なぜいま30人学級?文科・経産・総務省が推進するGIGAスクールで無理ゲー化する教室内ディスタンス
1.文科省・経産省・総務省が進めるGIGAスクール構想の「いま」だからこそ、30人学級が必要
12月の国会会期後の今、来年度予算編成に向けて財務省と各省庁の間での折衝が行われています。
教育予算についても、今が30人学級が実現するかどうかの天王山です。
30人学級不要論を唱える財務省試算の重大な欠陥―先生の声が聞こえない三密教室を放置?(12月4日Yahoo!記事)でも指摘したように、財務省は欠陥ある試算をもとに40人学級を維持しようとしている問題ある現状です。
しかし、物理的環境として40人学級を維持するメリットは何もありません。
また、コロナ禍の今だからこそ、30人学級が必要になっている現状を指摘しなければなりません。
この記事では今年度中にほぼ全ての小中学校で実現されるであろう児童生徒1人1台のPC・タブレット完全配備とそれによる学習方法の進化(GIGAスクール構想)が、教室の面積を狭め、40人学級の場合児童生徒の教室内ディスタンス確保が不可能になってしまっている現状を指摘します。
GIGAスクール構想とは、文科省と経済産業省・総務省の連携のもとで推進されている、児童生徒向けの1人1台端末と、高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備し、学校の学習方法にイノベーションを起こすための政策です。
文部科学省が所管し、経済産業省はコロナ禍の中でのタブレット・PC増産確保と学習方法のイノベーションに、総務省は学校への通信回線整備や5G活用した実証事業等に、という3省庁の連携体制のもとで、政策がすすめられてきました。
地域によっては今後、学校閉鎖が長期化する可能性もある中で、ウィズコロナの時代の学びの保障のための切り札政策でもあります。
またコロナ禍であきらかになったように、アジア諸国の中でも遅れている日本の学校でのICT活用を国際水準にキャッチアップし、子どもたちの学びにイノベーションを起こすために、非常に重要な政策であるということです。
私自身も、他の先進国の学校を観察し、以下の文科大臣メッセージと同様に、鉛筆やノートと同じようにタブレット・PCを使いこなせない日本の状況を懸念してきました。
だからこそ萩生田光一文部科学大臣は、この環境は令和の学校の「スタンダートである」とし、もっとも重点的に取り組む政策として精力的に予算獲得し、コロナ禍の中で、児童生徒1人1台のタブレット・PC配備を前倒し、2021年3月にはすべての小中学生が端末を持つことができることになります。
2.GIGAスクール構想により学校現場から悲鳴が上がっている
―無理ゲー化する教室内ディスタンス
ここで「無理ゲー」とはなにか、について説明します。
三密40人学級のままGIGAスクール構想を推進する学校現場は、攻略するのが不可能な「無理ゲー」をやらされているような状況だ、と言いたいのです。
私の関わる学校現場からは、コロナ前からGIGAスクール構想で先進的にタブレット配備された学校中心に「40人いっぱいで狭かった教室がますます狭くなった」という意見がありました。
もともと日本の教室のサイズは7m×9m(63平方メートル)か8m×8m(64平方メートル)程度の教室面積が多いはずです。
文部科学省の学校における新型コロナウイルス感染症に関する衛生管理マニュアル~「学校の新しい生活様式」~(2020.12.3.ver.5),p.36では8.3m×8.3m(68.89平方メートル)の教室での学級内ディスタンスが示されていますが、これは比較的最近建築された学校建築の事例であると思われます。
もともと40人学級で厳しかった教室面積に加え、GIGAスクール構想に対応し、学習方法の進化をで机をもっと大きくしなければならなくもなっており、「教室が狭すぎる」との懸念が、学習産業からも示されています。
ここでは文科省が示す比較的広い教室を前提に、以下の3点に注目します。
(1)コロナ前からのロッカー・教員机・モニター等の教室内設置
(2)GIGAスクールのタブレット・PC保管庫の教室内設置によるさらなる狭隘化
(3)タブレット・PCを用いた学習方法の進化により手狭となっている児童生徒の机面積の改善
GIGAスクール構想による1人1台タブレット・PCの完全配備が実現してしまう2021年3月には、比較的広い教室でも全国的に学級内ディスタンスが「無理ゲー化」してしまう状況を確認することにしましょう。
3.コロナ前から狭い教室が、GIGAスクールの保管庫の教室内設置によりさらなる狭隘化
コロナ前から、小中学校ともに教室内後方や側方には、棚やロッカーなどが設置されているケースも多かったことと存じます。
