なぜグーグルは自らの首を絞めかねない広告ブロック導入に踏み出すのか
グーグルが提供するインターネットブラウザのChromeに、広告ブロック機能を追加することが明らかになりました。
音声付きの自動再生動画広告、スクロールしても表示し続ける広告などの不適切な広告をブロックする機能になるようです。
実際の導入は来年からのようですが、個人的にはこのニュースは今後のインターネット上の広告を考える上で、時代の転換点と振り返られる出来事のように感じていますので、自分なりに状況を整理しておきたいと思います。
グーグルはネット広告市場でダントツトップ
一般の方からすると、グーグルが広告ブロック導入を決定と聞いても、あまり印象に残らないかもしれませんが、インターネット広告業界においては、これは非常に大きなニュースです。
何しろ、グーグルはインターネット広告におけるダントツのトップ事業者。
下のグラフの緑色のグラフがグーグルで。
米国のインターネット広告の40%以上を一社で占めている上に未だに20%の成長率を示しています。
参考:The best Meeker 2017 Internet Trends slides and what they mean
グーグルとFacebook以外のインターネット広告が9%しか伸びていないことを考えると、いかにグーグルの存在感が大きいか分かるでしょう。
そのインターネット広告業界トップのプレイヤーであるグーグルが、来年からインターネット広告をブロックする機能をブラウザに導入すると発表したわけです。
ある意味、来年の野球のルールを読売巨人軍が決めるというような、マッチポンプの構造ですから、当然ながら様々な批判や懸念等のツッコミがされています。
インターネット広告業界トップのグーグルが、ライバル企業の広告表示の生殺与奪権を握ることは問題だという指摘もあれば、当然自分達の広告はブロックせずに優遇するのではないかという陰謀論的な指摘もあります。
参考:Googleのアドブロックに関する「陰謀説」の読み解き方
グーグルとしては、あくまで業界団体が定めた基準を元に判断するというスタンスのようですが、自社の広告以外だけをブロックすれば当然批判の対象になりますし、自社の広告もブロックすれば自分達の収益機会を自ら毀損するわけで、ある意味グーグルにとっては、どちらに転んでもダメージがありえる選択にも見えます。
それでも今回あえて広告ブロック導入に踏み切ったのは、非常に大きな決断だったと言えるでしょう。
インターネット広告業界は明らかに岐路に立っている
注目すべきは、それでもグーグルが今回広告ブロックの導入に踏み切らざるを得なくなるぐらい、米国でインターネット広告を巡る問題が岐路を迎えているという点です。
まず、大きいのは広告ブロックアプリの普及スピードの速さです。
グーグルからすると、広告ブロックアプリの普及をこのまま放置しておくと、自分達がコントロールできない広告ブロックアプリに主導権を握られてしまうことへの懸念が大きい点は否定できないでしょう。
下の緑色のグラフがモバイルのアドブロック導入数ですが、文字通りロケットのような普及の伸びを見せています。
参考:The best Meeker 2017 Internet Trends slides and what they mean
ドイツのPCやインドのモバイルの広告ブロック導入率がほぼ3割ですし、インドネシアのモバイルに至っては何と約6割が広告ブロックを導入。凄まじいペースです。
グーグルが、他社にコントロールされるぐらいなら自ら広告ブロックを主導する方がマシだと考える気持ちは分からなくはありません。
ただ、グーグルにとっての直近の問題はそれだけではありません。
日本ではあまり話題になっていませんが、米国においてはインターネット広告の透明性を巡る議論が非常に大きなテーマになっています。
まず、象徴となるのは、今年の2月に実施されたP&Gのスピーチでしょう。
参考:P&Gが広告の透明性を強く業界に訴え、20年で最高のスピーチと絶賛される
これは、米国のネット系広告の協議会のイベントで実施されたスピーチで、メディア業界全体の数字の不透明性や不正を批判したものです。この20年のマーケティング業界で最も重要なスピーチだと絶賛する声もあるほどで、世界でも最大規模の広告主であるP&Gが、メディア業界の不正を一掃することに注力することを宣言したとおおいに話題になりました。
さらには、これに続くようにして3月にはグーグルの運営するYouTubeで、テロリストやヘイトグループの動画に広告が出ていることに批判が集まり、一部の大手広告主がグーグルへの広告出稿をボイコットするという事態が発生しました。
参考:YouTubeが悪質なビデオにも広告を流すことに怒って今度はAT&TとVerizonがGoogleへの広告出稿をボイコット
この記事を見るだけでもボイコット企業には、トヨタやフォルクスワーゲン、グラクソスミスクラインに、AT&Tやヴェライゾンなどの錚々たる大手企業の名前が並びます。
つまり、まとめると、ポイントとなるのは下記の3点です。
■広告表示手法がユーザーの忍耐の限界を超え広告ブロックアプリが急速普及。
■インターネット広告の多くが不正な場所に表示されることが問題に
■不適切なコンテンツに広告が表示されていることも問題に
要は、インターネット広告が様々な事業者により野放図に拡張した結果。
ただでも、インターネット広告がユーザーにとって有料アプリを買ってでもブロックしたい存在になってしまっているというのに。
多くのインターネット広告が広告主が思っているような形で表示されていないことも分かってしまった上に。
広告を出すべきではないような社会的問題があるコンテンツに広告が表示されていることが明白になってしまったわけです。
ここに来て、「インターネット広告」というものの存在価値や倫理観が、ユーザーからも、広告主からも、社会からも、大きく問われる状況になってしまっている状況と言えます。
