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北陸新幹線延伸問題は、なぜ「千年の愚行」と呼ばれたのか~実は法的根拠のない与党PTの強硬策が原因か

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
北陸新幹線小浜・京都ルートに京都市内から批判が高まっている。(画像・筆者撮影)

・「千年の愚行」と酷評

 2024年12月20日、京都仏教会が西脇隆俊京都府知事に、「小浜・京都ルート」の計画再考を求める要望書を手渡しました。この中で、現在の北陸新幹線小浜・京都ルートの計画を「千年の愚行であり、再考を強く求める」と強い表現で批判しました。

 京都仏教会は、宗派を超えた約1,100の府内の寺が加盟しており、京都府の政治、経済にも大きな影響力を持っています。

 北陸新幹線の小浜・京都ルート計画は、なぜ「千年の愚行」と酷評されるまでになったのでしょうか。

・もともと懸念する声が大きかった

 推進派の人たちが主張する決まり文句に「すでに決定事項である」というものがあります。これは、与党整備新幹線建設推進プロジェクトチーム北陸新幹線敦賀・大阪間整備検討委員会(以下「与党PT」が2017年3月において、敦賀以西のルートを小浜・京都ルートにすると決定したことを指します。

 全国に新幹線を張り巡らせて国土開発を行うという計画は、全国新幹線鉄道整備法(昭和45年法律第71号)に基づき、 1973年に整備計画が定められたものが基になっています。このことに関しては、人口急増期であり、経済成長期であった半世紀前に建てられた計画を金科玉条のように、いまだに守っていることに対する批判があります。

 この議論は、横に置いておくにしても、北陸新幹線の敦賀駅以西のルートに関しての計画が与党PTによって、小浜・京都ルートに決定されたのは、2017年3月のことです。

 それから、すでに7年以上が経過し、その間の経済状況の変化、人口減少の加速化、さらには自然災害や、資材、人件費の高騰など、取り巻く環境は大きく変化しています。「民間企業で、7年も前の計画を、再検討しないで、そのまま実行するところがありますか」と、北陸地方の企業経営者が言うように、決定事項だからと強弁するのは、少し無理があると言えるでしょう。

 なにより、もともと京都市内を縦断するルートに関しては、計画が具体化すれば反対が起きるというのは、地元を知る人間の間では当然のこととされてきました。揉めることが予想されたにも関わらず、結局、「千年の愚行」などと言われるほどに問題はこじれているのは、与党PTの強硬な進め方にも一因があるようです。

北陸新幹線の金沢開業以降、北陸地方と首都圏との結びつきは強化されてきている。(画像・筆者撮影)
北陸新幹線の金沢開業以降、北陸地方と首都圏との結びつきは強化されてきている。(画像・筆者撮影)

・独善的な与党PTの進め方

 「『自分の意見には反対する者は委員にしない』、『批判は一切受け付けない』こういったことをたった一人の参議院議員の意見で強行してしまうなど、異常なことだ」と、北陸地方の自民党議員は、そう言います。

 様々な意見が出ている中、自身の意見に批判的なものは、すべて排除し、プロジェクト委員会の委員数も半減させ、異なる意見を主張する者を委員にはしないという委員長の強権的な運営に対して、巨額の公的資金を投入する公共事業に関する議論をする場として適切なのか疑問が残ります。

 この問題に関して、京都市長や京都府知事は繰り返し、与党PTに対して、「丁寧な説明」を求めているのは、根底にこの独善的かつ強引な進め方への批判があると考えられます。

 それにしても、なぜここまで独善的、強権的な運営がまかり通ってきたのでしょうか。

・そもそも与党PTに法的根拠はない?

 その理由には、実はもっと大きな問題があります。北陸新幹線小浜・京都ルートの問題に関して、強い権限を持つのが与党PTです。ところが驚いたことに、この与党PTの存在には法的根拠がありません。

 2021年6月18日に、前原誠司衆議院議員の質問に対しての当時の菅義偉内閣総理大臣の答弁書には、次のように書かれています。

 「与党整備新幹線建設推進プロジェクトチームについてはその役割等が法令に位置付けられているものではない。」(令和三年六月十八日受領 答弁第一八〇号 内閣衆質二〇四第一八〇号 令和三年六月十八日より)

 マスコミの報道や一部の政治家の発言などから見ると、与党PTの決定が政府の決定のように取られかねませんが、この答弁書では与党PTはあくまで与党自民党の委員会であって、政府の決定ではないことが記されています。

