究極の「戦後レジームからの脱却」とは 戦争の真実と和解(19)
「日本軍慰安婦問題について韓国と協議でき、解決策を見出せるものと期待する」「日本政府は慰安婦の存在を否定したことはない」。別所浩郎・駐韓日本大使は5日、東亜日報との単独インタビューでこう述べた。
東亜日報によると、韓国大統領府は慰安婦問題に対して日本が真摯な態度を示すなら、3月にオランダ・ハーグで開かれる「核安全保障サミット」で日韓首脳会談を検討できると考えているという。
従軍慰安婦をめぐる補償問題は1965年の日韓請求権協定で解決済みのため、日本政府は財団法人・アジア女性基金をつくり、フィリピン、台湾、韓国、オランダ、インドネシアの5カ国・地域で元慰安婦の方々に対し償い金を支給、橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗、小泉純一郎の歴代4首相がおわびの手紙を出してきた。
小泉首相のおわびの手紙はこう記す。
「いわゆる従軍慰安婦問題は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題でございました。私は、日本国の内閣総理大臣として改めて、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを申し上げます」
「我々は、過去の重みからも未来への責任からも逃げるわけにはまいりません。わが国としては、道義的な責任を痛感しつつ、おわびと反省の気持ちを踏まえ、過去の歴史を直視し、正しくこれを後世に伝えるとともに、いわれなき暴力など女性の名誉と尊厳に関わる諸問題にも積極的に取り組んでいかなければならないと考えております」
日本政府は法的責任を超えて、明確に人道的責任、道義的責任を認めたのだが、韓国では「なぜ国家の法的責任を認めないのか。ごまかしだ」と逆に反日ナショナリズムの引き金になった。韓国政府が認定した元慰安婦207人のうち、一律200万円の償い金と首相のおわびの手紙を受け取ったのはわずか11人。(大沼保昭著「『慰安婦』問題とは何だったのか」より)
これまで日本から韓国に和解の手を差し伸べても拒絶され、日本国内の右からは「謝罪外交は韓国をつけあがらせるだけ」と突き上げられる。善意のアジア女性基金も板挟みになってしまった。
一方、米南部バージニア州の公立学校の教科書に「日本海」と「東海」を併記する法案が6日の州下院本会議で賛成81、反対15で可決された。州上院でも同じ内容の法案が可決されており、州知事の署名を経て7月1日に発効、2015年度から「日本海」「東海」併記の教科書が使われる見通しだ。
同州内では韓国系米国人が急増。日本政府は法案が可決されるのを阻止するためロビー活動を展開したが、理解が得られなかった。韓国の歴史キャンペーンは、フランスで「アングレーム国際漫画祭」に韓国政府や作家団体が従軍慰安婦をテーマにした展示を行うなど、世界的な広がりを見せる。
日韓関係は、従軍慰安婦、竹島領有権、日本海呼称、安倍晋三首相の靖国神社参拝をめぐって非常に難しい状況に陥っている。これまで死屍累々の日韓外交を好転させるのは至難の業だ。だからこそ、別所大使の発言からは、これを打開しようという安倍政権の強い意思が感じられる。
2007年、米下院の「慰安婦」問題決議案採択に対し、安倍首相(当時)が「慰安婦への狭義の強制性はなかった」と発言、国際問題化した。12年の自民党総裁選に際しても「私たちの子孫にこの不名誉(強制連行)を背負わせるわけにはいかない。国内、国外に対し、新たな談話を出すべきだ」と述べ、慰安婦募集の強制性を認めた河野談話の見直しに意欲を示した。
安倍首相は首相就任後、歴代政府の立場を継承する方針を表明したものの、過去の言動や靖国参拝がそれでなくてもややこしい日韓関係をさらに複雑にしてしまった。
日本は1910年から敗戦まで35年にわたって「日韓併合」という名の下、朝鮮半島を植民地支配した。歴史問題に一段の配慮を求められるのは日本なのに、従軍慰安婦をめぐって橋下徹大阪市長、日本維新の会議員に加え、籾井勝人NHK会長の無思慮な発言が相次いでいる。
河野談話が発表された根拠や経緯には大いに疑問が残るが、これは日本政府が、しかも自民党(宮沢喜一)政権が出した談話である。自民党政権が出した「証文」を別の自民党政権が気に入らないからといって引っ込めるということが国際社会から受け入れられるのか。契約社会の英国では日常生活でもいったん署名してしまったら、それでおしまいである。
