唯一無二の『戦術の教科書』、ルールブック改訂は新戦術を生み出すのか?
戦術の「親」はルールである
誰が言い出した言葉なのか定かでないのだが、欧州の指導者からこんな言葉が出てくる。
「戦術の教科書? それはルールブックだけだよ」
つまり「サッカー」という競技を成立させている要素から、「サッカーの戦術」も組み立てられるのだから、ルールこそが唯一無二の戦術を生み出す根拠となるということである。たとえばオフサイドのルールがあるからこそ、ラインディフェンスのような戦術が成立するわけだし、そもそも「1チームは11人でやる」とルールブックにあるからこそ[4-4-2]のシステムで構えるというような考え方も出てくるというわけだ。
逆に言えば、ルールが変われば戦術も変わるということである。審判の誕生や11人制の導入といったドラスティックなモノでなくとも、ルール変更は必ず戦術に修正を強いるものだ。1990年代以降で言えば、GKへのバックパス禁止などは典型的な例だろう。ルール変更によって戦い方が変わり、求められる選手像も変わり、育成の変化が促され、表舞台に出てくる選手が持つスキル自体が変化していった。
たとえば、20世紀末には極端なハイライン戦術が流行していて、典型例の一つは、フィリップ・トルシエ監督に率いられた日本代表チームの「フラット3」だった。だが、それまでプレーに関与しなくともオフサイドポジションに選手がいさえすれば適用されていたオフサイドの反則が改正されると、こうした戦い方は非常にハイリスクなものとなった。ラインを上げてFWをオフサイドポジションへ置き去りにできたとしても、2列目から飛び出してくる選手がボールの受け手となる場合、これが反則にならなくなったからだ。このため、かつては一般的だった「オフサイドトラップ」もすっかり廃れている(もちろん、先のロシアW杯で日本が見せたように、廃れてしまっているからこそ使いどころもあるのだが)。
ルールの変化は新たな発想を生み、新たな戦術を生む。そんなわけで、6月から実施されるサッカーの「ルールブック変更」が何をもたらすのかは大きな注目点だった。中でも戦い方に大きな影響を与えそうな改正が、ゴールキックおよびペナルティーエリア内のFKを巡るルール改正である。
ゴールキックの新ルール
これまでゴールキックを蹴った際、それをペナルティーエリア内で触ることは禁止されていた。うっかりボールを受けてしまった場合は蹴り直しである。もちろん、ボールを保持していない側(プレッシング側)がペナルティーエリアに侵入してインターセプトすることも許されていない。
前述のとおり、「バックパスを手で使えない」ルールの導入は「足技の巧みなGK」を当たり前のものと変えている。結果としてビルドアップを丁寧に行うチームが増加し、ゴールキックを前方に大きく蹴り出すことを専らとするチームは総じて減少している。
現在はペナルティーエリアのすぐ横でCBがボールを受けるようなやり方を採用するチームが増えてきた。ここでルールを逆用し、ゴールキックでペナルティーエリアの脇にいるCBにボールが出たときに相手FWがプレスをかけてきたら、わざとエリア内でボールを触って蹴り直しにするようなプレーが出てきた。蹴り直しになるだけなので、気軽に実行できるやり方であり、プレスにいった相手FWはまさに徒労となる。このため、けん制として有効だった。
ただ、これは観ている側としてはまったく面白くないし、そもそもルールができた当初は想定されていなかったようなやり方でもある。そんなわけで、今回からこうしたルールが見直され、ペナルティーエリア外のFKと同じく、エリア内で普通にボールを受けられるようにルールが改められることとなった。
「それだけなら特に何も起こらないのでは?」と思ってしまうところだが、実際にやっている側からすると、これがそうでもない。ルールが先行導入されたU-20W杯ではさっそく各国の戦術家がこの新ルールをどう活かすかに腐心する様子を観ることができた。
多様なビルドアップ戦術の可能性
サッカーはボールを持つ側が仕掛ける側……とは必ずしも限らない競技だが、新ルール直後は間違いなくボールを持つ側が先にくる。
たとえば、前述したオフサイドルールの変更を受けて守備側の戦術が変化したケースも、まず先に起こったのは攻撃側の変化だ。攻める側が新ルールを利用した戦術でディフェンスラインの裏を突く術を見付けてきたことが先で、守備側の戦術的な変化はそれを受けて起こっている。日本代表で言えば、日韓W杯に際して「ラインを上げてFWをオフサイドの位置に取り残しても、2列目からの飛び出しでフラット3を破られてしまう」というケースが相次いだからこそ、日本代表は日韓W杯に際して新ルール下での守備戦術の修正を行うこととなったわけだ。この順番は、基本的に逆にはならない。