※写真の一部は筆者が加工しています。
また、これに加え、GIGAスクール構想では、小中学校の全児童生徒に1人1台タブレットが配備されますが、補助金ルールの都合上、タブレットの保管庫を教室内に設置しなければならないそうです。
こうなったときに学校現場で悩むのは、どこにタブレット保管庫を設置するかという問題です。
現在、小中学校ともに、ICT化にともなう学習方法のイノベーションのために前方に教員デスクや、資料棚とともに、モニター・電子黒板等が置かれている場合も多いはずです。
さらにここにタブレット保管庫を教室内に入れてみたイメージが以下の図になります。
※学校における新型コロナウイルス感染症に関する衛生管理マニュアル~「学校の新しい生活様式」~(2020.12.3.ver.5),p.36に筆者が加筆
※私は製図の専門家ではないので、なるべく正確な再現を試みていますが教室内備品の縮尺等は完全に正確ではありません(以下の類似の図も同様)。
前方の教師机、後方の児童生徒用ロッカーを除いて、電源が取れる空きスペースにタブレット保管庫を置くことになります。
まず思いつくのは、教師机のない入口側にタブレット保管庫を置くことでしょう。
しかし、小中学校の教員のみなさんなら、すぐに思われるはずです。
―児童生徒の出入りの多い入口に保管庫設置は危ない
―給食の配膳はどうするのか?
実際、長野県の県立学校再開ガイドラインの見直しについて(通知)(令和2年6月12日),p.13では給食の配膳時に以下のようになるべく距離(ディスタンス)を開けて、配膳を行うという方針が示されています(下図)。
通常、学級内で給食の配膳は教室前方で行われます。
こうなると汁物、牛乳などもある給食配膳に利用される教室前方に、大容量の電力を使用するタブレット保管庫を設置することは、危険であり、児童生徒の安全上も、タブレット保管の安全上もできればやめたほうがいいことになります。
では後方に設置した場合にはどうなるのでしょう?
後方に設置した場合、現在の小中学校の教室内収納庫の標準幅である奥行45cmに、タブレット保管庫の標準的な幅90cmを足した135cmちょうどに、教室内左後方の生徒の座席が重なってしまうことになります(保管庫は図の赤い部分)。
ちなみにタブレット保管庫は、扉を開いて利用するので、実際の利用に際しては、教室内ディスタンスを取った状況では、児童生徒1人分の座席面積が占有されることになります。
40人学級用の保管庫の場合には高さが90cm程度、重さが40~60kg程度あります。
もちろん壁面固定はされているでしょうが、大地震の場合を想定し、収納棚が子どもたちを直撃する可能性のある4席分(図の黄色部分)はあけておかないと、学級内ディスタンスを保ったままでは、子どもの命が守れないかもしれません。
もちろん、子どもを教室から追い出すのは無理なので、コロナの現実は、タブレット保管庫で狭くなった教室の中で、ディスタンスを確保できず密な状態で40人の子どもと1人の教員が学んでいる状態になっているはずです。
2021年3月には日本の全ての小中学校40人学級やそれに近い大規模学級で教室内ディスタンスの無理ゲー化現象が多発するはずなのです。
廊下との間仕切りがないオープン型の校舎の場合には、保管庫は廊下に置くことも可能ではあるのですが、火災や地震の避難経路確保上、消防法に規定する廊下幅(1.8m以上)がなければ法令上認められません。
4.驚愕!昭和どころか明治以来変わらぬ教室面積
―明治サイズの教室では、文科大臣が推進する令和の「スタンダード」も無理ゲー
ディスタンスを取った40人学級で保管庫を入れて児童生徒4人分の面積が占拠されるならば、持ち物棚・ロッカーを撤去してディスタンス確保すればよいという考えもあるでしょう。
実際、長野県教育委員会は、ロッカーを撤去して学級内ディスタンスを確保する案を提示しています(この長野県の図は7m×9mの教室を示していると思われますので、多くの小中学校の実態にも近いと思われます)。
しかし、教育関係者のみなさんは経験的によくご理解のはずです。
持ち物棚をなくし教室内収納ができず、児童生徒の机回りがゴチャゴチャすると、学習活動の効率が下がる、ということを。
これを実証した研究が2019年4月に公表されました。
国立教育政策研究所国立教育政策研究所「アクティブ・ラーニングの視点に立った学習空間に関する調査研究」報告書について(2019年4月9日)です。
上図に説明されているように、教えやすさについて、「学級規模が大きく、グループ学習を実施しようとする場合、持ち物を収容できない場合では、従来の普通教室(64平方メートル程度)では狭く、教員の評価は低下」するのです。
