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生活にやさしそうな「水道料金の免除」が実は危険な2つの理由

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
堺市上下水道局WEBサイトより

「無料」は聞こえはいいが

 新型コロナウイルスの感染拡大を踏まえた経済対策として、水道料金の減額に踏み切る自治体が増えている。

 4月15日、堺市が「全利用者(一般家庭、事業者など)の水道基本料金を4か月間、8割減額」と発表。

 その流れが全国に波及している。

 熱海市は4月分を全額免除。刈谷市は5月または6月の請求分から4か月分の基本料金を全額免除。宮崎市は4か月分の水道基本料を7割減。小野市は5月から半年間全額免除としている(いずれも一般家庭、事業者など全利用者を対象)。

 経済対策として歓迎され、首長の「鶴の一声」で簡単に実施できるので、今後も各地に広がりそうだが、水道料金の減額には危険な落とし穴が2つある。

水の重要性の認識が不足する首長

 新型コロナとの戦いは長く続くだろう。

 そのとき私たちになくてはならないものが「水と衛生」である。水道が止まってしまったら、ウイルスが付着した手指を洗うことさえできなくなる。

 先進国が新型コロナに苦しみながらも、死亡率や感染者の増加が抑えられているのは、医療体制はもちろんだが、上下水道インフラが整備されていることが大きい。

 反対に言えば、上下水道インフラの未整備な国や地域ほど感染症は拡大する。国連アフリカ経済委員会(UNECA)は、4月17日、アフリカで新型コロナ感染により、少なくとも30万人が死亡すると発表したが、その大きな要因は「水」。水を利用できる施設をもたない国や地域が多いからだ。

 では、上下水道インフラが整った日本はどうか。じつは必ずしも盤石とは言えず、水道料金の減免によって危険な方向に進む可能性は高い。

本当はボロボロの水道管を交換するためのお金

 1つは、水道経営は悪化していることだ。高度経済成長期を中心に整備された水道管は老朽化し、いつ、どこで断水が起きても不思議でない。厚生労働省は水道事業者に更新を急ぐよう求めているが、財政難から追いつかず、すべての更新には130年以上かかる計算だ。

老朽化した水道管(著者撮影)
老朽化した水道管(著者撮影)

 設備の維持や交換には金がかかる。各地の水道事業者は、水道を持続させるために住民に状況を説明し、料金値上げを行ったり、検討している最中にある。

 そうした水道事業者が、長期間、料金を減免したらどうなるか。

 料金の減免といっても、何かしらの財源から補填しなくてはならない。今回の場合「当年度分の黒字分をそのまま料金の減額に回す」事業者が多い(一般財源を使う自治体もある)が、これは本来、設備の更新に使う資金だ。それを使ってしまえば、設備の更新はいま以上に遅れ、水道管はますますボロボロになっていく。

 これは将来の重荷となる。料金の大幅値上げや水道サービスの低下に繋がり、水を安定供給することができなくなるケースもあるだろう。

湯水のごとく使うという危険

 もう1つは、無料にすると「水を大切に使おう」という気持ちがなくなる。水という貴重な資源が、無料で使い放題なのだから、新しいビジネスをすることもできる。適切な水道料金があってこそ、地域の水を大切に使い、自然への負荷を抑えることができるのだ。

 さらに今年の夏は渇水が懸念されている。日本の降水は梅雨期、台風期、降雪期に集中しており、それ以外の時期の雨はあまり多くはない。

 気象庁によると、昨年12月から今年2月の降雪量は全国的に平年に比べて少なく、北日本で44%、東日本が13%、西日本では6%だった。たとえば、奥只見の積雪量は例年の7割ほどで観測史上最小。雪解け水が供給されないため、田植えの時期に必要な水が不足すると考えられている。

2016年に雪不足から貯水率の下がった八木沢ダム(著者撮影)
2016年に雪不足から貯水率の下がった八木沢ダム(著者撮影)

 首都圏のダムも現在は満水に近いが、その水は前述のとおり、田植えの時期に大半を使ってしまう。山に雪があればゆっくりとけだして再びダムを満たすが、今年はそれがなく、今後水源地に雨が降らないと、取水制限(川などの水源から浄水場に送る水の量を減らすこと)、給水制限(浄水場から家庭などに送る水の量を減らすこと)に繋がりかねない。

 新型コロナの感染を防ぐために水による手洗いは必要であり、猛暑の時期の健康を保つためにも水は必要だ。地震や豪雨などの災害も頭におかなければならない。だからこそ大切に使用するべきだなのだが、水道料金を無料にしたら、その意識は薄れるだろう。

 水道はどんなことがあっても止めてはならない。

 経済的に困窮し、水道料金が支払えない人は少なからずいる。まずは、そうした人の水道も「停止しない」と決めること。

 全利用者を対象とした安易な料金の減額は、水道の持続に悪影響を与え、水の大切さを忘れさせ、全市民の断水につながってしまう。

(このニュースを3分の動画でコンパクト解説)

(訂正)「刈谷市は5月または6月の請求分から4か月分を全額免除」を「刈谷市は5月または6月の請求分から4か月分の基本料金を全額免除」に修正いたしました。(2020年4月27日14時36分)

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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