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「五輪強行開催」に続いて「最低賃金の引き上げ」という愚行。菅政権は日本経済を破壊する!

山田順作家、ジャーナリスト
なにを聞いても「しっかりとやっていく」(写真:つのだよしお/アフロ)

■最低賃金を引き上げて地方創生

 五輪強行開催に突っ走る菅政権は、9日、経済財政諮問会議(議長・菅義偉首相)が6月中に策定する経済財政運営の基本指針「骨太の方針」の原案を公表した。すでに、各種報道にあるように、その目玉は最低賃金の引き上げだ。

 時事通信記事『地方創生、賃上げが柱 都市部の人材呼び込み狙う―中小企業は反発・骨太原案』(6月10日配信)は、次のように書いている。

《政府が9日示した経済財政運営の基本指針「骨太の方針」の原案は、東京一極集中を是正して地方に人材を呼び込むため、最低賃金の引き上げを地方創生の柱に据えた。新型コロナウイルス感染の収束後を見据え、日本経済の持続的成長を目指す狙いもある。》

■とりあえず全国平均で1000円(時給)に!

 政府が目指す最低賃金の引き上げ額は、とりあえず全国平均で1000円(時給)。2020年度の全国平均は902円だから、いますぐにでも1000円にしたいというのが、政府の意向だ。

 ちなみに、最低賃金がもっとも高いのは東京都で1013円。これに対し、地方は軒並み低く、最低の秋田、鳥取、島根、高知、佐賀、大分、沖縄の7県は792円。

 最低賃金は、パートやアルバイトを含むすべての労働者に適用され、この額を下回る賃金を支払った企業には、最低賃金法により罰金が科せられる。

■全政党、メディア、言論人がこぞって賛成

 じつは、最低賃金の引き上げは、菅首相の肝いりの政策である。安倍前政権は、企業に賃上げを強いてきたが、それを強力にサポートしてきたのが菅首相で、最低賃金の引き上げはその延長線上にある。

 最低賃金をはじめとして、国際的に低い日本人の賃金を上げる。そうすれば、経済はよくなり、国民生活は豊かになる。そう、この首相は単純に考えているようだ。

 しかも、反対する動きはほとんどない。これまでの選挙を振り返ると、最低賃金の引き上げは全政党がこぞって提唱、賛同してきた。共産党にいたっては1500円を提唱してきた。もちろん、メディアや言論人も、左右どちらだろうと、ほとんどが賛成してきた。

 言うまでもないが、連合は大賛成である。連合の神津里季生会長は、5月18日の記者会見で、仮に時給1000円で年間2000時間働いても年収200万円にしかならないことを指摘し、「日本の最低賃金は先進国のなかで置いてきぼりなのは間違いない」と訴え、政府の動きを歓迎している。

■最低賃金法は雇われない人を決める法律

 しかし、ここで冷静に考えてほしい。賃金とは、経済の実体を映す鏡である。日本の賃金が低いということは、日本経済が成長していない、低迷してきた現れなのである。それを政治の力で無理やり引き上げたらどうなるだろうか?

 賃金が経済の実体を反映しなくなったら、多くの企業の実績が落ち、かえって経済は低迷する。また、失業者が増える。こんなことは、経済学の常識なのに、なぜか、多くの人々はこれを知らないか、理解していない。

 最低賃金の引き上げは、一見すると、安い賃金で働く非熟練労働者を助けるように思えるが、実際には逆で、弱者を切り捨てる。リバタリアンで知られる経済学者のウォルター・ブロックは著書『不道徳な経済学』で、 「最低賃金法は雇用法ではない。失業法だ。雇われない人を決める法律だ」と言っている。

■企業が払える賃金は一定している

 最低賃金を引き上げれば経営者は生き残るために、上がった最低賃金に見合わない人間をクビにする。最低賃金に見合わないスキルのない労働者は、最低賃金が引き上げられることで解雇されることになる。

 つまり、時間給でしか働くことのできない非熟練労働者が、いちばん割りを食うのである。

 賃金というのは固定費である。経済情勢が変わらなければ、企業が払える賃金の額は一定している。その一定額により、雇用が決まる。

 たとえば、ある会社で1時間に払える賃金が40万円とすると、最低賃金が800円なら、40万円÷800=500で、最大500人雇える。しかし、最低賃金が1000円になると、40万円÷1000=400で400人しか雇えなくなる。つまり、100人は失業してしまう。

■ヨーロッパ諸国には最低賃金法がない

 菅政権はデジタル化を進めると言っている。このデジタル化によっても、時給で働く非熟練労働者は職を奪われることになる。最低賃金の引き上げによるリストラとデジタル化により、アルバイトやパート労働者は、ダブルパンチで職を失っていく。しかも、そうした人々の多くは、社会を支えるエッセンシャルワーカーである。

 このように、政治による力ずくの最低賃金の引き上げは、じつは、もっとも助けなければいけない人々を切り捨てることになる。

 このことがわかっているから、ヨーロッパ諸国には最低賃金法がない。アイスランド、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、デンマークなどの北欧諸国、オーストリア、ドイツ、イタリア、スイスには、政府が企業に義務を課す最低賃金法は存在しない。

