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都知事選で見えた「ネット保守」人口=250万人

古谷経衡作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長

東京都知事選挙の開票速報を食い入るように見た。結果、舛添氏が約210万を獲得して当選したのは想定内だとして、今回の都知事選、私が従前から極めて強い関心をもってその選挙戦を見つめていたのは田母神氏の戦いぶりとその票数の行方である。

結論から言うと、今回の票数から、日本全国に約250万人の「ネット保守」が存在し、その勢力は社民党の約2倍、日本共産党の約半分、国会議員にして2~3議席分の勢力だと分かった。以下、その理由と経緯を述べたい。

・「新保守」と「旧保守」の二つが対立した選挙

まず田母神氏は、ゼロ年代初頭から始まったインターネット界隈をその苗床にし、発展してきた「ネット保守(=否定的な文脈でのネット右翼、ネトウヨ)」が史上初めて独自候補として擁立した「新保守」の候補であることを押さえなければならない。ここでいう「新保守」というのは、インターネット上での保守的な層(ネット保守)を中心として、独立系のCS放送局やその周辺の行動団体、出版や雑誌など大小の分野で活躍する保守系言論人文化人などの勢力などを総称した言葉で、私の造語である。

一方、これに対する「旧保守」というのは、これも私の造語だが、主に農林水産、建設土木、医療、郵政、公務員、宗教団体など、伝統的に自民党を支えてきた職能団体を中心とする組織層のことを指す。

憲法改正や靖国神社(公式)参拝推進など、「新保守」と「旧保守」の主張は似通っているものの、「旧保守」の文脈、つまり自民党の支持基盤や支持組織とは、原則的にまったく関係のない文脈でゼロ年代より急速に生まれてきた勢力こそ、「ネット保守」を中核とする「新保守」の勢力なのである。

これらの「新保守」は、「在特会」(在日特権を許さない市民の会)などその主張が極端なものから、いたって穏健的なものまで、すべて「これまでの自民党の支持基盤とは関係のないところから誕生してきた保守勢力」という一点において、グラデーションを描きながら一直線の線上にある。

このあたりの話は、すでに都知事選挙中盤辺りで、津田大介氏の運営する「ポリタス」に詳細を寄稿したとおりである。

・田母神氏は史上初めての「新保守」候補

だから今回の都知事選は、安倍内閣を支持する声が強いインターネット世論(新保守)の中にあっては、筋論でいえば自民党候補である舛添氏を支持するのが妥当であるが、そうではなく純然たる非自民の田母神候補が立候補したのは、同じ「保守」の中に、「新保守」と「旧保守」という二つのタイプが存在しているからに他ならない

ゼロ年代から主にインターネット空間で急速に勢いを増してきたこういった「新保守」勢力は、基本的にこれまで「自民党とは全く関係のない出自」を有しながら、その投票行動においては殆どすべて自民党候補に投票してきた、という遍歴を持つ。これはその「誕生の経緯」が違うというだけで、前述の通り政治信条的には「新保守」と「旧保守」はあまり変わらないのだから、無理のない話である。

そのような意味で、これまでの「新保守」は、たとえば2013年7月の参院選挙の際、自民党全国比例から出馬した赤池誠章候補を全力で応援した経緯を持つ。このときの応援の顔触れは、今回の田母神候補のそれとほとんど重複するものだった。氏は全国で約21万票を獲得し、自民党8位で当選。当初当落線上と言われた同候補は、多分に「新保守」の声援を受けて浮上した。

しかし、あくまで赤池候補は自民党候補であり、氏の当選には「旧保守」からの少なくない票が混じっていた事は当然想像される。よって、このときの選挙では、赤池氏の当選にどれほど「新保守」が貢献したのか、という部分は、極めて曖昧であった。

そういった意味でも、かつてない規模で、非自民の保守候補=「新保守」を代表することになった田母神氏の立候補は、ゼロ年代初頭以降湧き起ってきた「ネット保守」を中心とした「新保守」が、史上初めて擁立した独自候補であり、したがってその得票数は、これまでなかなか顔が見えなかった「新保守」の実勢を克明に浮かび上がらせるものとして、注目に値するバロメーターだったのである。

・「新保守」人口250万人

結果、今回の都知事選挙では、田母神氏は主要4候補中4位ではあったが、約60万票を獲得するにいたった。この数字からは、さまざまな知見を得ることができる。私が2012年末から2013年春にかけて、「ネット保守」約1000人をターゲットに行った独自調査の結果によると、東京に居住する「ネット保守」は全体の約27%という結果が出た。