つまりゴールキックのルール変更によって、まず起こるのはプレッシングの変化ではない。ビルドアップの変化である。日本代表のテクニカルスタッフの一人も大会前に「まず各チームがどうやって来るのかをじっくり観て、対応を考えたい」と語っていたが、これは日本に限らず、今大会に臨んだ各国のテクニカルスタッフが共通して持っていたスタンスだと思われる。
夏から新ルール導入となるJFL(アマチュアクラブを中心とした全国リーグで、Jリーグ入りを狙うチームにとってはJ3の手前に位置付けられる)のあるクラブのGMは「こういうときにリスクは冒せない。ゴールキックはまず全部蹴るしかない。プレッシングはやめて引きこもる。そして他のチームがどうするのかを観て考える。それしかない」と語っていた。半分冗談の発言だが、結構現実的には「あり」なスタンスである。実際、U-20W杯でも大会が始まってみると、「割り切って蹴る、ゴールキックでボールには行かない」というチームが比較的多い大会となっている。
その上で、果敢に新戦術へトライするチームも多く観られた。もともとビルドアップ志向の強いチームであれば、これは必然の選択でもある。日本もその一つで、基本的には2CBをエリア内に入れてGKの左右に構えさせ、そこからの繋ぎを企図する形を採用した。これは今大会、割りとポピュラーな選択である。ペナルティーエリア脇のCBにつける従来のやり方だと、サイドに追い込まれるリスクもあったが、これだとボランチを含めて最初からボールを動かす距離感を作りやすい。練習試合ではボランチの一枚がゴールエリアの角(GKの反対側)に陣取り、両CBが外に開く形も試していたが、前者のほうがしっくり来たということだろう。
他にも、CBの片方だけがエリア内で受けてもう1枚がペナルティーエリア脇で構える変則型もある。これはGKの足技期待値が高いチームでは有効だろう。3バックを採用している戦術大国イタリアはリベロの選手がアンカーの位置に構えて、CBがエリア内の両横に入るような形、あるいはリベロがGKの横で受けて残る2枚のCBが横へ広くポジションを取るような形も行っていた。ちなみに日本戦のイタリアは4バックで、このあたりの柔軟性と対応力はさすがである。
もちろんプレッシングする側の対応を観てやり方を変えるバリエーションを持っておけば、よりメリットを発揮できる。日本はビルドアップに関して大きく分けて3つのパターンを準備し、これを相手を観ながら選択的に使っているのだが、ことゴールキックに関してはプレッシング側の戦術が練り込まれていない印象も強く、対応を変えるという意味での色は余り出ていない。イタリアも同様に複数のバリエーションを用意しているようだ。
一方、フランスのように「新ルールなどなかった」とばかりに、CBがペナルティーエリア脇で普通にボールを受けるプレーを多用しているチームもあった。これも大会への準備期間が短いことを思えば、そこにリスクをかけない、これまでどおりでいいというのも、一つの判断だろう。ちなみにフランスは大会が進むと違う形も見せているので、他の国の試合を踏まえて考えを改めたのか、大会に入ってからしか練習時間が取れなかったということかもしれない。
本当の変化はここから?
今のところ、ルール変更によってドラスティックな変化が起きているかと言えば、実際はそれほどでもない。プレッシング側はまだまだ戦術的な練り込み不足、そもそも選手の経験不足もあって、ビルドアップ側が優位に立つことも多いし、そもそもそうした点を鑑みてゴールキックをハメに行くようなチームはそう多くない。ただ、「GKへのバックパス禁止」という革命的なルール変更も、導入当初は「単なる時間稼ぎの禁止に過ぎない」と思われていたのだから、何かを判断するのは早計だ。
この6月から日本を含めた各国の各大会で順次新ルールが適用されていくことになる。その中でもっと新しいアイディアも出てくるだろう。戦術的なアイディアにおいて、ビルドアップ側が先行するのは必然だが、それに対してこう邪魔してやろうというアイディアも今後出てくるはず。そうなると今度は邪魔する側のアイディアの裏をかくような、より戦術的な駆け引きも出てくる。3試合をこなしてから臨むノックアウトステージからはまた違う姿も観られるかもしれないし、大会後にまた新しい変化もあるだろう。
U-20W杯もそうだが、ここから各大会でも順次新ルールが導入されていく。J1リーグなら8月2日からで、夏の育成年代の全国大会も新ルールで行われる見込み。こうした中で「各チームが新ルールにどう対応しているのか?」という視点で観てもらっても、あるいは「こういうアイディアはどうだろう?」と考えながら観てみても新たな発見を楽しめるのではないだろうか。