「R-1」に夢はあったのか。昨年王者・田津原理音が噛みしめたピン芸人の苦悩と見出した覚悟
「R-1グランプリ2023」で優勝した田津原理音さん(31)。「M-1グランプリ2022」王者「ウエストランド」がネタの中で「『R-1』には夢がない」と言ったことで、思わぬ余波を受けた「R-1」チャンピオンにもなりましたが、果たして実際に夢はあったのか。その中で直面したピン芸人の苦悩、そして、つかみ取った覚悟を吐露しました。
ゴールではなくスタート
一年間「R-1」チャンピオンとしてやってきて、いろいろなものと向き合った時間だったなと今は強く感じています。
いろいろなところで「全然売れてない」と言われてもいますし、たまにテレビに呼んでいただいても「面白くない」と言われて炎上したりもしています。
「R-1」には夢がないのか。その言葉を問われる一年だったとも思うんですけど、にっちもさっちもいかない状況だったと自分でも感じました。
そもそも、全国ネットのテレビ番組に初めて出たのが優勝した時の「R-1」でしたし、「R-1」はゴールではなくスタートだった。分かっていたつもりだったんですけど、改めてそこを再認識する結果にもなりました。
ピン芸人の苦悩
そして、これもものすごく根本の話なんですけど、ピン芸人という存在についてもこれでもかと考えました。
当たり前なんですけど、ピン芸人って一人なんです。なので、キャスティングするほうも心配なんだろうなということを感じました。
コンビだったらコンビ内で自己完結するというか、何が起こっても多くの場合、ツッコミの人がどうにかして仕上げてくれる。
でも、ピンは一人なので、何かあったらどうしようもない。人となりや能力値がしっかりと知られているか、よほど呼びたい理由がないとなかなか呼ばれない。ずっとピン芸人をやってきて、灯台下暗しというか、実はハードルが高い職種なんだなということを痛感しました。
そして、この春から活動拠点を大阪から東京に移したんです。仕事の幅が広がればという思いでの決断だったんですけど、当然、行く先々、知らない人ばかり。大人になってこれほどワクワクドキドキの4月があるのかと思うくらい(笑)、本当に新年度のスタートらしい4月を過ごしました。
小学生だったら「友達100人できるかな」とドキドキするのかもしれませんけど、実は、僕自身もそこがキモというか、そんなことを強く感じる上京にもなりました。
というのは、先ほどの話にもつながるんですけど、説明役として、その現場での“即席相方”というか、自分のことを分かってくれる人が現場ごとにどれだけいるのか。人間関係ができていて、こちらのイジり方を分かってくださっている方がいるのか。そこがポイントだなとも思ったんです。
その数をどれくらい増やせるのか。ここが実はかなり大事な領域なんだなとも思いました。その意味では「友達100人」というのはあながち間違いではない目標というか。そんなことも感じています。
自分の形
東京に出てきて、これも自分の特性に改めて気づいたことなんですけど、僕は小学生のころからイジられているというか、変わったことをするのが普通の人間だったんです。
ただ、今は見た目がイジられるタイプじゃないというか、言ってしまえば普通なので、周りからしたら何かしら僕がおかしなことをしても「この人にあまり強く言ったら、そういうことに慣れていないだろうから傷つくんじゃないか」と思われてしまう。でも、本人からしたら、そうじゃない。どれだけ来てもらっても大丈夫だし、ずっとそうやってきたのにという思いがあるんです。
そういったイメージのズレも自分で埋めていかないといけないし、どこまでももっと“商品説明”が必要なんだろうなと思います。
ただ、ここが本当に難しいというか、自分から「こういう人間なんです」というものではないんですよね。それでは伝わらない。周りからイジられて初めて個性として成立するもんなんだと感じます。
僕が最大のミスをしたと言われてもいるのが、自分で「トークなどの“平場”が弱い」って言っちゃったことなんですよね。
言った当時は「平場が弱い」って自分から言ったんだから、それはそれでうまいこと流れるんじゃないかとも思っていたんですけど、実際はそうではなく。自分で言ってるから、そんな人間に任せるのは怖い。数ある選択肢の中から弱いと言っている人間に何かを頼むのはリスキー。そう思われることのほうが多かった。