このように東京は「新保守」が集中している自治体であり、ゼロ年代後半の保守系デモや集会の多くが首都圏中心であったことを踏まえれば、当然の結果と言える。この調査は「ネット保守」に対して行った調査として、史上初めてでかつ過去最大規模のものである。(詳細は、2013年4月発売の拙著『ネット右翼の逆襲 嫌韓思想と新保守論(総和社)』に詳しい)

この分布濃度が日本全国の「ネット保守=新保守」の縮尺になっていると仮定すれば、全国への援用計算式は100÷27=3.7となり、東京都における得票の3.7倍が日本全国における「新保守」の概数だということになる。この計算式を今回の田母神氏の得票に当てはめてみると、

600,000×3.7=2,220,000(222万人)となる。

これを中位推計として、低位推計で3.5倍として600,000×3.5=2,100,000(210万人)、高位推計で4.0倍として600,000×4.0=2,400,000(240万人)と予想することができる。ここでは分かりやすくざっと約250万人弱が日本全国の「新保守」の人口であることが推定される。

この250万人という「新保守」の人口は、たとえば2013年7月の参議院選挙で獲得した社民党の票数、約120万票の倍、同じく日本共産党の約515万票の半分程度という「勢力」であることが判明するのである(むろん、この時の参院選の投票率のほうが若干高いため、その分は考慮する必要がある)。

この時、比例代表の獲得議席は社民が1、共産が5、ちなみに「みんなの党」が470万票で4議席だったことを考えると、250万人の「新保守」は国会議員数にして2~3議席の勢力になっていると言える。

・顔の見えなかった「ネット保守」の実態が浮かび上がった

これまで、顔の見えない存在として時として否定的な文脈の上で「ネット右翼」と呼称されてきた「ネット保守」は、先に「その趨勢のバロメーター」と書いたとおり、独自候補を国政選挙クラスで初めて擁立するに至って、その「実勢」が明るみになった、という意味で、今次選挙は大変に興味深いものであるといえる。

おそらく、「ネット保守」を否定的にとらえる文脈の中では「日本の右傾化」などという言葉で、「ネット保守」を過大に評価する嫌いがあったと言えるが、今回の選挙結果で、日本共産党の約半分の勢力に「過ぎない」ということが分かったと思う。

一方、「ネット保守」を肯定的にとらえる文脈の中では、ネット世論に保守的な言説が寡占的なものであることを踏まえ、「日本の世論(保守的な文脈において)の正常化」が叫ばれるが、それはかなり「願望」を含んだ水増しされたものになっている、と言ってよいと思う。

尤も、1922年から100年近く続く歴史を有する共産党に敗北したとはいえ、ゼロ年代にようやく始まった、ここ10年に過ぎない歴史の「新保守」が、共産党の約半分近くの勢力に伸張したという事実は、こういった「新保守」がこの国の中で一定の勢力を有している事実を浮かび上がらせたものだ。

「日本が右傾化している」という文脈の中で、「新保守」は常に過大評価の事実誤認を受けてきた。一方で「ネットが日本を変える」とする「新保守」を肯定的にとらえる側からの言説は、多分に願望によって実態の水増しがなされてきたものであるといわなければならない。

日本全国の「新保守」250万人を、「多い」「少ない」「妥当」と捉えるのは人それぞれであるが、少なくともこれまで、左翼・リベラルをその批判の積極的対象としてきた「新保守」側にとって、その実勢で左翼に敗北した、というのは厳然たる事実である。

今後の「新保守」に関する議論は、まず「共産党の半分程度」という「新保守」の実勢を踏まえたものでなければならない。「日本の右傾化」という言葉で「新保守」を警戒する勢力は、とりもなおさず「新保守」はこの国のマイノリティの一部である、という認識を前提に、「日本の右傾化」という事実誤認の論調をまず訂正するべきだと思う。

「ネット保守」を含む「新保守」を政治的に利用しようとする勢力も批判しようという勢力も、まず今回の都知事選で明らかになった「新保守」の実勢人口を押さえた、現実的な議論にシフトするべきだ。

日本は右傾化しているわけでもなく、ネットの世論が日本を変えているわけでも動かしているわけでもない。数字に基づいた冷静な判断と批評が必要である。250万人はこの国のマジョリティを代表するには遥かに及ばないが、また黙殺できる数の人々でもない。この事実が判明しただけでも、今回の都知事選は大変に意義のあるものであったと私は思う。

作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長

1982年北海道札幌市生まれ。作家/文筆家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長。一般社団法人 日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。テレビ・ラジオ出演など多数。主な著書に『シニア右翼―日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中央公論新社)、『愛国商売』(小学館)、『日本型リア充の研究』(自由国民社)、『女政治家の通信簿』(小学館)、『日本を蝕む極論の正体』(新潮社)、『意識高い系の研究』(文藝春秋)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『欲望のすすめ』(ベスト新書)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)等多数。

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