「親米vs親中」だけでない台湾選挙――‘大胆な改革者’に率いられる第三勢力とは
- 台湾では独立を掲げる民主党、対中融和を打ち出す国民党の二大政党の構図が定着してきた。
- しかし、今回の選挙では「アメリカとも中国とも関係をもつ」方針の第三政党、民衆党が台風の目になっている。
- その獲得議席数次第では、民衆党がキングメーカーになる可能性も指摘されている。
台湾の総統選挙と立法院選挙では、これまでの「民進党(独立派)vs国民党(対中融和派)」の二項対立で収まらない構図が表面化している。その台風の目になっているのは若者だ。
台頭する第三勢力
台湾の選挙はこれまでにない複雑さを浮き彫りにしている。本稿執筆段階では1月13日朝から始まった投票の結果は不明だが、それでも事前の世論調査からは「親米vs親中」の二者択一にとらわれない有権者が増えていることがうかがえる。
まず事前に行われたエコノミスト誌の世論調査から全体の情勢を簡単にまとめると、総統選挙では民進党の頼清徳副大統領が約40%の支持を集め、これに国民党で親北市長の侯友宜候補(約31%)、そして台湾民衆党で元台北市長の柯文哲候補(約22%)と続いた。
現職の蔡英文総統の後継候補である頼清徳が総統選で有利な情勢は、他の世論調査からもうかがえる。
一方、国会にあたる立法院選挙では、多くの事前調査が単独過半数を得る政党はないと示唆している。このうちエコノミスト誌の調査は、国民党が113議席中50~55議席、民進党が40~48、民衆党が10~12と予測している。
これ以外の多くの調査も、民進党は現状の61から議席数を減らすとみている点ではほぼ共通する。その場合、事実上の国家元首にあたる総統と立法を司る立法院に「ねじれ」が生じることになる。
その場合のキーは、第三党になると見込まれる民衆党で、「キングメーカーになり得る」という観測もある。実際、国民党はすでに民衆党との連携に向けた動きを活発化させている。
柯文哲とは何者か
台湾政治で台風の目になった民衆党とそれを率いる柯文哲とは何者か。
1959年生まれで64歳の柯文哲は、医師から政治家に転身した変わり種だ。台湾の最高峰、国立台湾大学の医学部附属病院などで勤務し、台湾で初めてECMO(体外式膜型人工肺)を導入したといわれる。
その後、2014年の台北市長選挙に無所属で立候補し、民進党の候補を破って当選。市長時代は行政改革を進め、1469億台湾ドルあった市の負債を571億台湾ドル削った一方、政府が大幅に減らしていた年金を市独自に増やすといった取り組みもみせた。
支持者から「大胆な改革者」と評される一方、いわゆる政治家らしい政治家ではなく、放言・暴言が少なくないので、政敵からは「差別主義者」とも呼ばれる。
昨年7月、台北ミュージックセンターでの集会を拒絶された際、黃韻玲センター長(女性)を指して「皇帝を喜ばせようとする宦官みたいなもの」と表現して物議を醸した。国立のミュージックセンターではどんな政治集会も禁じられていて、センター長は法律に従ったに過ぎなかった。
その一方で、国防費増額などを打ち出しているものの、海外が関心を集中させる「親米vs親中」の対立軸からは距離を置いている。
市長時代の上海・台北フォーラムの実績を強調して中国政府とのパイプを印象づける一方、アメリカとの友好関係も同じく重要と示唆する。柯文哲自身の言い方でいうと「総統選候補のなかで自分だけがアメリカでも中国でも受け入れられる…これが最大のアドバンテージだ」。
第三勢力に集まる若者
良くも悪くも注目を集める柯文哲や民衆党の主な支持基盤は若者とみられている。ローカルTVの行った世論調査では、柯文哲支持者の54%は20代だった。
台湾の全人口のうち20代は約14%、30代は約15%を占める。
台湾にある国立政治大学のレフ・ナフマン准教授は「年長者には国民党支持者も多いが、若者の支持は民進党と民衆党に向かっている」と指摘する。蔡英文政権はアジアで初めて同性婚を合法化するなど多様性に配慮する姿勢が若者から一定の評価を集めてきた。
ただし、現在の総統である蔡英文の支持率は下落していて、政府系シンクタンク台湾民意基金会の調査でさえ、昨年末に「支持しない(45.4%)」が「支持する(37.5%)」を上回った。
こうした批判の大きな原因は生活の悪化にある。
日本では「半導体産業が好調」といった文脈で賞賛の目立つ台湾経済だが、2023年のGDP成長率は予想を大きく下回る1.42%を記録した。これはリーマンショック後の最低水準だ。
その一方で、金利引き下げもあってインフレは進み、とりわけ住宅価格は昨年までに、蔡英文政権が発足した2016年と比べて約1.5倍上昇した。さらに、若年失業率は11.42% にまで上昇している。
こうしたなか将来への悲観も広がっている。32歳の会社員はニッケイ・アジアのインタビューに「クレイジーな住宅価格と経済的なプレッシャーが強くて、家族を持つとか子供を持つとか考えられない」と現状への不満を口にしている。
生活重視の機運と外交・安全保障
こうしてみた時、「保守的・旧世代的な国民党は論外だが、生活悪化に歯止めをかけられない民進党にも不満がある」という若者の受け皿として、柯文哲や民衆党は急速に勢力を伸ばしてきたといえる。そこには台北市長時代に柯文哲が剛腕をふるった行政改革や生活支援への期待があるとみていいだろう。
「だからといって中国とまともにつき合うことを否定しない民衆党を支持するなんて、脅威を理解していないのではないか」と息巻く人がいるのは簡単に想像される。もちろん、台湾の若者の間にも中国に対する警戒感は少なくない。
しかし、現代では多くの国で生活がそれなりに安定した中高年より、若者の方が将来への不安が切迫した問題になりやすい。さらに、年長者が優先される社会への不満が募る構図も世界全体に共通する。
そのうえ、そもそも台湾では「中国を警戒すべきでも、まともに独立を叫ぶのも危険」という意識が広がる状況もうかがえる。一昨年の調査では、「有事の際にアメリカは部隊を派遣してくれると思うか」という問いに対して「そう思う」は36.3%、「そう思わない」は53.8%にのぼったのだ。
とすると、蔡英文のように勇ましくはないかもしれないが、過度に中国を刺激しない柯文哲や民衆党の方針が、若者に安心材料となったとしても不思議ではない。
そこにアプローチする柯文哲と民衆党がどのくらい票を伸ばすかは、ひいては台湾海峡を挟んだ緊張の行方にも関わってくるとみられるのである。