 中部地方のある地方自治体の幹部職員は筆者に対して、「これまで自民党が安定多数を確保してきたため、与党の決定が覆ることはなく、そのまま政府の決定だと自分たちも思い込んできたし、代議士の先生方もそのように考えてしまったのではないだろうか。」と話しました。

 また、上記の答弁書を読むと、「決定」というのは、与党PTが決定したのであって、「小浜・京都ルート及び松井山手を経由するルートが採択された理由」などにについても政府は「政府としてお答えする立場にない」つまり、「関係ない」としているのです。

 なぜ与党PTの委員長が、自分の好き勝手に委員数を減らしたり、自分の意見に批判的な委員の任命や専門家の招請を行わないという恣意的な行動ができるかというと、あくまで与党の私的な検討委員会であるからです。政府国土交通省は求められた資料を提供するだけであり、決定に関しては関与していないということも述べられています。

 つまり、衆議院で与党である自民党と公明党が過半数を割った現在、野党側も同じようなプロジェクトチームなり、検討会議を立ち上げて、計画案を国民に提示し、国会なり、負担を負う府県議会なりで議論を行った上で、本当の「決定」がなされるべきでしょう。

 実は、政府においては2009年に鉄道関係施策を担当する国土交通大臣政務官を事務局長とし、国土交通省の政務三役で構成する整備新幹線問題検討会議、さらに2010年には、総務省、国交省、財務省の3省の政務官で構成される「整備新幹線問題調整会議」が発足しています。しかし、これらが充分に機能することなく、法的位置づけが定まっていない与党PTの決定が、まるで政府最終決定かのように、ここまで来てしまっていることは大きな問題です。

・無理が通れば道理引っ込む

 小浜・京都ルートへの批判や慎重論が高まったのは、まずこの与党PTの強硬な姿勢と、様々な説明の不明瞭さにも原因がありました。

 例えば、着工を急ぐために「すでに環境アセスメントが進んでいる」と主張する一方で、京都周辺のルートすら決まっておらず、それも反対が増えるにしたがって、行き詰まりつつあります。そもそも強引にルート決定をしたところで、建設用地や工事用地の確保は、住宅などの密集地であることから困難を極めるのは、誰の目から見ても当然です。

 今年になって、突然、現れた「桂川」ルートも、国内有数の観光地である嵐山から、住宅の密集する桂川駅周辺を通ることになります。向日市に住む60歳代の会社員は、「東京の人は、洛西というと京都の郊外、洛外などというところで竹林が広がっている場所と思っているのでは」と苦笑します。さらに「桂川駅前にあるのは、自衛隊桂駐屯地で、ここは京の都の守備だけではなく、西日本と中部、東日本との中継点として重要な場所なはずです。普段は、国防云々と言っている人たちが、ここに国有地があるからとか、ちょっと考えられないです」とも言います。

 さらに安全神話の崩壊です。これまで大深度工事やシールド工事は安全で、地上への影響はないと説明され、法整備もそれを前提に行われてきました。しかし、東京外環道工事やリニア中央新幹線工事において、陥没事故や掘削工事のガスが地上に漏れ出す事故、井戸が枯れるなどの問題が起きています。

 ある大手建設会社の幹部社員は、筆者に「政治家や一部の学者が絶対安全だという言葉を使う度にひやひやする。一定の調査はできるが、実際の地面の中がどうなっているかなど、誰にも分らない。真面目に現場の工事を行っている担当者や技術者で、そんな言葉を軽々に使う人間はいない」と言います。

 こうした地元の不信感が高まる中でも、与党PTや推進派の議員や大学関係者は、「非科学的だ」、「地下鉄なども作っているのに、新幹線だけ特別視するな」、「反対しているのは、一部の政党支持者だけだ」、「決定事項に反対するな」等と批判を行ってきました。しかし、与党議員の中からも批判の声が出され、自民党の京都府議団や京都市議団からも慎重な検討を求める要望書が提出されるようになりました。ところが、府議団が2024年11月11日に西脇京都府知事に提出した「北陸新幹線整備に係る要望書」が、内容を修正して11月20日に再提出されるという事態が発生しました。

 「こんなことをするのは、むしろ逆効果。府議団への同情論というか、自由な議論すらできないのかという批判を呼んでいる。まさに、無理を通せば道理引っ込むですね」と関西地方のある自民党の地方議員は話します。

 12月2日には、京都府酒造組合連合会と伏見酒造組合が、京都府に対して「伏見の酒蔵が使用する井戸の深度と新幹線のトンネルの深度はほぼ一致するため、京都府内の酒蔵の地下水に影響を及ぼさないルートとなるように国や関係機関に働きかけ」を求める要望書を提出します。さらに、20日に、京都仏教会が「小浜・京都ルート」の計画再考を求める要望書を提出する事態となったのです。

JR桂川駅前のイオンモール京都桂川からの風景。マンションが並ぶ位置に阪急洛西口駅がある。右奥に広がるのは、洛西ニュータウン。(画像・筆者撮影)
JR桂川駅前のイオンモール京都桂川からの風景。マンションが並ぶ位置に阪急洛西口駅がある。右奥に広がるのは、洛西ニュータウン。(画像・筆者撮影)

・費用便益(B/C)は無視?

