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2016年の「放送界」を振り返る・・撤回されていない高市総務相「停波」発言

碓井広義メディア文化評論家

2016年2月8日の衆院予算委員会で、高市早苗・総務大臣が放送局の「電波停止」に言及した。

「国論を二分する政治課題で一方の政治的見解を取り上げず、ことさらに他の見解のみを取り上げてそれを支持する内容」に対し、「行政指導しても全く改善されず、公共の電波を使って繰り返される場合、それに対して何の対応もしない(停波を行わない)と約束するわけにいかない」と発言したのだ。

放送の自律

自律とは自らの行為を主体的に規制することであり、外部からの支配や制御を受けずに自身の規範に従って行動することである。

放送による表現の自由は憲法第21条で保障されているが、放送法では、さらに「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること。」(第1条2号)という原則を定めている。

注意すべきは、「自律」の原則を求められているのは放送事業者や番組制作者ではなく、政府などの公権力であることだ。放送免許の付与権限や監督権限を持つ側が、放送内容への規制や干渉を行うことを排除するために、「自律」を保障しているのだ。

確かに総務大臣は「電波停止」の権限をもつ。しかし、放送の政治的公平をめぐる議論の場で、その権限の行使を強調したこと自体、放送局に対する一種の恫喝(どうかつ)であり圧力である。

放送法第4条の「政治的公平」の原則が、政治の介入を防ぐための規定であることを踏まえ、政権のメディアに対する姿勢があらためて問われた今年。しかも現在に至るまで、高市総務相はこの発言を撤回してはいない。「停波」発言は今も生きているのだ。

“もの言うキャスター”3人の同時降板

3月17日、NHK「クローズアップ現代」が終了した。1993年から23年間、キャスターを務めてきた国谷裕子氏は、「国内、海外の変化の底に流れるものや、静かに吹き始めている風をとらえようと日々もがき、複雑化し見えにくくなっている現代に、少しでも迫ることができればとの思いで番組に携わってきました」と挨拶した。

私たちの見えないところで何が起きているのか。もしかしたら自分たちの将来に大きく影響するかもしれない出来事の深層を伝えることはメディアの大事な役割だ。

また同月25日には、TBS「NEWS23」の岸井成格アンカーが退任した。「何よりも真実を伝える。権力を監視する。そういうジャーナリズムの姿勢を貫くことが、ますます重要になっていると感じます」。岸井氏の最後の言葉は、メディアに対する切実なメッセージだった。

さらに6日後の31日、テレビ朝日「報道ステーション」の古舘伊知郎キャスターが番組を卒業した。降板について圧力はなかったとしながらも、次のように語った。

「人間は少なからず偏っています。だから情熱をもって番組を作れば、多少は偏るんです。しかし、全体的にほどよいバランスに仕上げ直せば、そこに腐心をしていけばいいのではないかと、私は信念をもっております」。

報道番組のマイルド化!?

国谷、岸井、古舘の3氏は、それぞれ毀誉褒貶(きよほうへん)はあるものの、特定秘密保護法、安全保障関連法など、この国のかたちを変えようとする政治の流れの危うさを、テレビを通じて伝え続けた人たちであることは事実だ。

こうした“もの言うキャスター”が、時を同じくして画面から消えたことは、政権が目指すメディア・コントロールの“成果”でもある。

実際に各局の報道番組はマイルドになり、たとえば年金法改正案やカジノ法案、南スーダンへの自衛隊「駆けつけ警護」などについても、本質に迫るテレビ報道が十二分に行われてきたとはいえない。来年は今年以上に、報道番組が何をどう伝え、また何を伝えないのかを注視していく必要がある。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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