なおこの調査では、教室内の収納棚で児童生徒の持ち物を収容できている比率は、小学校24.4%、中学校44.2%にすぎないことも判明しています。
要するに
―もともと40人学級あるいはそれに近い大規模学級を中心に、持ち物が収容できない学級が多い
―持ち物が収容できないゴチャゴチャした三密教室ではグループ学習などのアクティブ・ラーニングを主軸とする「主体的・対話的で深い学び」を実現する現行学習指導要領の目的達成が、物理的に厳しい環境
ということなのです。
さらにタブレット保管庫が教室に入ってきてしまえば、40人の児童生徒の持ち物収納が今以上にできなくなってしまう学級が増加します。
コロナが収まったとしても、学習方法のイノベーションを推進するどころの話ではなくなってしまうのです。
ここまで用いてきた文科省モデルは8.3m×8.3mで68.89平方メートルと、広めの教室を前提としてきました。
しかし現在も建て替えの進んでいない日本の学校建築では、7m×9m(もしくは8m×8m)の教室もまだ多いはずです。
内田洋行教育総合研究所によれば、なんと7m×9mの教室サイズは明治の学制期に誕生したそうです。
1895(明治28)年から1959(昭和34)年まではこの狭い教室の中に50人以上の児童生徒が詰め込まれていました。
戦後、文部省(現在の文科科学省)は、子どもたちのための学級の物理環境改善(すし詰め学級の改善)や授業時数の長時間化、学習指導要領内容の改善にともない、1959(昭和34年)以降、1980(昭和55)年にかけて、50人学級⇒45人学級⇒40人学級と学級規模を改善してきました。
しかし1980年以降、40年にわたってこの国の学級規模は三密40人教室のまま停滞し、GIGAスクール構想によりさらなる狭隘化を強いられているのです。
明治の教室面積のまま、財務省は40年以上にわたって40人学級を維持し、文科省・経産省・総務省の推進するGIGAスクール構想によりタブレット・PCと保管庫が入り教室が狭くなる中で、グループ学習などの協働的な学びをICT活用もして学びのイノベーションを実施しろと文科省は言っている。
これを無理ゲーと言わずしてなんというのでしょうか?
明治のままの狭い教室に昭和のまま40人を詰め込み続けようとする発想で、この国の学校教育にイノベーションは起こせるのでしょうか?
ICTを活用した学びにおいてアジア諸国にすら遅れをとっている日本が、キャッチアップし、世界の技術や学びをリードする国として輝く未来は来るのでしょうか?
財務省が40人学級を維持させるならば、この国の未来に希望は見えません。
5.学習方法のイノベーションでは机ももっと大きくなる必要がある
さらに机の問題があります。
下の写真はタブレットを使いながら、教科書も机上にある状態です。
新JIS規格の机(デスク面が幅650 x 奥行450)ですが、ドリルが落ちそうになっているのが分かると思います。
タブレットを使ったデジタル教科書に移行できたとしても、資料や補助教材、ノートなどの冊子は教室から当面消えることはないでしょう。
また文部科学省・経済産業省・総務省が目指すGIGAスクール構想では、一斉教授方式ではなく、児童生徒がタブレット・PCや紙媒体の資料、手書きのイラスト・アイディアメモなど、多種多様なマテリアルを使いながら、学びを広げたり深めたりする、協働学習によるイノベーションが必要でもあります。
この時に問題になるのが、冒頭にも指摘したように、児童生徒用机を大きくしなければならないということです。
ワークス―ペースとして使用されている大人の職場デスクの規格では、狭い場合でも幅100cm×奥行70cmが主流となっています。
仮に大人と同じワークスぺ―スを確保するとして、現在の学校の机の新JIS規格(幅60cm×奥行150cm)からは、約156%の表面積拡大となりますので、教室内には25人程度しか収容できない可能性が高くなります。
JIS規格世代(幅60cm×奥行40cm)の大人のみなさんも、学校の机は狭く、とくに中高生の時などは窮屈に感じられた方も多いと思います。
新JIS規格でも、その問題は根本的には解決していません。
タブレットを広げると補助教材が机に乗らない、教科書を使った授業でも鉛筆や消しゴムがしょっちゅう落ちる、そんな教室環境は令和の時代でも終わりにならないのでしょうか。
子どもの声を聞きながら、新しい企画の机を開発しても良い時代も来ているはずなのですが、明治以降不変の狭い教室サイズに40人学級を詰め込もうとする財務省の発想では、その未来は永遠にやってこないのでしょうか。
おわりに:30人学級の本質は学級環境・学級面積の無理ゲー化にある
―文科省・経産省・総務省に見えている教室の現実が、財務省にも見えているはずである
なぜいま30人学級なのか?
