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ありがとうPS3 ゲームビジネスの怖さを示したゲーム機の軌跡

河村鳴紘サブカル専門ライター
PS3をアピールする久多良木健SCE社長(当時)(写真:ロイター/アフロ)

 ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)の家庭用ゲーム機「プレイステーション3(PS3)」のアフターサービス受付が4月30日で終了します。2006年に発売され、ゲームファンから一定の支持を得たものの、一筋縄でいかないゲームビジネスの怖さを示したゲーム機でもあります。軌跡を振り返ります。

◇発売前に1万円の“値下げ”

 PS3を一言で表現すれば、高性能を追求したゲーム機でしょうか。当時は東芝などと共同開発したスーパーコンピューター並みの半導体チップを内蔵しており、性能の高さは世界を驚かせました。そして当時は新しい媒体のブルーレイ・ディスクを搭載、高精細な映像でゲームが楽しめました。世界で1億5000万台を売ったPS2の正当進化バージョンともいえ、発表前は次世代ゲーム機の大本命でした。

 2006年春に米ロサンゼルスで開かれた同機の発表会に渡米して参加したのですが、発表会も華々しいものでした。久多良木健SCE社長(当時、現在のSIE)自らが価格を発表、普段はゲームの話題を取り上げない大手メディアも記事にしました。しかし家庭用ゲーム機としては税込みで6万円を超える価格に注目が集まりました。その後、ソフトメーカーなど関係者から「高すぎる」という批判を受け、同年秋の発売前に1万円の“値下げ”という異例の決断をする形になりました。

 しかしそれでも売れ行きは思うように伸びず、軌道修正することになります。発売翌年には、PS2用ソフトが遊べる機能を外したバージョンを出してさらに値段を約4万円に下げます。そして値下げは企業の業績を直撃し、ソニーのゲーム事業は3期連続の営業赤字となる苦戦を強いられたのです。

◇発売前に感じた苦戦の予兆

 苦戦の理由の一つに、PS3用ソフトの開発が難しかったことと同時に開発費のコストの高さがありました。どちらもゲーム開発者や経営者から出ていた指摘で、「マルチプラットフォーム展開がしづらい」というボヤキも実際に聞きました。

 実は2006年の米国の発表会で、PS3が苦戦する予兆はありました。当時、会場を取材していたのですが、任天堂の新型ゲーム機「Wii」の体験には、多くの業界関係者が驚くほどの長い列を作り、リモコン型のコントローラーを使った新しい操作のゲームに熱中していたからです。

 帰国後にPS3とWiiの比較を上司から聞かれたとき「Wiiの斬新さは触ってみると予想以上。PS3の性能は確かにすごいが、予想を上回る驚きかと言われると苦しい」と報告したことを覚えています。そしてPS3の年間生産出荷数ですが、発売2年目から6年目までの4年間、安定して1400万台前後で推移していたように一定の需要はあったのです。本体を値下げをすると購入者が増え、ソフトもそろうようになり、裾野が広がる流れでした。

◇ライバルとの相性悪く

 要するにライバル機……Wiiとの相性が悪かったのです。リモコン型コントローラーというアイデア勝負に徹したWiiが予想以上にメディアや、普段ゲームをしない消費者の驚きをさらったこと。ライバル機との価格差もありすぎたこと。ソフトがそろうまでに時間がかかったこと。そして半導体への巨額投資も裏目に出ました。

 PS3はユニークな取り組みもありました。メタバース的なサービス「PlayStation Home」や、ネットワークを介してPS3にタンパク質の折りたたみ現象を計算させる米スタンフォード大学のプロジェクト「Folding@home」などです。しかし、ゲーム機が相応に普及しても、会社の業績的に振るわなければ、ビジネス面からは厳しい評価になるわけです。

 それでもPS3は最終的に「8740万台以上」を売りました。Wiiの出荷数は1億台超なので、とてつもない差があるわけではありません。SIEは、PS3の苦戦を踏まえて、次のPS4でゲーム機の高性能を前面に押し出さず、ソフト開発のしやすさなどをアピールするなど方向性が変わります。

 PS3の高性能化への傾斜、アピールは結果として裏目に出た形ですが、機器の性能アップは常道です。それが裏目に出るのがビジネスの恐ろしさであり、ゲームビジネスは勝ち組、負け組の振れ幅が大きいのです。発売前は大本命だったPS3の苦戦を考えると、ビジネスに絶対はないことを教えてくれるのです。

◇今も息づくPS3の“遺産”

 関係者から、ゲームソフト以上にゲーム機(ハード)のビジネスはバクチという見解を聞かされたことがあります。新型ゲーム機の発売では、いかに現行機で人気があろうとも、まったく油断できないことを端的に表しています。ですが現在のゲーム機ビジネスでは、そのバクチ的な要素を軽減させる工夫がされています。ゲーム機とネットワークを連動させて、個人アカウントでユーザーを囲い込む戦略です。

 SIE(当時はSCE)はこのサービスをPS3の発売日から始めました。現在の月間アクティブユーザー数は1億以上、有料会員数(プレイステーションプラス)も4800万に成長、同社に安定収益をもたらしています。PS3の“遺産”は今も息づいているのです。

サブカル専門ライター

ゲームやアニメ、マンガなどのサブカルを中心に約20年メディアで取材。兜倶楽部の決算会見に出席し、各イベントにも足を運び、クリエーターや経営者へのインタビューをこなしつつ、中古ゲーム訴訟や残虐ゲーム問題、果ては企業倒産なども……。2019年6月からフリー、ヤフーオーサーとして活動。2020年5月にヤフーニュース個人の記事を顕彰するMVAを受賞。マンガ大賞選考員。不定期でラジオ出演も。

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