麻斗海伶)も少ない出番ながら存在感がある。

 マ・ヨンエ(愛すみれ)率いる北のご婦人方チームもパワー全開だ。恋愛模様だけではない、彼女たちやジョンヒョクの部下たちと南からやってきたセリとの交流もこのドラマの魅力的な部分だけに、タカラヅカ版でもしっかり描かれているのは嬉しかった。

 ジョンヒョクの父、リ・チュンニョル(奏乃はると)が要所要所で登場し、権力者としての冷徹さと息子を思う気持ちをバランス良く表現してみせる。いっぽうセリと不仲の兄ユン・セヒョン(桜路薫)がどこまでも嫌味な憎まれ役に徹している。この二人が、ジョンヒョクとセリ、それぞれが背負う複雑な家庭環境を端的に垣間見せる役割を果たしている。

 もちろんあの長さのドラマを2時間半におさめるのだから、カットされているエピソードも多い。だが、ジョンヒョクとセリが心の距離を縮めていく冒頭と、後半の明るいソウル編に重点を置いたまとめ方はタカラヅカ版としては良かったのではないかと思う。「ここは見たかった!」と膝を打ちたくなるシーンが散りばめられているところに、潤色・演出を担当した中村一徳のドラマへの愛を感じた。

 ふと気がつけばドラマに夢中になってから4年以上が経過している。だが、あの時に湧き上がった感動と同じ気持ちが、今回の観劇でも久しぶりに蘇ってきた。そして再びドラマも見直したくなってしまった。…どうやら、この冬休みの過ごし方が決まったようである。

演劇ジャーナリスト

日本の舞台芸術を広い視野でとらえていきたい。ここでは元気と勇気をくれる舞台から、刺激的なスパイスのような作品まで、さまざまな舞台の魅力をお伝えしていきます。専門である宝塚歌劇については重点的に取り上げます。 ※公演評は観劇後の方にも楽しんで読んでもらえるよう書いているので、ネタバレを含む場合があります。

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