『フジテレビはなぜ凋落したのか』が、よく分からなかったのだ 「振り向けば放送大学」を超えられるか?
『フジテレビはなぜ凋落したのか』(吉野嘉高 新潮新書)を読んだ。1ヶ月くらい前に。発売後、間もない頃だ。フジテレビの元プロデューサーが書いた、同社の歴史を振り返りつつ、ターニングポイントを探る本である。視聴率の暴落、営業赤字、世論の反発など、かつての「王者」フジテレビの凋落が指摘されている。数年前までは「振り向けばテレビ東京」と揶揄されていたが、最近では「振り向けば放送大学」なるdisりまであるようだ。巨大メディア企業の栄枯盛衰を描いた力作である。サクセス・ストーリーよりも、こういう凋落の物語の方が、ビジネスパーソンにとって参考になる。『日経ビジネス』の「敗軍の将 兵を語る」がロングラン連載になっているのもそういうことだと思う。
実に不思議な本だった。
レビューを書こうと思ったが、1ヶ月経ってしまったのもそういうことなのだろう。
あえて感情的に書こう。
いやあ、面白かった!楽しめた。元社員ならではの現場レベルの裏話から、経営体制の変遷まで幅広く赤裸々に綴られている。今ではテレビは、レコーダーで録画して、その中から選んだものしか見ない、つまり生でテレビを見ない私だが、10代くらいまではそれなりにテレビっ子だった。「オレたちひょうきん族」「カノッサの屈辱」「夕やけニャンニャン」「カルトQ」「19XX」などに夢中になっていた。私はドラマはあまり見ない人材だが、とはいえ私が若い頃は「月9」は大人気で「月曜日夜9時 街からOLが消えた」というエピソードまであったほどである(『東京ラブストーリー』の時が、そうだったような)。
ただ、それだけ面白かったのにも関わらず「不思議な本」だと言いたくなるのは、この本が大きな問題を抱えているからである。それは、『フジテレビはなぜ凋落したのか』というタイトルを掲げつつも、この問いに答えきっていないことである(卒論、修論の”あるある話”ではあるが)。より正確に言うならば、「凋落した理由のようなこと」はたくさん語られている。元社員だけに、さらには現役社員にもヒアリングを重ねたというだけに、いちいちもっともらしい。
しかし、「凋落」の「原因(のようなこと)」の列挙も、その分析も不十分であると言わざるを得ないのだ。「楽しくなければテレビじゃない!」という言葉の呪縛(いわば、過去の成功体験への固執)、上場して株主を重視しなくてはならなくなったこと、お台場への移転がもたらした社内の組織間の壁や大企業だという勘違い、日テレなどライバルの猛攻、コンプライアンス重視の時代になったこと・・・。
すべてにおいて、本人の実体験や取材によるエピソードなどを交えており、一読すると説得力があるかのように感じる。ただ、これらの原因は、同社に限らず、凋落した企業においてよくある話だ。一般論のようにしか聞こえない。つまり、「フジテレビ」という企業の「凋落」に関する真因のように聞こえないのだ。OBが古巣を叱咤激励する血まみれのラブレターのようで、単なるノスタルジーのようにも感じてしまう。
最後の「処方箋」のようなものも、不十分だ。社風改革などが提案されているが、これを変えるのは並大抵ではないし、ゴールを視聴率の回復におくならば、よりそれにきく対策が必要だ。できるかどうかが分からない、言いっ放しでは何も解決されない。
もっとも、希望はなくはない。それはまさに、この本が(少なくとも新書の中で相対的に)売れているという事実である。新書をよく買うのは40〜50代の男性と言われている。これらの層には「フジテレビ」というブランドは響いているということなのだろう。無名の会社ではないし、資産はある。この本によるエールを受け手、現役の経営陣と社員には頑張ってもらいたい。ただ、「頑張る」だけでは何も始まらないので、具体的な打ち手を考えて欲しい。
この手のことを書くと、「じゃあ、お前が代案を出せ」的な話になる。別に評論は、答を必ず出すものでもない。ただ、その代案すら明確に考えられないくらい、メディア事情は複雑だ。さえた対策ではないが、個人的には、お台場のような特殊な場所の視点ではなく、まずは視聴者を直視すること、機能する番組を作るという当たり前のことをすることだと思うのだが。
もろもろ、本に対する疑問を述べたが、面白いし、有益な本ではある。企業の栄枯盛衰を考える上での良いケースだ。答が明確なようで、真因の説明になっていないがゆえに、研修や勉強会の資料に便利だとも言える。
本書が提示した、業界を超えた教訓は、失敗、凋落などに関してもっともらしく原因としてあげられることは真因ではなく、ましてや簡単に思い浮かぶ解決策は問題の応急処置にはなっても、対策にはなりえないということである。だからビジネスは難しいし、面白い。