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総理就任から衆議院解散まで史上最短記録を作った岸田政権の党利党略

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(612)

神無月某日

 衆議院が解散された。衆議院解散とは、内閣総理大臣が衆議院議員全員をクビにして、国民の選挙によって衆議院議員を選び直させることである。

 その解散に憲法7条と69条によるものの2種類ある。7条解散は内閣の助言と承認により天皇の国事行為として行われ、69条解散は衆議院で内閣不信任案が可決された場合、10日以内に衆議院解散か、内閣総辞職しなければならない規定によって行われる。

 戦後の日本国憲法下で69条解散は4回しかなく、総理が自分の都合で解散する7条解散が今回で21回目となった。衆議院議員全員のクビを切るのだから、総理の都合で解散するといってもそれなりの理由は必要だ。

 それがなければ国民は何を問われているかが分からない。ところが今回の解散・総選挙はそれを分からなくするところに特徴がある。おそらく安倍政権が選挙で勝ち続けた手法を真似しているとフーテンは思う。

 安倍政権は民主党から権力を奪い返した政権だから、選挙では民主党政権の負のイメージを国民に訴える戦法を採った。国家が現実に直面している課題をどうするかではなく、過去の民主党の負のイメージを掘り起こし、それを国民の意識に植え付けて政権選択を迫るやり方だ。

 2012年の総選挙で政権に返り咲いた安倍自民党政権は、民主党と公明党との「3党合意」に基づき、2014年4月に消費税率を5%から8%に上げ、10月には10%に上げることになっていた。

 ところが安倍政権は10月の再引き上げを2017年4月に先延ばしする方針を決め、それを2014年11月に解散の理由にした。増税をやめるなら重大な政策変更だから国民に問う必要がある。しかし先延ばしは重大な変更と言えない。それでも解散の理由にしたのは勝てる時に勝っておこうと考えたからだ。

 国民は解散の大義が良く分からないので投票に行かなかった。投票率は戦後最低だった2012年をさらに下回り、特に自民党の牙城と言われる北陸地方で激減した。長年自民党に投票してきた保守層が白けたのだ。それでも民主党の負のイメージは国民に根強く残っており、自公は3分の2の議席を維持することに成功した。

 次に解散が行われた2017年、安倍政権は「国難突破解散」と銘打った。何が国難かと言えば北朝鮮のミサイル実験や少子高齢化だという。それらに対応するために解散する、つまり与党の議席を増やしてから政治を行うというのである。

 政策を遂行するのに、どちらの道を選べば良いかを国民に聞くのなら分かるが、これから政策を遂行するために議席を増やしておくというのだから、過去の民主党政権の負のイメージを掘り起こし、勝利を得ようとする解散・総選挙以外の何物でもない。

 意味不明の解散・総選挙は国民に不評だった。さらに東京都知事選でブームを起こした小池百合子東京都知事が国政に打って出る構えを見せたので、安倍自民党政権は必ず選挙で負けると誰しもが思った。

 ところが小池都知事の構想が野党陣営に分裂をもたらし、状況は一転して選挙結果は自民党が前回と同数の議席を獲得、公明党は6議席減だが、それでも与党の勢力は3分の2を維持した。

 それから4年後の今年、あと1週間で衆議院議員は任期満了を迎える。解散しなくとも選挙をしなければならない。それなのになぜわざわざ解散するか。本来なら任期満了にならない前に選挙をやるのが常識だ。しかし自民党は衆議院議員が任期満了日を超えて選挙をやるよう自民党総裁選の日程を設定した。

 9月17日告示の自民党総裁選は12日間行われ、29日に岸田新総裁が誕生した。そして10月4日に国会で岸田新総裁は第100代内閣総理大臣に選ばれ、新内閣を組閣した。それから10日後に衆議院解散を断行、19日公示、31日投開票という自民党総裁選と同じ12日間の選挙が行われることになった。

 今回、岸田政権は新総理誕生から衆議院解散まで憲法史上最短記録を作った。これまで新総理誕生から衆議院解散までの最短記録は、1954年12月10日に総理に就任した鳩山一郎の45日間である。それを岸田総理はわずか10日間に縮めた。

 鳩山一郎は、「造船疑獄」で追い詰められ総辞職した吉田茂の後に、左右社会党の協力を得て総理に就任する。その時、社会党に早期解散の約束をしていた。そのため翌55年1月24日に突然衆議院を解散、記者から「なぜこの日に」と問われると「天の声だ」と答えた。

 要するに解散に値する大義があった訳ではなく、党利党略の解散・総選挙である。それと同じことが安倍政権下で定着し、それを岸田政権も真似しようとしているのだ。それを鳩山政権よりも短期間で、つまり国民に考える暇を与えないで、党利党略をやろうとしているのである。

 だから岸田総理は総裁選で主張していた「令和版所得倍増計画」などの政策を主張するより、「6重苦の民主党政権」というフレーズを復活させ、民主党の負のイメージを掘り起こすことに努め、そうした戦術を国民に見抜かれないように何から何まで短期間で済ませようとしている。

 そうした自民党の狙いに適合するのが、野党第一党である立憲民主党の枝野幸男代表と福山哲郎幹事長だとフーテンは思う。2人は菅直人民主党政権の官房長官と官房副長官として東日本大震災の対応に当たった。特に枝野代表は連日記者会見を開き、テレビで顔を見ない日はなかったから国民の知名度は高い。

 現在の本人は自民党のコロナ対策を批判し、東日本大震災の時の民主党政権の方が危機管理対応に優れていたと主張するが、果たしてそれに賛同する国民がどれほどいるか、申し訳ないがフーテンは枝野代表の勘違いではないかと思っている。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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