私自身も、なぜ萩生田文部科学大臣と文部科学省のみなさんが、30人学級にこだわるのか、理解に時間がかかっていました。
しかし、12月4日に述べたようにコロナの前から先生の声が児童生徒に聞こえない三密40人教室、それに加えGIGAスクールにより教室内ディスタンスが確保できなくなる状況が全国各地で発生します。
机のサイズの改善などもなければ、この国の子ども・若者に対し学びのイノベーションを実現することはできないのです。
改革論より先に、物理環境としての教室を改善するために文部科学大臣・文部科学省が全力で予算獲得しなければならないほどに、子どもたちの健康も守れず学びのイノベーションもままならないところまで、財務省は日本の学校現場を追い込んできたのです。
興味深いことに今回、公務員定数を所管する総務省は30人学級には反対の姿勢を見せていません。
おそらくその背景には、通信行政や地方自治・地方創生を司る省庁として、このまま三密40人教室を続けていても、児童生徒にも地方自治体にもなんのメリットもないという認識を、GIGAスクール推進や学校の復興を含む近年の災害対策の中で共有いただけているのではないかと推測しております。
尊敬する教育財政学研究者の一人である井深雄二奈良教育大学名誉教授は、1999年地方分権改革以降、総務省は財務省と共同歩調をとってきたと指摘しておられます。
しかし、いまコロナの中での少人数学級を取り巻く政策環境は、今までとは少し異なるものになっている可能性もあります。
GIGAスクール構想を文科省とともに推進してきた経済産業省・総務省には、明治以来変わらぬ面積の教室に40人の児童生徒が押し込まれた学習環境・学級面積の無理ゲー化の現実が見えているはずです。
イノベーションの手法としては、明治以来の教室面積を一気に広く変革し、広い教室面積の40人学級のために学校を再建築することも政策オプションではあります。
しかし学校の建設は、1校13億円程度かかるそうです(和歌山県租税推進連絡協議会,2017,くらしの中の税金)。
日本には小中学校だけで2万9000校程度の学校がありますので、13億×2万9000校=37兆7000億円の経費がかかります。
土建国家型の景気振興策としては、それもありうるのかもしれませんが、37兆あれば30学級に必要な年5000億の予算75年分が確保できてしまいます。
また、学校の再建設に要する膨大な時間を待つほどの、時間的余裕は残念ながらわが国にはありません。
まずは一刻も早く、GIGAスクール構想による学習方法のイノベーションを実現し、アジア諸国にキャッチアップしなければならない厳しい世界に私たちは生きているのです。
エコかつ現実的な道を選択するならば、明治以来の規格にもとづく教室面積を30人学級のもとで活用し、令和のスタンダードによる学習方法のイノベーションを展開していくこと、がワイズスペンディング(賢い税の使い道)になるのではないでしょうか。
財務省のみなさんにも、当然こうした環境は見えているはずです。
先進国でありつづけられるかどうか瀬戸際の日本です。
わが国の未来のために子どもたちに投資するのか、しないのか、未来への扉が開かれるのか閉ざされるのかは、財務省と菅総理の決断にかかっているのです。
※2020年12月9日、誤字脱字等を修正いたしました。