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― 戦力外通告 第2弾 ― 迷わず走り続けることを誓う田上健一選手《阪神ファーム》

岡本育子フリーアナウンサー、フリーライター
球団から通告を受けた翌日、鳴尾浜のグラウンドで駆ける田上選手の姿がありました。

金本新監督が誕生し、1軍のコーチ陣も大幅に入れ替わって、ファームでも八木打撃コーチと吉田バッテリーコーチが今季限りの契約と発表されました。生まれ変わるタイガース、来年に向けて今から目の離せない毎日になりそうですね。そんな中、19日に玉置隆投手(29)と田上健一選手(27)が、来季戦力外の旨を球団から伝えられました。きょうは田上選手の話をご紹介します。

田上選手も、玉置投手と同じく18日の夜に電話があり、19日朝に球団事務所へ出向きました。フェニックス・リーグが行われている宮崎から14日に戻ってきて、19日は初めてのお休みだったんですよね。奥さんや息子さんとゆっくり過ごそうと思っていたところだったでしょうに、まさかの“呼び出し”。20日の練習後、鳴尾浜で聞いた時は「びっくりしました。まったく予想していなかったので…」という第一声でした。

グラウンドのレフト入口横に置かれた『61』のバットケースやキャリーバック。
グラウンドのレフト入口横に置かれた『61』のバットケースやキャリーバック。

私も驚きましたよ。つい先日までフェニックス・リーグの試合に出ていたし、途中帰阪もそういう理由だとは思っていなかったし。「僕もです。ただ単に入れ替えなんだろうなって」。18日も普通に練習していたんですもんね。でも20日はもうユニホームの上着がなく、打撃練習をする選手たちの中には加わらずに、ただ外野で黙々と打球を追いかける田上選手でした。バットケースなどの荷物を、ロッカールームでなくレフトの芝生あたりに置いて。

「決まった以上は下を向いていても仕方がない」

「最初はやっぱりビックリして、気持ちの整理もつかなかった。でも戦力外と言われた以上、新天地を探してやっていこうと思います。そう告げられたら、次を探さないといけないので。決まった以上は下を向いていても仕方ない。1日でも早く次を、まあ次があれば…ですけど。そういうところでやれるようにと切り替えました。一日一日、しっかり前進してやっていきたい。体は問題ないです。動けているし。野球をやめるということはありません」とキッパリとした口調でした。

2年前に結婚して、9月14日に男の子が誕生。「先月生まれたばかりですからね。生まれた時に、よし!やってやるぞと思った途端に戦力外で…」と言いながら「でもその気持ちは変わらない。子どもの顔を見ていたら、頑張らなきゃって思いますね」。奥さんも応援してくれると?「はい。いい方向に進めるかどうかわからないけど、サポートしてもらって頑張ります」

14日のフェニックス練習日。森越選手(右)の“打撃投手”ぶりを絶賛する田上選手。
14日のフェニックス練習日。森越選手(右)の“打撃投手”ぶりを絶賛する田上選手。

思い出に残っていることを尋ねると「甲子園のタイガースファン、大観衆の前でやれたこと。自分の中で貴重な経験でした。他の球場にはない、ああいう雰囲気を感じられたのは。タイガースファンの皆さんにも感謝しています」という答え。育成選手として入団するも、3月末に支配下登録を勝ち取り、1軍でもその足を、肩を見せてくれました。ことしはさらに打撃でもアピールしようとガッツリ体を鍛えてキャンプを迎えたのです。その“脱いでもスゴイ田上選手”の件は、2月12日の記事でご覧ください。

<タイガース・安芸キャンプ 初実戦は13対0の圧勝!《2/11》>

田上選手が1年目のシーズンを終えたとき、電話で話を聞かせてもらう約束をしていたんです。内容はルーキーイヤーの振り返りや、好きな女性のタイプ、食べ物の好き嫌いなど。ところがタイミングが合わず、田上選手に「今なら大丈夫ですよ」と連絡をもらった時はこちらが電話できないという状況だったりして、結局は未遂に終わりました。翌年の2月、安芸キャンプで再挑戦したものの、ちょうどバレンタインデー付近だったため、好きな食べ物は?「チョコレート」てな会話で終わりました。

その後しばらく忘れていて、ことしの春にふと思い立って聞いてみた結果を書いておきますね。好きな食べ物は?「甘いもの。ケーキも好きですよ。お寿司は基本的に何でも好きですね。辛いものがダメ。キムチとかカレーの辛口とかは苦手です。ナスもダメかな。食感というか、あのグニャッとする感じがイヤ」。そして奥様が作ってくれるお料理は「何でも美味しい。何でも好き」。はい、ごちそうさまです。

これは絶対に意味があること。とお母さん

田上選手のコメントは20日に聞いたものですが、その前に実はお母さんとお話をしていました。球団から発表があった19日の夜、いつも記事を書くたびメールを送ってくださる田上選手のお母さんに連絡をしたところ、お電話があったのです。そのお言葉が本当にもう前向きで、逆に励まされてしまいました。ありがとうございます!

