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都の「受動喫煙防止」条例はなんとか世界水準、国の法案は残念なことに10年遅れ

石田雅彦科学ジャーナリスト

 東京都が国に先がけて独自の受動喫煙防止条例を定めようとしている。都議会の議席から2018年6月27日の本会議で成立するとみられるこの条例はほぼ世界水準で、2020年の東京オリパラへ向けて開催都市としての矜持だろう。一方、国会で議論されている法案は、世界の趨勢から10年ほど遅れている。

受動喫煙規制しても経営に影響は出ない

 国(厚生労働省)が国会へ提出した受動喫煙防止対策を含む健康増進法改正案は、飲食店の場合、客席面積100平方メートル以下で資本金5000万円以下の既存店を規制の例外としている。

 東京都の小池百合子都知事は、東京都の受動喫煙防止条例案を発表した2018年4月20日の会見で「人に着目した」東京都独自のルールと強調した。

 都の条例案では、従業員を雇っている飲食店の場合は原則禁煙で、雇っていない場合は禁煙か喫煙可かを選択できるとし、店舗の面積を基準としてはいない。つまり、基本的に従業員を受動喫煙から守るという考え方であり、従業員を雇っている飲食店では別に喫煙専用室を設置する必要があるが、紙巻きタバコの場合、専用室内での飲食はできない。

 飲食店の受動喫煙防止対策では、タバコを吸う客が減って営業に悪影響が出るのではないかという意見がつきまとう。規制反対派が面積規定をできるだけ広げようとこだわるのも小規模飲食店への影響を考えてのことだ。

 規制ができた場合の飲食店への経営影響については、すでに世界中で実施された規制を評価した調査研究が山のように出ていて、その影響はほとんどないか、むしろプラスという結論になっている(※1)。バーなど酒を出す業種業態の飲食店についても同じだ(※2)。

 中にはタバコを吸う従業員を雇えなくなるなど、雇用に影響が出るのではないかと危惧する声もあるが、これについても規制の影響はないことが明らかになっている(※3)。

加熱式タバコへの対応で違いが

 そもそも受動喫煙の被害というのは、加熱式タバコを含むタバコを吸う喫煙者が出す有害物質によって、タバコを吸わない人が健康影響を受けることを意味する。最近では、目の前でタバコを吸わなくても喫煙者の呼気や衣服などに付着した有害物質が、周囲に悪影響をバラ撒いているという研究結果も出てきた(※4)。

 タバコの煙の有害性には閾値がない、つまりどんなに微量でも健康への悪影響があるということで、加熱式タバコに対する規制の必要もこうした根拠から出ている。

 残念ながら、国の受動喫煙防止法案や東京都の条例案では、加熱式タバコを特別扱いにし、紙巻きタバコよりも規制は緩い。

 飲食店の場合、国の法案ではその中で飲食が可能な加熱式タバコの喫煙室を設置するようになっていて違反した場合には罰則も付けている。都の条例案では、その中で飲食が可能な加熱式タバコの喫煙室の設置を義務づけているが、違反した場合の罰則規定はない。

 職場における受動喫煙の防止対策としては、2014年に「労働安全衛生法の一部を改正する法律」ができ、厚生労働省は都道府県の労働局長宛に各事業所での受動喫煙防止対策の実施を強く求めた。この事業所には飲食業や宿泊業も含まれ、客の喫煙を制限することが困難な場合は喫煙可能区域を設置して適切な換気を実施することとしている(※5)。

 飲食や宿泊などのホスピタリティ業は、不特定多数を顧客とするため、中には喫煙者もいるはずだ。国や自治体が受動喫煙を防止するための規制を新たに作って客の喫煙を禁止しなければ、飲食店の従業員の受動喫煙被害をなくすことがなかなか難しいだろう。

 世界で広がっている受動喫煙に対する規制は、これらホスピタリティ業に携わる従業員とタバコを吸わない客を受動喫煙から守るために施行されてきた。

 オリパラのような大規模な競技大会では、観戦のために世界中から開催国へ人が集まる。これらの観客や競技者、スタッフをタバコの害から守るために、2004年のアテネ大会からWHO(世界保健機関)とIOC(国際オリンピック委員会)が「たばこのない五輪」の実施を開催国に要請している。

面積規定に意味はない

 飲食店の従業員を受動喫煙から守るために面積規定は、あまり意味をなさないということがすでにわかっている。

 スペインは2006年、現在の日本政府(厚労省)案のように100平方メートルを境にして、それ以下の面積の飲食店で禁煙か喫煙可かを経営者の判断にまかせるという受動喫煙防止法を作った。

 このスペインでの受動喫煙防止対策について、施行される前の2005年と施行後の2006年から6ヶ月、12ヶ月、24ヶ月後の環境タバコ煙濃度を合計443施設(店舗)で測定し、比較した研究がある(※6)。24ヶ月後の結果は、公共の施設など完全禁煙の場所で環境タバコ煙濃度は少なくとも60%減少していたが、経営者の判断で喫煙できる飲食店では施行前より40%も濃度が高くなっていた。