インターネット広告業界の盟主であるグーグルが、自ら自分達の首を絞めるリスクがある広告ブロックを導入してでも、インターネット広告業界に秩序をもたらさなければならない状況になっている、と考えられるわけです。
グーグル自身もYouTube広告の対応においては広告主から叩かれる側の立場だったわけですが、今回のグーグルの広告ブロック導入は、それらの批判も含めてグーグルがインターネット広告業界全体の秩序をリードすると明確に宣言する行為である、と個人的には受け止めています。
これからは、グーグルがインターネット広告の秩序を取り締まる側にまわります。
これにより、インターネット広告のノールールな時代は終わりを告げた、と受け止めるべきでしょう。
グーグルはオープンインターネットの盟主
もちろん、グーグルが実際にそこまで本気かどうかは分かりませんし、グーグル自身にも批判の矛先が向いている以上、何を今更と思う人も多いことは事実でしょう。
ただ、グーグルはこれまでも検索エンジンを通じて、検索エンジン最適化に対する悪質な手法に対するペナルティを課してきた会社です。
なにしろ、グーグルの日本法人がペイドリンクを購入するような手法を行っていた際に、身内であるグーグル日本法人のサイトのページランクを見せしめとして大幅に下げた実績もあるのです。
ルールを破るものは身内すら容赦しないというグーグルの姿勢の一端が見える逸話と言えるでしょう。
ライバルであるFacebookが、Facebookのサービスの中に新しいインターネットを作っている状態と対抗する上でも、オープンなインターネットの秩序というのはグーグルにとって最も重要な要素と言えますから、Chromeによる広告ブロックも、SEOスパムへのペナルティ同様、厳密に適用してくる可能性は否定できないと思います。
もちろん、当然スマホのブラウザはChromeだけではありません、アップルのSafariがどうでるかという話は特にiPhoneのシェアが高い日本においては大きな注目点と言えますが。
逆に言うと、グーグルとアップルが連携してブラウザに表示する広告の基準を厳しく適用すれば、スクロールしても追従してくる動画広告のような不適切な広告メニューは、簡単にほとんどのスマホのブラウザから消し去ることができることも可能ということが言えます。
そもそも、広告ブロックアプリは、無料で記事を公開して広告収入で収益をあげているメディアから考えると、メディアの収益機会を阻害することで収益をあげている存在です。ある意味ではメディアにタダ乗りしている存在であり、一部のメディアからすれば広告収入を奪う泥棒のような存在です。
当然メディア側は広告ブロックサービスに対して様々な訴訟を起こしているのですが、ここまで広告ブロックが広くユーザーに受け入れられている以上、インターネット広告が有料アプリでブロックされても当然と言われてしまうほど邪魔な存在になっていることは、メディアとしても明確に認識するほかないわけです。
もはやネット広告事業者やメディアが好き勝手に新しい広告メニューを開発し、好き勝手に自分達の基準で売ることができるノールールな時代の終わりが始まったと考えるべきなのです。
日本のメディアやネット企業にとっても他人事では無い
なお、もし、こうした話は海外の話で日本は関係ないと思っているのであれば、それは危険な考えです。
最近日本でも、企業が展開するテレビCMに対して、視聴者が不適切だと指摘して騒動になるケースが増えています。
こうした出来事がおこるようになったのは、視聴者がもはや企業が行う宣伝行為を黙って我慢する存在ではなく、怒りの声を表明できる存在になったからです。
前述の不適切な広告の例で挙げられている音声付きの自動再生動画広告や、スクロールしても表示し続ける広告が日本でも増えてきたことで、ユーザーが不満を漏らしているのを良くみますが、今後はこうした業界の基準から乖離した広告手法を使っている広告主自身に、テレビCMと同じようなクレームがあがって騒動になるリスクも高まっているわけです。
特に、日本でもさりげなく「広告ブロッカー」というアプリが、最近有料アプリのランキング上位に張り付いている点には注目です。
AppAnnieのStore Statsで見る限り、広告ブロッカーは昨年の9月にトップ10入りしてから、一貫して有料アプリのトップ10に顔を出しつづけています。
現時点での日本における広告ブロックアプリの導入率が海外に比べて低くても、メディアや企業側が無神経なネット広告の活用を続けていると、あっという間にインドやインドネシアのようなブロック率になってしまう可能性もあるでしょう。
もはやインターネット広告は、ユーザーからも、広告主からも、社会からも、害悪になっていると認識されているケースが増えているので、業界全体で正常化に取り組まなければいけないのは明白です。
そういった広告の正常化に取り組むことができないメディアや広告事業者は、徐々に、怒れるユーザーに見放され、批判を恐れる広告主に見捨てられ、社会から批判される立場に追い込まれるようになるでしょうし。
最終的には、グーグルの広告ブロッカーによって存在すらブラウザから消えてしまう未来が来るかもしれないのです。
もちろん、こうした未来予測には、ステマ撲滅派である私個人の希望的観測がかなり入っていることは否定できませんが。
少なくとも、インターネット広告のノールールが許容された時代の終わりの鐘が、グーグルの広告ブロック導入によって強く鳴らされる可能性は高いのではないかと思います。
そういう意味で、最近一部で盛り上がっている記事広告のタイトルにPRを入れるべきかどうか問題は、記事広告単体の話として考えるのではなく、インターネット広告の立ち位置の変化の中で議論すべきだと考えているのですが。
長くなりましたので今日のところはこの辺で。