ロシア海軍によるシリア巡航ミサイル攻撃の衝撃 長距離精密攻撃能力を手にしたロシア
カスピ海からの攻撃
ロシア軍がシリア空爆を開始してから8日目となる10月7日、これまでの空軍による爆撃に加えて、海軍の艦艇からも巡航ミサイル攻撃が実施された。ロシアが実戦で海上からの巡航ミサイル攻撃を行ったのはこれが初めて。
ショイグ国防相がプーチン大統領に対して報告したところによると、カスピ海上に展開した4隻のロシア海軍艦艇から合計26発の巡航ミサイルが発射され、シリア国内の「イスラム国(IS)」拠点11カ所を破壊したという。飛行距離は1500kmに及んだ。
ところで、地図を見てみると分かるが(上記の動画参照)、カスピ海はシリアに隣接していない。それどころか、カスピ海からシリアに至るにはイランとイラクという2つの外国領空を飛び越えて行かねばならず、甚だ不便だ。
一方、ロシア海軍は、軍事介入を始めた当初から黒海艦隊の巡洋艦「モスクワ」を中心とする艦艇グループをシリア沖合の地中海に展開させており、つい最近もミサイル発射演習を行ったばかりである。
普通に考えれば、これらの艦艇を攻撃に使うほうが自然なのだが、そうしなかったのには訳がある。地中海に展開している黒海艦隊の艦艇はいずれもソ連時代の旧式艦で、対地攻撃の可能な巡航ミサイルの運用能力を持っていないのである。
しかも、黒海艦隊は母港をウクライナ領セヴァストーポリに置いていたため、ウクライナ政府の同意が無ければ旧式艦を新型艦に更新することもままならず、ロシア海軍でも最も旧式化の進んだ艦隊となっていた。
一方、このような制限のないカスピ小艦隊にはいち早く、最新鋭の巡航ミサイル「カリブル-NK」を搭載したミサイル・コルベットが配備されていた。現在、カスピ小艦隊にはこのような巡航ミサイル搭載艦が4隻配備されており、合計で32発のミサイルを発射可能であったから、ほぼ全力に近い規模の巡航ミサイル攻撃が行われたことになる。
3つの衝撃
今回の攻撃は、いくつかのレベルと意味において大きなインパクトを有する。
純軍事的なレベルで言えば、その意義は、ロシアが西側並みの長距離精密攻撃能力を初めて実戦で証明したことであろう。ロシアは湾岸戦争以降、巡航ミサイルの集中使用を含む西側の精密攻撃能力をつぶさに観察し、2012年にプーチン大統領が公表した国防政策論文でも「今後は精密誘導兵器の集中使用が戦争の趨勢を決するようになる」との見通しを示していた。
空軍はすでに衛星誘導爆弾やレーザー誘導ミサイルによる精密攻撃をシリアで実施しているものの、今回の攻撃で使用されたカリブル-NKは米国のトマホークに匹敵する長射程精密誘導兵器であり、そのインパクトは遥かに大きい。
これと関連して、カスピ小艦隊の位置づけとユーラシア大陸におけるロシアのパワープロジェクション能力を見直す必要も出てこよう。周囲を大洋から隔絶されたカスピ海を担当範囲とし、大型艦や潜水艦も配備されていないカスピ小艦隊は、ロシア海軍の中でも他の4個艦隊と比べてあまり戦略的重要性の高い艦隊とは見なされていなかった。
しかし、今回の攻撃により、カスピ小艦隊はロシア海軍の長距離パワープロジェクションを担う存在であることが浮き彫りになったとい言える。ちなみにカリブル-NKの対地攻撃バージョン3M-14は、最大で2000-2500kmもの射程があると言われ、カスピ海の中央部から発射すれば、キルギスタン、アフガニスタン、サウジアラビア、トルコ、南東欧あたりまでをすっぽり射程に収めうる。
今後はその他の外洋艦隊にもこの種の巡航ミサイル搭載艦が続々と配備予定であることを考えれば、ロシア海軍の戦力投射能力はこれまでより格段に向上すると考えておく必要があろう。
現在のところ、海上から大陸深奥部にまで精密誘導攻撃を行えるのは米海軍と英海軍だけだが、今後数年から10年程度で、ロシア海軍も相当の能力を備えてくると想定する必要がある。
最後に、政治的レベルにおいては、この攻撃がイラク領空を経由して行われたことに注目する必要がある。
これまでもイラクはシリアに展開するロシア機の通過を認めたり、偵察活動のためにロシア機がイラク領空に侵入することを黙認してきたほか、シリアやイランとともに合同テロ情報共有センターの設置を決めている。このように、イラクが米国の同盟国でありながらロシアへの接近を強めつつある中、巡航ミサイルの通過をも認めたことはその傾向をさらに決定づけるものと言えよう。
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