 すでにヨーロッパ各国には、飲食店の受動喫煙防止対策で面積規定がある。40平方メートル(デンマーク、2007年)、50平方メートル(クロアチア、2009年)、70平方メートル(ギリシャ、2009年、オランダ、2010年)、75平方メートル(ドイツ、2008年)、80平方メートル(スイス、2010年)など多様(※7)だが、結果的に飲食店の従業員らを受動喫煙から守ることはできなかったスペインの受動喫煙防止対策は失敗例として研究者の間で「スパニッシュ・モデル」と呼ばれている。

 国の法案は、すでに失敗したことが判明している100平方メートル規制を踏襲する愚かな施策になっているというわけだ。

 東京都は面積で区分けせずに従業員を受動喫煙から守るという本来の目的に指向している点で評価できるだろう。

 1990年代の半ば頃から、タバコ産業はホスピタリティ業の受動喫煙規制に関して積極的なロビー活動を展開してきた。スペインの規制法でも、その策定過程でタバコ会社が作った受動喫煙を防ぐ飲食店用プログラムを参考にするなど、タバコ産業の活動に強く影響されていたことがわかっている(※8)。

 日本ではどうか、公文書や企業の内部文書が明らかにならない限り、永遠に闇の中だ。

 受動喫煙には健康格差の問題が背景にあることがわかっているが(※9)、先日、国会に参考人として招いたがん患者に対して自民党議員が看過できないヤジを飛ばしたように、受動喫煙防止対策ではタバコを吸う喫煙者がタバコを吸わない人の気持ちに寄り添えなければなかなか実効性が乏しい。

 国の受動喫煙防止対策法案もすでに衆議院を通過し、国会が会期延長されたこともあり、野党が対案を出したとしても原案どおり近いうちに成立するだろう。国の法案に比べ、東京都の条例案には、少なくとも受動喫煙の害を受ける側に対する配慮があるが、国会議員は都の条例案をよく読み、その意図するところを改めて考えるべきだ。

※1:M Scollo, et al., "Review of the quality of studies on the economic effects of smoke-free policies on the hospitality industry." Tobacco Control, Vol.12, 13-20, 2003

※2-1:Dohyng Kim, et al., "The inpact of restaurant smoking bans on dining out expenditures: Evidence from panel date." Journal of Urban Economics, Vol.88, 38-49, 2015

※2-2:Benjamin Alamar, et al., "Effect of Smoke-Free Laws on Bar Value and Profits." American Journal of Public Health, Vol.97, No.8, 2007

※3:Paul Shafer, "Impact of US Smoke-free Air Laws on Restaurant and Bar Employment, 1990-2015." NICOTINE & TOBACCO RESEARCH, doi.org/10.1093/ntr/ntx280, 2017

※4:Jonathan P. Winickoff, et al., "Beliefs About the Health Effects of “Thirdhand” Smoke and Home Smoking Bans." Pediatrics, Vol.123(1), e74-e79, 2009

※5:厚生労働省:職場における受動喫煙の防止対策について(2018/06/26アクセス)

※6-1:Maria J Lopez, et al., "Two-year impact of the Spanish smoking law on exposure to secondhand smoke: evidence of the failure of the ‘Spanish model’." Tobacco Control, Vol.21, 407-411, 2012

※6-2:この研究では、環境中のタバコ煙、つまり受動喫煙の程度を評価するために、空気中のニコチン濃度を測定する手法がとられた。空気中のニコチン濃度は、感度が高く特異的な受動喫煙の指標であり、特定の場所で受ける環境タバコ煙の曝露の評価に用いられる。

※7:Nick K Schneider, et al., "The so-called “Spanish model”- Tobacco industry strategies and its impact in Europe and Latin America." BMC Public Health, Vol.11, 907, 2011

※8:Ildefonso Hernandez-Aguado, "The tobacco ban in Spain: how it happened, a vision from inside the government." Journal of Epidemiology & Community Health, Vol.67, Issue7, 2013

※9-1:Filippos T. Filippidis, et al., "Relationship of secondhand smoke exposure with sociodemographic factors and smoke-free legislation in the European Union." European Journal of Public Health, Vol.26, Issue2, 2015

※9-2:B Kuntz, T Lampert, "Social disparities in parental smoking and young children's exposure to secondhand smoke at home: a time-trend analysis of repeated cross-sectional data from the German KiGGS study between 2003-2006 and 2009-2012." BMC Public Health, Vol.8, Issue16, 2016

※9-3:Y Matsuyama, J Aida, T Tsuboya, S Koyama, Y Sato, A Hozawa, K Osaka, "Social inequalities in secondhand smoke among Japanese non-smokers: a cross sectional study." Journal of Epidemiology, 2017

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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