 福祉国家として知られる北欧諸国に最低賃金法がないと言うと、日本のリベラル、左翼は驚く。彼らは自分たちに都合のいいことしか取り入れようとしない。

■非熟練労働者は労働組合のライバル

 欧米では、「同一労働同一賃金」が当たり前である。労働市場にも「一物一価の法則」を当てはめている。EUでは、フルタイム社員とパートタイム社員が同じ仕事をしている場合、1時間あたり同じ賃金を支払う「均等待遇」を加盟国に義務付けている。

 アメリカには、明確な法規定はないが、「差別を徹底的に排除する」という観点から、「同一労働同一賃金」が、原則的に実現している。

 しかし、日本では、正規労働者(正社員:無期雇用フルタイム労働者)と非正規労働者(アルバイト、パートなど:有期雇用労働者)の間には、厳然たる待遇の差、賃金の格差がある。日本では、正規労働者は高度経済成長期に培われた「年功序列」や「終身雇用」システムに、いまだに守られている。

 こうした労働市場では、最低賃金の引き上げは、欧米よりもっと過酷な「弱者いじめ」を生む。

 前記した経済学者のブロックによると、最低賃金の引き上げに反対の声が上がらない理由は2つあるという。

 1つは、有権者の多くが経済に無知なこと。もう1つは、不利益を被る犠牲者の裏で利益を得る人々がいることだ。それは、とくに労働組合である。

 労働組合にとっては、組合に属さず、安い賃金で働く非熟練労働者は、強力なライバルである。そのため、彼らを労働市場から締め出し、自分たちの安泰を図るために、安い賃金での労働を禁じる最低賃金法は都合がいい。連合が、最低賃金の引き上げに賛同するのは、このためだ。

■アメリカでも最低賃金の引き上げが

 じつは、近年、アメリカでも最低賃金の引き上げが進んでいる。現在いくつかの州で時給15ドルが実現している。そうした流れを受け、バイデン大統領は、4月27日、連邦最低賃金を現在の10.95ドル(約1200円)から3割超引き上げ、15ドル(約1600円)にする大統領令に署名した。

 これにより、連邦政府の機関と契約する業者は、2022年1月30日以降の新規雇用について、同年3月30日までに既存雇用についても15ドルが義務付けられることになった。つまり、来年からアメリカ全土で最低賃金は15ドルになる。

 自由主義、資本主義の「総本山」とされるアメリカも、このような愚かなことをするのだ。バイデン政権は、こと労働に関しては完全な左翼政権と言える。

 ただし、アメリカの場合、日本と違って経済が成長しているので、最低賃金の上昇の副作用は少なくてすむだろう。

■賃金引き上げは中小企業潰しなのか?

 最低賃金の引き上げに反対している、唯一のところがある。中小企業の団体だ。産経新聞記事『「今かよ!」骨太原案にコロナ禍の中小企業〝怨嗟〟』(6月9日)は、こう書いている。

《政府が9日示した「骨太の方針」原案に最低賃金を全国平均で早期に1千円へ引き上げることが盛り込まれ、中小企業から悲鳴と怨嗟(えんさ)の声が上がっている。政府の狙いは賃上げによる消費喚起と経済回復だが、新型コロナウイルス感染拡大で中小企業は経営が苦しく、人件費の膨張が打撃となるからだ。ある経済団体の関係者は「まずはワクチン接種でコロナ禍を収束させ、経済活動を正常にすることが先決だ」と憤りを隠さない。》

 菅政権は、昨年の秋、経済財政諮問会議のメンバーに、元ゴールドマン・サックスのアナリスト、デービッド・アトキンソン氏を招いた。彼は、日本の生産性が低いのは中小企業が多いせいだと指摘し「中小企業淘汰論」を主張してきた。

 最低賃金の引き上げは、結果として中小企業の雇用崩壊を招く。菅首相は、このことをわかっているのだろうか。

■コロナ収束後の享楽消費の後は大不況

 本来、生産性の向上は、イノベーションと労働者のスキルアップによってもたらされるものだ。つまり、政府がやるべきことは、企業がイノベーションを起こせる、誰もがスタートアップできる環境を整備することだ。保護政策をやめ、規制緩和を進め、できる限り経済に手を突っ込まないことだ。

 そして、今後、予想される大量失業者社会を前提にして、個々の労働者のスキルを高めることだろう。1人1人のスキルアップがなければ、賃金は本当には上がらない。賃上げ強制や最低賃金法で無理やり引き上げても、それは見せかけにすぎない。

 はたして、いつまで菅政権が続くかわからない。しかし、政権が代わったとしても、政府の経済政策は変わらないだろう。見当違いの愚かな政策ばかりで、ますます経済を悪化させる。今後の日本経済は、よほどの幸運がなければ、落ちていていくだけになる。

 コロナ収束後に一時的な享楽の時期が訪れる。抑圧から開放された人々により、消費は大いに盛り上がると言われている。しかし、それは、偽りの好景気で、その後の落ち込みはひどいものになるだろう。私たちは、覚悟して将来に備える必要がある。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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