第二に、旧日本軍が慰安婦制度に関与していたのは歴代首相の手紙が認める通り歴史的な事実だ。日本が関東軍の独断で中国大陸に深入りしていなければ先の大戦も回避できたし、あれほど大規模で組織的な慰安婦制度も必要なかった。
詐欺同然の手口で遠く離れた戦地に送り込まれた慰安婦も、NHK経営委員、百田尚樹氏のベストセラー小説『永遠の0』で描かれた特攻隊員も、「お国のため」という大義名分のもと旧日本軍に使い捨てにされた銃弾と同じである。
「朝鮮半島における慰安婦の強制連行」など、歴史を部分的に否定する場合には、十分な配慮が求められる。「歴史の部分否定」が従軍慰安婦という「歴史の全面否定」に利用されたことは、「彼女らは公娼で大金を手にしていた。日本は何も悪くない」「慰安婦制度はどこの国にもあったこと」と公言する人がこれだけ増えてきたことを見ても否定のしようがない。
大沼氏が記すように、「一方の極にはある日突然強制的に連行された事例があり、他方にはすでに『公娼』だった人が募集に応じたケースもあった。もっとも多かったのは、看護婦、家政婦・賄い婦、工場労働者として募集され、現地に着いてみたら『慰安婦』として『性的奉仕』を強制され、長期間自由が拘束される状態におかれたというケースである」。
日本では左が「一方の極」を強調し、右が「他方」のケースを言いふらすという状況が20年以上も続いている。「全体」を語らず「部分」を喧伝し、「河野談話の見直し」がもたらす破滅的な影響をまったく語らないのはプロパガンダ、デマゴーグの手法である。
筆者はロンドンで暮らし始めてまもなく7年になる。欧州連合(EU)からの離脱を唱える英国独立党(UKIP)のファラージ党首は常に「移民のおかげで病院の待ち時間が長くなった」とまくし立てるが、それは「木(部分)」であっても「森(全体)」ではない。
移民の財政への貢献度が平均的な英国人より高いことは多くの調査で実証済みだ。デマゴーグは決して「全体」を語らない。理性に働きかけず、感情に訴える。「ハーメルンの笛吹き男」と同じで、その行き着く先を語ることはないのだ。今、日本は21世紀をどう生き抜くのか、真剣に考えなければいけない時期に差し掛かっている。
国際社会は日本人ほど忘れっぽくない。
英国人は第二次大戦中、タイとミャンマー(旧ビルマ)を結ぶ泰緬鉄道の建設で戦争捕虜(POW)が日本軍から受けた残虐行為を心に刻んでいる。ティム・ヒッチンズ駐日英国大使が「過去の過ちを挽回する最善の方法は、犯した過ちを認め、より良い未来を積極的に築くことだ」と講演したのも、旧日本軍の残虐行為が念頭にあるのは間違いない。
安倍首相に厳しい英紙フィナンシャル・タイムズのアジア担当部長デービッド・ピリング氏も、ヒッチンズ大使も、決して口には出さないが、靖国神社の遊就館に泰緬鉄道のC56型蒸気機関車31号車が展示されているのを知っているはずだ。英国人の目にC56がどのように映るのか。その下敷きになった戦争捕虜1万2400人の屍が脳裏に浮かんでいるのではないか。
英国が首相の靖国参拝に否定的な背景にはPOWへの残虐行為がある。オランダ、オーストラリアも同じだろう。
第三に、安倍首相が目指す「戦後レジームからの脱却」とは何なのかということだ。靖国参拝から、米国の押し付け憲法の改正につながる流れなのか。筆者は、韓国の反日ナショナリズムと日本の反動ナショナリズムの間で完全に沈没してしまった「日韓戦後和解」を安倍首相と韓国の朴槿恵大統領の手で歴史的に成し遂げることだと思う。21世紀を「対立のアジア」にするのではなく、「平和と安定と繁栄のアジア」にすることである。
安倍首相は、満州国総務庁次長・商工相を務め東京裁判でA級戦犯の容疑者とされた岸信介首相の孫。朴槿恵大統領は、日本陸軍士官学校を卒業し日本名・高木正雄を名乗っていた朴正熙大統領(暗殺)の長女。ちなみに中国の習近平国家主席は、日中戦争を戦った習仲勲の息子である。
中国の横暴を抑制するためには、日米韓のトライアングルが東アジア安全保障の要になる。タンゴ(戦後和解)は1人では踊れない。安倍首相が差し伸べた手を朴槿恵大統領が払いのけるのか、それとも受け入れるのか。韓国内では、感情論に流されず、現実を直視した場合、日本との連携は必要不可欠という声が次第に強まっているという。
一方、日本国内からは「言いたい放題の韓国は相手にせず」という強硬論も聞かれるが、巨大化し続ける中国を前に、日本は感情論を克服して現実主義に徹する歴史的責務を負っていると筆者は思う。それとも朴槿恵大統領に対話を呼びかけた安倍首相を日本の強硬世論は背中から斬りつけるのだろうか。
(つづく)