 費用便益(B/C)というのは、簡単に言ってしまえば、費用対効果です。資金を投入した結果に得られる経済効果がどれほどなのかを言います。

 今回、非常におもしろい状況になっているのは、このB/Cに対する評価についてです。

 実は、これまでもB/Cは、「実施ありきで、反対を封じ込めるために、経済波及効果を恣意的に高く出している」と批判されてきました。つまり、新幹線や高速道路などはもちろん大型公共投資などで、推進派がこの経済波及効果を主張し、そのB/Cを利用してきたのです。

 ところが、今回、推進派の政治家や大学研究者が「経済波及効果に囚われる必要はない」、「国土強靭化のためには、経済波及効果は考慮しなくてもよい」、さらには「経済波及効果の計算など、いくらでも都合よく調整できるのだから、意味がない」といったこれまでとは真逆の主張を繰り返すようになりました。

 こうした状況を生んだのは、2024年7月に国土交通省がまとめた試算が、マスコミなどから公開されたことにあります。2016年当時に発表された国土交通省の試算では、建設費は、小浜ルートは概算で2兆1千億円、米原ルートの建設費は5900億円と算定され、B/Cはそれぞれ1.1、2.2とされていました。

 ところが、2024年7月発表の試算では、小浜ルートは、3兆9千億円で、B/Cは、着工条件の1.0を下回る0.5となりました。物価上昇分を加えれば、5兆円を超す見込みであることも出されました。一方の米原ルートは、1兆円超で、B/Cは1.1となりました。

 一般の方には、わかりにくいのですが、例えば100億円投入するとして、経済波及効果が100億円になれば、1.0。経済波及効果が50億円しか見込めないのであれば、0.5。逆に経済波及効果が150億円見込まれるのであれば、1.5となるわけです。

 筆者は国土交通省近畿地方整備局の事業評価委員を務めていたことがありますが、B/Cが1.0を切るような案件は見たことがありませんし、1.1や1.2などという数値になれば、各専門家から厳しい意見が出されていました。B/Cが0.5となれば、中止という意見が出るのは当然でしょう。

 今回の小浜・京都ルート推進派の大学関係者が指摘するように、費用便益というは数値を弄れば、比較的容易に上下させることができますので、多くの場合、公共工事推進の立場である役所側が、1.0を切るような数値を出してくることは、通常はまずありません。つまり、与党PTはもちろん推進派の議員たちの怒りを買うことは判った上で、それを敢えて国土交通省が出して来た理由を考える必要があります。

 ある地方公務員の管理職を務める男性は、「私なら、これを出す勇気はないですねえ。ただ、国交省がこれを出してきたということは、単なる現場の職員の意見ではなく、上席の許可も得て出しているわけですし、推進派の政治家の激しい怒りを買うことも覚悟の上でしょうねえ。私は、これを見て、最近では珍しい役人の矜持を感じました」と言います。

 小浜・京都ルート推進派の「国土強靭化のためには、費用便益の計算は無駄」だと主張する背景には、小浜・京都ルートで推進したい人たちが自分たちに対する反対や批判を封じ込めたい強い思いがあるようです。

 それにしても、自分たちに都合の悪い数字が出てきたからと、手のひら返してこれまで利用してきたものを否定するのは、いかがなものかと考えてしまいます。

2024年7月に新たに発表された資産が大きな話題となった。
2024年7月に新たに発表された資産が大きな話題となった。

・背後に見え隠れする「原発問題」

 「結局、問題は原発でしょ」そう筆者に話したのは、関西地方のある自治体の幹部職員です。折しも、2024年12月17日に政府与党は、新しいエネルギー基本計画の素案を発表しました。原子力発電の「可能な限り依存度を低減する」という文言が削除され、再生可能エネルギーとともに、最大限活用する方針が示されました。老朽化した原発を廃炉にし、次世代型の原発への建て替えを緩和することも示されました。

