悲劇の黒人男性をまねて「息できない」――中国紙編集長の不謹慎な米国批判
全米各地で人種差別に対する抗議デモが収まらないなか、中国紙の環球時報などが米国を揶揄する発信を続けている。中でも環球時報の胡錫進編集長(60)の刺激的な表現が目立ち、中国世論をけん引している。
◇「美しい光景」
米ミネソタ州ミネアポリスで5月25日、黒人男性のフロイドさんが偽札使用容疑で逮捕された際、白人警官に手錠をかけられてうつ伏せにされ、首を膝で9分近く圧迫された。フロイドさんはその時、「息ができない」「助けてくれ」などと懇願した末に亡くなった。その場面がスマホで撮影されて世界中に広がり、全米各地での抗議行動につながった。
米国のデモの様子について、胡氏は5月30日の環球時報英語版グローバル・タイムズで「見よ、香港の『美しい風景』が全米に広がっている」とのタイトルで文章をつづった。
香港で昨年6月、「逃亡犯」条例改正案に反対して香港市民が大規模デモを繰り返した際、ペロシ米下院議長が「目を見張る美しい光景」と表現した。胡氏はこれを引用しながら、当時の香港と同じような混乱が米国で起きていると指摘して、「美しい風景」という言葉を使って揶揄した。「米国の政治家は、遠くから『美しい光景』を楽しむ必要はもうない」。こうも皮肉った。
米有力経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルが6月4日、米政府が中国の報道機関5社を中国政府の「組織」と認定して大使館や外交使節団などと同様に扱い、米国内での運営に対する規制を強化する方針だと伝えた。そのリストに人民日報や環球時報が入っていた。
これを受け、胡氏は9日、こんな文章を中国版ツイッター「微博」上に書いた。
「私はここで中国外務省に意見したいのは、私が今後、同僚と出国する際、赤色の外交旅券を発行してもらえないだろうか。米国人をみてほしい。みなが環球時報をこれほど重視してくれているので、我々の待遇を引き上げられないか」
そのうえで「米国の規則によれば、外交使節団として登録されても、義務ばかりあって権利は与えないようで、外交特権による税などの免除はないようだ。これは深刻な差別だ。抗議、抗議、『I can't breathe』、息ができない」と結んだ。
◇中国の「本音」
環球時報は中国共産党機関紙・人民日報傘下の国際情報紙だ。それゆえ党中央宣伝部の指導を受ける。ただ、党の方針をそのまま伝える人民日報とは異なり、環球時報はタカ派の論調や独自の分析を交えつつ、党の「本音」を思わせる内容を書いている場合が多い。したがって各国の中国専門家には必読のメディアとなっている。その編集長を15年近く務める胡氏はツイッターなどで刺激的・率直な意見を発信するため、国内での影響力は高い。
たとえば、米中貿易摩擦をめぐり、中国が昨年5月ごろ、米国による制裁関税に対抗してレアアースの対米輸出の制限をちらつかせた際、胡氏はツイッター(19年5月)で「中国政府が即座に踏み切ることはないだろうが、必要性を真剣に検討している」と明らかにしている。
政府批判を展開することもある。北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の異母兄、金正男氏が2017年2月に暗殺された事件では、中国当局が北朝鮮に神経を使って報道規制を敷いたことで、外国メディアの情報が世論を主導した。この時、環球時報は論評(17年2月17日)で当局に対して「何も情報を発信せず、沈黙する傍観者」と異例の批判を展開。胡氏も▽当局は敏感な問題で自国メディアに情報を提供しない▽責任逃れのために官僚やメディアが情報を発信しない構造がある▽その結果、海外メディアの価値判断が浸透し、中国は国益を損ねている――と主張していた。
もっとも刺激的な発言の方が目立っている。オーストラリアが今年4月に新型コロナウイルスの感染拡大の国際調査を訴えた際、胡氏は微博上でオーストラリアを「中国の靴の裏にくっついたチューインガムのようだ」と侮辱したことは記憶に新しい。
意外な側面もある。香港中文大学で2014年4月1日、講演したことがあり、その際、自身を「自由派」と表現したうえ、中国政府が民主化運動を武力で鎮圧した天安門事件(1989年6月)のころに「毎晩、天安門広場に行っていた」と語ったこともある。