野球教室でボールをトスしているところ。子どもに負けないくらい一生懸命でした。
野球教室でボールをトスしているところ。子どもに負けないくらい一生懸命でした。

まず「本人はまったく予想していなかったみたいですけど、フェニックス・リーグから呼び戻された時に、私は覚悟していました」とお母さん。誰よりも冷静です。そして「主人も私も、意外にそれほどショックを受けていないんですよ。もちろんタイガースにずっといられれば幸せだとは思いますが、これも意味があってのことだと前向きに捉えています」とおっしゃいました。「いい意味で “出していただいたんだ” と受け取っています。次の将来へスタートを切れるように」

なかなかそんなふうに思えないのが普通ですけど、お母さんは「応援してくださった分、しっかり活躍して恩返ししてほしいです。意味があった、よかったと言っていただけるように頑張って、と伝えました。必ず皆様に恩返しすると思います。さすがタイガースの選手だと言われ、成長していけるように。タイガースに育ててもらった選手は素晴らしいと、他でも言ってもらえたら幸せですね」と。電話の向こうから届くひとこと、ひとことに頷くばかりでした。

また「記者の皆さんにも、なかなか会えなくて。1軍に上がったので行こうと思ったら、すぐ落ちてしまったりでねえ。だから(来月21日の)ファン感謝デーの時に!と楽しみにしていたんですよ。それができなくなったという点では、ちょっと残念で寂しいですけど」と笑っていらっしゃいました。でもきっと、どこのチームへ行っても甲子園でお会いしましょう!その後も明るい声で話してくださったお母さんは、こんな素敵な言葉で締めくくっておられます。

「ファンの皆さんにもご心配いただいて。でも、もう大丈夫です。これは絶対、意味があるんだと思います。タイガースでは場所がなかっただけで、どこかで花を咲かせてくれる。そのスタートを早めに切らせてあげようと、野球の神様がそうしてくれたんですよね。これから力を出して。これをプラスに変えて…」

甲子園で待っています!

それを聞いて、また乾いていた涙が溢れそうになりましたよ、お母さん。田上選手に、前夜こういうやり取りがあったと伝えたら「ほんとですか!」と驚いていました。特にフェニックスから戻ってきた時の心境は「いやいや、僕は何とも思ってなかったのに」と苦笑いです。本当はお母さんも寂しかったと思いますが、まだまだ若いし、もっとできると確信されているからでしょう。私たちも、必ずまた白球を追う姿が見られると信じています。

20日の鳴尾浜。原口選手と一二三選手が飛ばす打球を追う田上選手。いい動きです。
20日の鳴尾浜。原口選手と一二三選手が飛ばす打球を追う田上選手。いい動きです。

昨年だったか、当時の平田ファーム監督が「田上はさすがだよ。やるべきことが分かっている。1球に対する姿勢、次の塁を狙う意識、守りでの一歩もそう。だからいつもすぐ1軍に呼ばれるんだよ」と田上選手を褒めていたことがあります。確かにファームの試合でヒットを量産していなくても、何かあれば常に田上選手が昇格していましたね。

でも代走や守備だけでなく、フル出場する田上選手が見たいという思いもあります。お母さんが言われたように、そのための別れなのかもしれません。まだ27歳。違うユニホームで外野を駆け回るところを、ぜひ見せてください。田上選手は「そうなるといいですけどね。あ、僕も前向きですよ!」と笑顔を返してくれました。待っていていいですか?甲子園で。

フリーアナウンサー、フリーライター

兵庫県加古川市出身。MBSラジオのプロ野球ナイター中継や『太田幸司のスポーツナウ』など、スポーツ番組にレギュラー出演したことが縁で阪神タイガースと関わって約40年。GAORAのウエスタンリーグ中継では実況にも挑戦。それからタイガースのファームを取材するようになり、はや30年が経ちました。2005年からスポニチのウェブサイトで連載していた『岡本育子の小虎日記』を新装開店。「ファームの母」と言われて数十年、母ではもう厚かましい年齢になってしまいましたが…1軍で活躍する選手の“小虎時代”や、これから1軍を目指す若虎、さらには退団後の元小虎たちの近況などもお伝えします。まだまだ母のつもりで!

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