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強化される北方領土の軍事力 予想よりも大規模な航空機展開

小泉悠安全保障アナリスト
択捉島に配備されたロシア軍戦闘機(TerraServer)

衛星が捉えた戦闘機の姿

 先日の小欄(「北方領土にロシア空軍の戦闘機が展開 演習か、常駐か?」)では北方領土の択捉島にロシア空軍の戦闘機が配備されたというロシア側報道を紹介した。

 そこで今回、米プレシジョン・ホーク社の有償衛星画像サービスTerraServerを使用して択捉島のヤースヌィ空港上空の画像を取得してみたところ、同空港の駐機場に3機のSu-35S戦闘機が並んでいる様子がはっきりと確認できた。

ヤースヌィ空港の駐機場に並ぶSu-35S。このように、現在の駐機場のサイズでは大規模な戦闘機部隊の展開は難しい(写真:TerraServer)
ヤースヌィ空港の駐機場に並ぶSu-35S。このように、現在の駐機場のサイズでは大規模な戦闘機部隊の展開は難しい(写真:TerraServer)

ロシア側の報道写真でも写っているSu-35Sは3機だけであり、駐機場のブラスト・デフレクター(ジェット排気を逸らすための装置)も3基しか備えられていないことからして、おそらく当面は小規模な配備に止めるのだろう。空港内にこれ以上多数の機体を収容するための拡張作業が行われている様子も今のところ観察されない。

戦闘機は前から居た

興味深いのは、この画像が取得された日付が7月29日であるということだ。

ロシアの地元紙『サハリン・インフォ』が択捉島への戦闘機配備を報じたのは8月3日であるから、しばらくの間、配備の事実が伏せられていたことになる。

7月29日といえば筆者らが択捉島を訪問していたまさにその日であり、ヤースヌィ空港の付近も何度も通り掛かっていたのだが、空港内に戦闘機が配備されていたとは全く知らされていなかった。市街地から近いヤースヌィ空港に戦闘機が飛来すれば、その爆音に気がつかないということはまずないので(島内の主要市街地であるクリリスクもレイドヴォもとても静かな場所である)、戦闘機は筆者らが島を訪れるより前からもう配備されていたと考えるべきだろう。

もう一つの飛行場にも攻撃機が

 よりショックを受けたのは、択捉島内にあるブレヴェストニク飛行場の画像だった。元々は軍用飛行場として利用され、ソ連時代には戦闘機が配備されていたものの、近年では少数のヘリ部隊が駐留しているだけであった。

 ところが同じ7月29日付の衛星画像には、この飛行場にSu-25攻撃機2機が駐機している様子が鮮明に写っている。

単冠湾に面したブレヴェストニク飛行場上空の映像。Su-25攻撃機2機が駐機しているのが確認できる(写真:TerraServer)
単冠湾に面したブレヴェストニク飛行場上空の映像。Su-25攻撃機2機が駐機しているのが確認できる(写真:TerraServer)

Su-25は対地攻撃機なので北方領土内の地上部隊支援用なのだろうが、この種の機体が北方領土に展開してきたのはおそらく初めてであろう。しかもSu-25の択捉島展開についてはロシアでも報道が見られず、これが一時的なものなのか、今後も継続的に配備するのかもいまひとつ明らかでない。

ただ、これもSu-35Sと同様、現時点ではごく少数の配備に止まっているようだ(駐機場についたジェット排気の煤は2機分しかなく、これ以上の数は配備されていないことを示唆している)。

「冷静な対応を」の意味

 最近の北方領土におけるロシアの動きを総合するならば、択捉島への航空戦力配備を本格化させる方針であることはほぼ疑いないだろう。特にSu-35Sについては将来的に常駐配備を見据えた「試験戦闘配備」とされていることから、今後は飛行場を拡張するなどして、より多数の航空機が配備される可能性が高い。

 以上のように考えると、7月31日の日露外交防衛閣僚会合(2プラス2)において我が国の小野寺防衛大臣がロシア側に行った申し入れは興味深いものがある。報道によると、小野寺大臣は「北方領土でのロシアの軍備強化▽日本周辺におけるロシア軍機の頻繁な飛行▽ロシア軍が極東で計画している今夏の大規模演習--を取り上げ、「ロシア側に冷静な対応を求めた」」という(『毎日新聞』2018年8月1日)。

この時点で小野寺大臣をはじめとする政府首脳部は択捉島へのSu-35S及びSu-25配備の事実を掴んでいたはずであり、これが「冷静な対応」という発言に繋がったのだろう。

噛み合わない議論

もっとも、ロシア側は日本の抗議を全く相手にしない姿勢を示しているほか、日本の陸上型イージス(イージス・アショア)導入に対して(純軍事的に見るとかなり不可解な)反対論を繰り返すなど、安全保障を巡る日露の議論は噛み合っていない。

 しかも来月にはロシア軍の極東大演習「ヴォストーク2018」が控えている。これまでも北方領土は極東大演習の範囲に含まれてきたが、今回は航空戦力や2016年に配備された新型地対艦ミサイルなどを動員し、かつてない規模の軍事活動が北方領土で実施されることになろう。

また、ロシアはこれまでの西部大演習において、ポーランドに配備されたミサイル防衛システムへの核攻撃訓練を実施したことがある。ロシアが日本のミサイル防衛にも盛んに反対を唱えている状況下では、「ヴォストーク2018」が日本に対する同様の訓練を含んでも特段に奇異ではない。

そして「ヴォストーク2018」とほぼ同時期、安倍首相はロシア政府主催の東方経済フォーラムに参加するため、ウラジオストクを訪問することになっている。その傍ら、まさに焦点である北方領土を舞台として軍事演習を行うのであれば、軍事的恫喝と受け取られても仕方あるまい。ロシア側には改めて「冷静な対応」を求めるとして、ここまでされてもなお対露接近路線を継続するのかどうか、日本自身の針路にも再考が必要ではないか。

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

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