幸せな家庭の裏で、子どもへの性欲と権力悪用を描く北欧デンマーク映画『女王』
見た後に、心にずしりとしたものが残る、戸惑いを残した作品だった。
いまある幸福に気づかず、自分を満たしてくれるものを追い求め続ける人の欲望を描いた、北欧デンマーク作品。
原題はデンマーク語で「女王」を意味する『Dronningen』(2019)。英語では「心の女王」を意味する『Queen of Hearts』。
デンマークのMay el-Toukhy監督によって、デンマークとスウェーデンを舞台に制作された。
あらすじ
コペンハーゲン郊外の豪華な家に住むアンネ。成功したキャリアウーマンであり、夫のピーターと双子の娘と共に暮らす。
家庭問題や性被害にあった子どもや若者を助ける弁護士として活躍。
順調そうな日々を過ごす彼女は、まさにその家の女王だった。
ある日、ピーターとかつてのパートナーとの間の息子、10代のグスタヴが家にやってくる。
ずっと連絡を取り合っていなかった息子との交流に悩むピーター。
アンネはすぐにグスタブと距離を縮めていくが、その関係は超えてはいけない深みに入っていく。
彼女の「城」である家庭を崩壊しかねないリスクに変わった時、アンネは変貌する。
アンネを演じるのは、デンマークを代表する女優、トリーヌ・ディルホム。
アメリカのサンダンス映画祭で観客賞、スウェーデンのイェーテボリ映画祭でベスト北欧映画賞、ノルウェーのオスロ・ピックス映画祭でオープニング作品・観客賞を受賞した。
英語字幕付きの予告はオスロ・ピックス映画祭のこちらの公式HPでご覧ください。
ここから下はネタバレを含みます。
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127分の映画を追っていくごとに、登場人物たちへの最初の印象が、最後にはがらりと変わるだろう。
道に迷い、「助けて」と泣いている子どもに手をさしのべる。最初のアンネはまさにヒーローだ。
夫の連れてきた息子に、手を出すまでは。
大人が年の離れた相手に恋をしてしまう禁断の恋愛映画に見えるかもしれないが、彼女のしていることは犯罪ともいえる。
弱い立場にいる未成年者と関係をもつ大人は、力関係で有利な立場であることが多い。
信頼される弁護士としてのアンネは、自分が上の立場にいることを十分に理解している。
子どもを、おもちゃにしていく大人。
作品では、これまでのジェンダーロールを逆転させ、男たちの心と体を思うがままに操っているのはアンナだ。
親に振り回され、心に傷を負う若者の問題だけがテーマではない。被害者が性犯罪を訴えた時に信頼してもらうことが、どれほど難しいかを描く。
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私にとっては、鳥の声や木々が風に吹かれる自然の音は、癒しの音だ。しかし、映画では何かが狂いつつあることを予感させる、不気味な音である。森は全ての罪を覆い隠した。
アンネは、「自分は、こういう人間にはなりたくないな」と思わせる人物だ。
「なぜ、登場人物のこの人たちは、この地点にきてしまったのか?」と思わずにはいられない。
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大人と未成年の性関係は、映画だけの話ではない
私が住む北欧ノルウェーでも、未成年に性欲を抱く大人たちの犯罪が、よくニュースになる。
映画を見て思い出したのでは、現地では有名な事件。未成年との性行為を続け、2013年に2年3か月の懲役の刑を受けた、男性市長の事件だ。
相手の女性は、当時14~16歳だった。
彼女の場合は世間に信用してもらえた。だが、声にだしても信じてもらえない若者、社会に気づいてもらえずに、被害にあっている若い人の数は未知数だ。
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問題は提起するが、映画では解決案は提示されない。残ったのは、やるせない思いだ。
行き場所がなかったグスタブには、何ができたか?
友達も相談相手もいない彼は、一体どこに逃げることができたのか?
ふたりの関係に気づいても、なぜ周囲は沈黙を選んだのか?
「間違いであってほしい」、「知りたくない」。保身に走る大人のために、壊れていく若者。
心のケアがされていなかったがために、静かに破壊の道へと進んでいく人々。
性暴力や#MeTooが、注目を集めてきた今。
家を統率する女王が、どのように権力を利用して、弱い立場のものを追い詰めていくか。
この映画は、美しく残酷な崩壊の旅へと、あなたを連れていくだろう。
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追記(2020/1/2)
本作品はトーキョーノーザンライツフェスティバル 2020で上映予定
2月8~14日 ユーロスペース、アップリンク渋谷
Text: Asaki Abumi あぶみあさき(鐙 麻樹)