多くの報道が2024台湾選挙でスルーしたこと――そもそも「独立」の気運はあったか?双頭制とは何か?
- 海外メディアの多くは台湾選挙を「親米か、親中か」のアングルで報じ、「台湾独立」を掲げた蔡英文総統の後継者が勝利した総統選挙の結果にフォーカスしている。
- しかし、そもそも「独立支持が多い」というイメージ化には台湾内部でもミスリードという指摘があり、二項対立の捉え方には再検討が必要である。
- さらに立法院選挙で「独立派」民進党は敗れ、これによって党派の異なる総統と首相が競う公算が高まったが、これも民進党よりのスタンスが目立つ海外メディアは熱心に報じない。
海外メディアが報じない「歴史」
1月13日に行われた台湾総統選挙で民進党の頼清徳候補が勝利したことは、海外メディアで大きく報じられた。例えばNHK-WORLD は13日深夜、いち早く「与党の歴史的勝利」と伝えた。
2期務めた現職の蔡英文総統は「台湾独立」の旗をふり続け、頼清徳はその後継者と目されている。
同じ政党の総統が3期続くのは台湾で初めてのことだ。それを指してNHKは「歴史的勝利」といったのだろうが、長期政権誕生が民主主義の観点から「歴史的」と賞賛すべきかどうかは議論の余地がある。
それはさておき、総統選挙の結果や中国による干渉と比べて、ほとんどの海外メディアが熱心に報じないテーマがある。同日の立法院選挙で民進党が第二党に転落し、議席の過半数(57)を下回ったことだ。
- 民進党 62→51
- 国民党 38→52
- 民衆党 5→8
入れ違いに議席を伸ばした国民党は中国との良好な関係を重視しており、民衆党は米中それぞれと是々非々の関係を強調している。
議席の過半数を獲得した政党がないため、今後は国民党と民衆党の間で連立形成の協議が本格化するとみられる。
その場合、総統と立法院で会派の異なる「ねじれ」が発生する。これも台湾史上初めてで、多様な意見の表出という意味では長期政権誕生より民主主義の深化をうかがわせるものだが、海外メディアはこちらを「歴史的」とは評さないようだ。
台湾の双頭制?
もっとも、次の総統に決まった頼清徳にとって、ねじれは大きなブレーキになる(これに言及する報道も一部にある)。
台湾の総統制はアメリカの大統領制と異なり、大統領制と議院内閣制の中間(比較政治学でいう半大統領制)で、むしろフランスに近い。議会に当たる立法院は首相を選出し、国家元首にあたる総統がこれを任命する。
首相は行政の長で、日常的な業務の大半を行う。総統はスポットが当たりやすいが、その権限は首相の任命、非常事態の宣言、軍の総指揮などに限定される。
総統が任命権をもつとはいえ、ねじれのもとでは対立する多数派が選出した首相でも受け入れざるを得ないだろう。あくまで自党の首相にこだわれば、少数派である以上、議会運営がうまくいかないからだ。
こうした状況はフランスでは双頭制と呼ばれ、歴史上珍しくない。その場合、大統領より首相の発言力が強くなりやすいというのが政治学の通説だ。
フランスと全く同じ体制ではないが、それでも台湾で双頭制が生まれれば、蔡英文の「独立」路線が立ち消えになる公算もある。
ただし、それはすでに始まっている。実際、蔡英文の後継者と目される頼清徳もすでに「独立」を主張していない。
頼清徳は選挙戦で「台湾は事実上の独立国家」と強調した。それはいわば「基本的には現状維持で、公式には独立を宣言しない」の暗示とみてよい。
「独立支持が48.9%」は本当か
意外に思う人もあるかもしれないが、そもそも台湾で「独立」を真に受ける人が多かったとは思えない。
海外でよく引用されるのは、政府系シンクタンク台湾民意基金会が昨年9月に発表した世論調査の結果だ。それによると、
- 独立 48.9%
- 現状維持 26.9%
- 統一 11.8%
- わからない 12.4%
これだけみれば「独立賛成が多い」と映る。民進党よりのメディアだけでなく、海外メディアの一部も尻馬に乗るようにこれを引用して、そのイメージを増幅させた。
しかし、このデータには疑問も呈されている。例えばTaiwan Newsは民進党支持の論調が強いが、それでも「台湾民意基金会のミスリード」を批判するコラムを掲載した。