そこも、自分で言わずに徐々に平場が弱いとバレていったら、そこがイジられポイントになったのかなとも思います。うまいことバレていったら良かったのかもしれないし、バレたらバレたでのやり取りをしたら良かった。それも考えたんですけど、うまくバラされるように持っていったり、その流れを逆に利用したりということができるのは、もはや平場が弱くないんですよね(笑)。
かといって、何も言わずにいて呼んでみたら平場が弱いと思われるのは本当の見限られだし。単純に、平場が強ければいいのかもしれませんけど(笑)、どこまでも難しいものだなとも感じました。
ありがたいことに、ピン芸人として一番強い「R-1」優勝という札を一年間持たせてもらって、そういったことを心底感じました。
ピン芸人ってね、研究対象として実は研究しごたえがあるくらい、難しいものだとも思います。どうやって売れさせるのか。そこにはもちろんいろいろな方法があるんだと思うんですけど、実はかなり難しいものなんだと思います。
一回、ピン芸人仲間で話していて盛り上がったのが「アメトーーク!」(テレビ朝日)の「〇〇芸人」というくくりで「僕たちは、ピン芸人です」という回をやってほしいという話にもなったんです。それくらい、特殊というか、入り組んだ世界が実はあるものなんだろうなと。
ゴールの分からないマラソン
ただ、優勝したおかげで優勝特番もさせてもらい、そこでMr.シャチホコさんとご一緒させてもらったんです。
それまで全く接点はなかったんですけど、そこで教えていただいたのは「好きなことをするなら、今が一番やりやすい。芸歴を重ねていけばいくほど、どんどんやりにくくなる。変えにくくなる」ということでした。
いろいろなことを一番試せるのは今。後になればなるほど、難しいし怖くもなっていく。本当によく分かるお話ですし、路線変更はどんどん難しくなる。
僕は今の自分がやっていることが楽しいんですけど、リアルな話、今の段階でそれではテレビに出られていない。だったら、モデルチェンジをして、もっとまじめな好青年というか、しっかりツッコミもしていくタイプに変わったほうがいいんじゃないか。でも、それをやると、もう今の形には戻れない。どうしたらいいのか。本当に答えが出しづらいことだなとも思っています。
同期の作家さんとしゃべってたんですけど、この仕事はどっちにゴールがあるか全く分からないマラソンだと。
どっちに走ったらいいかも分からないし、何キロ先にゴールがあるのかも分からない。全く違う方向に走っているかもしれないし、あと少し今の道を走れば何かがあるのかもしれない。それが全く分からない。40キロなのか、200キロなのか。それも分からない。そもそも、ゴールがあるのかないのかも分からない。
そうなるとね、やるべきことは「ゴールがあってほしい道を走る」ということなのかなと思うようになりました。ここが正解だったらうれしい。この道にゴールがあったらうれしい。そこを走る。それしか、このレースで一つの納得を得る方法はないのかなとも思っています。
だからね、売れてる人は本当にえげつないと思いますし、ピン芸人で売れ続けている人はただただすごいと思います。
僕はまだまだその次元にはいけてないので分からないんですけど、結局、その道を行き切った人ばかりが売れているんじゃないかと思います。自分の性分に全くあっていないことをやってゴールテープを切るというのはないのかなと。
以前、村上ショージ師匠が「ピン芸人、難しいな」とおっしゃっていたとも聞きますしね。ショージ師匠くらいのキャリアの方が難しいのなら、そら、僕らみたいなところは分からんなと。それくらい簡単なことではないですし、だからこそ面白いし。長い道のりかもしれませんけど、走り続けたいと思います。
…まじめな話をしてしまいましたね。これは恥ずかしいぞ(笑)。でも、これがリアルな思いですしね。なんだか、スミマセン。
(撮影・中西正男)
■田津原理音(たづはら・りおん)
1993年5月25日生まれ。奈良県出身。吉本興業所属。NSC大阪校35期生。同期はゆりやんレトリィバァ、濱田祐太郎ら。コンビでの活動を経てピン芸人に。ABCお笑いグランプリ決勝進出。「R-1グランプリ2023」王者。今春から活動拠点を大阪から東京に移す。