 この幹部職員は、「新たな原発立地は、結局、福井県になるでしょう。そのためには、福井県の要望を聞き入れざるを得ないということになります。しかし、今の段階で新幹線と原発が関係あるというは、政治家としてはあまりあからさまにしたくないという意向があります。福井県への原発立地の対する見返りとしての新幹線ならば、別に京都市内を通る必要はないし、特にわざわざ松井山手に駅を作る必要は私は感じないのですが、恐らくそれは別の理由ですよね」と説明してくれました。

 背後に見え隠れする「原発問題」も、北陸新幹線の延伸問題に大きな影を落していることも、配慮する必要があるでしょう。

 

敦賀駅での乗り換えは、旅慣れた人たちにはともかく、高齢者などからは不評だ。北陸地方からは、廃止された金沢や和倉温泉への直通特急の復活が要望されている。(画像・筆者撮影)
敦賀駅での乗り換えは、旅慣れた人たちにはともかく、高齢者などからは不評だ。北陸地方からは、廃止された金沢や和倉温泉への直通特急の復活が要望されている。(画像・筆者撮影)

・小浜・京都ルート派と米原ルート派の対立で片付けるべきではない

 法的根拠が無くとも、与党の検討機関でバランスよく議論が行われてきたのであれば、今回のような事態を招かなかったでしょう。

 また、ともすれば「小浜・京都ルート派と米原ルート派の対立」として、取り上げられることが多いようですが、その背景には複雑な問題が絡み合っており、単純な構図では割り切れません。

 「これだけ京都で紛糾しているのに、30年経ってもできるかどうかわからない。小浜から先をどうするかは、費用負担する福井県と京都府と大阪府で好きにしてくれたらよい。北陸地方としては、30年も待てないのだから、北陸・中京新幹線として敦賀から米原へのルート早期建設を訴えたらよい」と、ある北陸地方の議員は話します。実際、こうした意見を石川県や富山県では、議員や中小企業経営者から多く耳にします。

 また、これまであまり議論が行われてこなかった中京圏においても、名古屋・金沢間の鉄道料金も延伸前より2割以上高くなっただけではなく、乗り継ぎの不便さが加わり、地域経済圏の縮小への懸念から、北陸・中京新幹線への関心が少しづつですが、高まりつつあります。

 「中部地方の企業の経営者からも、北陸地方との経済的な結びつきが希薄になりつつあるとの意見を耳にすることが多くなっています。また、中部国際空港への北陸地方からの集客の必要性もあり、今後、北陸・中京新幹線建設への愛知県を中心とした行政や政界からの政府への働きかけも重要になるでしょう」と、中部地方のある自治体職員は指摘しています。

 このように小浜・京都ルート派と米原ルート派の対立で片付けるべきではない状況であることも理解する必要があるでしょう。

法的根拠に基づいた新たな枠組みで

 12月28日になって、与党PTは、年内の詳細なルートの決定を見送り、来年度としていた着工を事実上断念することを発表しました。今後、地元の合意形成を優先するとしています。来年7月に行われる参議院議員選挙への悪影響も考慮されたようです。

 しかし、自民党内からも異論が数多く出されていることや、先の衆議院選挙の結果も踏まえ、法的根拠のない与党PTではなく、国土交通省の整備新幹線問題検討会議、さらには総務省、国交省、財務省の3省の政務官で構成される整備新幹線問題調整会議などをきちんと機能させるべき時期になっています。そこからの提案を与野党の委員会で議論するという法的根拠に基づいた新たな枠組みで進められるよう改善することが、与野党含めた国会議員のみなさんに求められていると言えます。

 「我田引鉄」などと揶揄される一部政治家の強圧的な進め方が認められた昭和時代は、はるか昔です。厳しい人口減少に向き合い、どういった地方振興策が必要なのかを衆知を集めた再検討が求められています。

 

※参考資料 

 前原誠司 「質問第一八〇号 北陸新幹線敦賀新大阪間の建設計画に関する再質問主意書」、衆議院、2021年6月18日。

 鉄道・運輸機構、「令和5年度北陸新幹線事業推進調査について」、2024年6月19日

 京都市、「北陸新幹線敦賀・新大阪間の整備について」(与党整備新幹線建設推進プロジェクトチーム北陸新幹線敦賀・新大阪間整備委員会ご説明資料)、2024年12月13日。

神戸国際大学経済学部教授

1964年生。上智大学卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、京都府の公設試の在り方検討委員会委員、東京都北区産業活性化ビジョン策定委員会委員、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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