その論拠は台湾国立政治大学選挙センターの世論調査にある。
中国との関係に関するその直近(2023年6月)の調査結果は以下の通りだ。
- 無期限に現状維持 32.1%
- 現状を維持して将来決定する 28.6%
- 独立を目指す方向で現状維持 21.4%
- 統一を目指す方向で現状維持 5.8%
- できるだけ早く独立 4.5%
- できるだけ早く統一 1.6%
- わからない 6.0%
「独立か、統一か」ではない
国立政治大学の調査結果からは、極めてデリケートな反応が浮かび上がる。
若者を中心に多くの人が「台湾人」の意識を強めていることも、中国に警戒心を抱いていることも確かだろう。かといって「独立」が中国との全面対決をかえってエスカレートさせることも疑いない。
しかも、アメリカの支援への期待は大きくない。実際、台湾民意基金会でさえ一昨年、「有事にアメリカは部隊を派遣すると思うか」という問いに対して「そう思う」は36.3%、「そう思わない」は53.8%にのぼったと公表している。
バイデン大統領が「台湾独立を支持しない」と明確に述べている以上、無理のない反応だ。まして「有事に日本の支援はほぼ期待できない」と指摘する専門家がいるのも不思議でない。
とすれば、「統一はあり得ない選択だが、独立は現実的でない」という論調が支配的になるのも、蔡英文の後継者であるはずの頼清徳が「独立」を強調しないのも当然だろう。言い換えると、「親米か、親中か」という2択ではないのだ。
無視されるデリケートな世論
独立も統一もないなら、現状維持が最も穏当な選択になり、問題はむしろ「現状維持と独立の間のどのあたりに重心を置くか」という微妙なものになってくるだろう。
ところが、台湾民意基金会の調査は「独立」「統一」「現状維持」「わからない」の4択だ。そこでは現状維持のなかにある複雑なニュアンスが捨象・解体されやすく、「将来的には独立の選択もあり得る…かも」といった微妙な立場まで「独立」に吸収されても不思議ではない。
これに対して、国立政治大学の調査は7択で、より多様な意見をすくいあげられる。つけ加えれば、台湾民意基金会の調査対象は1000人程度だが、国立政治大学のそれは1万2000人以上を対象にした調査だ。
これを踏まえれば、政府系の台湾民意基金による「独立支持が多数派」の調査結果は単純すぎる、という指摘には一理ある。
とすると、総統選での頼清徳勝利は、アジア初の同性婚合法化など蔡英文のその他の業績への評価が反映された部分が大きいとみた方がいいだろう。その一方で、蔡英文人気は民進党人気とイコールでない(蔡英文の足を引っ張ったという認知)ため、立法院選挙での敗北も不思議ではない。
わかりやすさの弊害
ただし、問題は台湾民意基金会だけではない。極めて単純化したアングルでのみ情報を発信するのは日本を含む多くの海外メディアにも見受けられるからだ。
以前からいってきたように、「親米か、親中か」の2択そのものが非現実的であることはほとんどの国に共通する現実だ。アメリカとの取引も多いシンガポールのリー・シェンロン首相が海外メディアの取材に「米中のどちらかを選ぶのは‘とても困難’」と率直に語ったことは、それを象徴する。
最大の貿易相手が中国(台湾の輸出の25%以上)で、それにとって代わる余力がアメリカにない以上、台湾もこの構造から逃れられない。
それにもかかわらず、多くのメディアは「シンプルに」「わかりやすく」を金科玉条のように振りかざす。視聴者やユーザーのニーズに応えるという意味では、それが正しいのかもしれない。
しかし、世界は別にわかりやすくできていない。
それを無理に単純化すれば、結果的に一面的でバイアスの強い情報を拡散することになり、それが行き過ぎれば論調の画一化という意味で中ロの国営メディアと大差ないものになりかねない。
少なくとも、今回の選挙結果を受けてなお海外メディアが二項対立に固執して報じ続けるなら、むしろ外野が台湾海峡危機を煽る懸念すらある。それをいったところで、総統選挙の結果のみを大々的に伝え、立法院選挙や双頭制の可能性にほとんど触れないメディアには馬耳東風なのかもしれないが。