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「ヘビの祖先」の謎に迫る

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 ヘビという生物は、地球上の多様な環境に適応して進化してきた。極寒地帯や高山など以外、水中を含むほとんどのエリアや気候帯に生息しているタフな連中がヘビだ。

ヘビの祖先はどこに棲んでいたか

 細長いヘビの身体は機能的で、四肢がないのにも関わらず樹木や段差を上り下りし、巧みに泳いで昆虫から両生類、鳥類、哺乳類など多様な種類の獲物を狩る。また、頭部よりも大きな獲物も、フレキシブルに可動する顎を使って飲み込んでしまう。

 四肢がないと書いたが、ヘビの祖先「Dolichosauridae」類などには手足があった。それは白亜紀初期(約1億4600万年〜1億年前)の地層から発見された化石によってわかる。

 ということは、ヘビはトカゲから進化したことになる。これ以外にヘビの祖先についての謎は、彼らが陸棲から進化したのか水棲から進化したのかという点だ。

 南アメリカで発見された白亜紀後期(約1億年〜6500万年前)に生息していた「Dinilysia」というヘビの祖先の頭部をX線で調べ、内耳の構造を分析してみた研究(※1)によれば、現在の水棲や水陸両方に棲むヘビには存在せず、完全に陸棲のヘビにのみ存在する内耳の構造を発見した。そのためこの発見をした研究者は、現在のヘビの祖先は陸棲の可能性が高いことがわかったという。

 だが、話はそう簡単ではない。なぜなら、ヘビとトカゲが分かれた頃がどんどん昔に遡っていくからだ。ヘビの祖先がどんな生態だったのか、トカゲと分かれた時点がわからなければ結論は出せない。

 トカゲからヘビ、という進化の過程は化石からわかる。1960年代半ばに米国ネブラスカ州の白亜紀の地層から発掘されたトカゲやヘビ、カエルなどの化石を調べた研究(※2)によれば、ヘビは広大な氾濫原で穴を掘るトカゲから進化したことが示唆された。

 ネブラスカで発見されたヘビの祖先Coniophisの頭骨の化石は、今のヘビのように歯がカギ状に曲がり、上顎は固定されていたが下顎は可動できるようにジョイントされ、大きな獲物も柔らかければ飲み込むことができる構造になっている。この意味でConiophisは、ヘビのような身体を持っているものの、頭骨や顎は一部にトカゲの構造を残し、現在のヘビとトカゲとの中間的な存在といえるだろう。

ヘビの祖先はいつ出現したか

 さて次はヘビの祖先はいつ頃、地球上に現れたのかという謎についてだ。ネブラスカの化石は白亜紀初期(約1億年前)のものと考えられており、ヘビがトカゲと分かれたのがそのあたりではないか、という根拠になってきた。

 その後、英国や米国、ポルトガルなどで発見されたジュラ紀中期(約1億6700万年〜1億4300万年前)の爬虫類の頭骨の化石を分析した研究(※3)により、ヘビの祖先系はすでにその頃に出現していた可能性が示唆されるようになる。ヘビがトカゲから分かれた頃については、どのような段階を経て進化したのかなど依然として謎が多い。

 最近、英国の科学雑誌『nature』の「nature communication」電子版に発表された論文(※4)によれば、現生と化石のヘビとトカゲの頭骨をほとんどすべて比較分析することで、ヘビの祖先がどのような生態をしていたのかを明らかにするヒントをつかむことができたようだ。

 前述したように、現生のヘビは地球上の多様な環境に適応している。その環境は森林や砂漠、サバンナ、高地などから水中にいたるまで様々だが、そこで得られる獲物も異なってくる。獲物の大きさや固さ、捕まえ方などが変われば、ヘビの頭骨の構造も変化せざるを得ない。

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研究者は世界中の博物館や研究機関などからヘビやトカゲの頭骨を集め、その生息環境や生態、獲物などと比較した。左はイグアナ(iguana)、中がアシナシトカゲの一種(Acontias)、右がナミヘビの一種(Boaedon)。Via:ヘルシンキ大学のリリースより。

ヘビの進化は複雑だった

 この論文を発表したヘルシンキ大学の研究者は、ヘビの祖先の頭骨の構造を調べ、現生のヘビの頭骨と比較することで、ヘビの祖先がどんな生態をしていたのかを探ろうとした。ヘビの祖先の化石は、中東で発見された約9500万年前の「Pachyrhachis」、南米パタゴニアで発見された約1億年〜6500万年前の「Haasiophis」「Pachyrhachis」「Eupodophis」などだ。

 こうして比較検討した結果、研究者は、トカゲからヘビへの身体が先あるいは頭部が先といった従来の仮説を支持せず、多様なヘビの祖先それぞれの方法で進化したのではないかといっている。その代わり、足をなくし身体を細長くしなやかに、というようにトカゲからヘビへ身体を大胆に変えていく急激な進化のメカニズムは、それぞれの環境や地域でパラレルに起きた。

 現生のヘビに見られる特徴的な伸縮可動の顎と頭部の進化は、遺伝子の変異が多面的に起きたことで説明できそうだと研究者は主張する。祖先の形質や生態、生理が受け継がれ、それが加速されるなどそれぞれに多様に変化し、現生のヘビの骨格構造は生息環境や獲物に応じて反映していったのかもしれない。その過程である種は絶滅し、ある種は生き残って今にいたるというわけで、ヘビの進化は複雑だったということになる。

 現生生物の骨格構造を比較し、その種の祖先化石の生態の類推に利用するというこの研究アプローチは、鳥類と恐竜、哺乳類型爬虫類と現生哺乳類などにも使えそうだと研究者はいう。いずれにせよ、ヘビの祖先がどんな暮らしをしていたのか、ますます謎が深まったというわけだ。

※1:Nicholas R. Longrich, et al., "A transitional snake from the Late Cretaceous period of North America." nature, Vol.488, 205-208, 2012

※2:Hongyu Yi, et al., "The burrowing origin of modern snakes." Science Advances, Vol.1, No.1, 2015

※3:Michael W. Caldwell, et al., "The oldest known snakes from the Middle Jurassic-Lower Cretaceous provide insights on snake evolution." nature communications, Vol.6, doi:10.1038/ncomms6996, 2015

※4:Filipe O. Da Silva, et al., "The ecological origins of snakes as revealed by skull evolution." nature communications, Vol.9, doi:10.1038/s41467-017-02788-3, 2018

※2018/01/27:13:38:「Coniophis」を「Dolichosauridae」類など、に換えた。

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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