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大統領選挙の”潮目“が変わった(1):誤算でトランプは失速か、共和党内に「反トランプ」の動きも

中岡望ジャーナリスト
トランプの”勝利”を謳いあげた共和党の共和党全国大会(写真:ロイター/アフロ)

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■選挙情勢はわずかな変化で大きく変わる/■トランプ陣営は選挙での勝利を確信していた/■外れたトランプ陣営の思惑/■問題となるトランプの高齢と認知問題/■共和党内に広がる「反トランプ」の動き/=(文中敬称略)

連載(2)「民主党支持者を熱狂させ、ブームを巻き起こしたハリスの人柄と政策」リンク

■選挙情勢はわずかな変化で大きく変わる

 トランプ優位という選挙情勢は大きく変わった。今やトランプ陣営は防御に追われている。トランプ陣営に何が起こったのか。

 選挙情勢は一つの出来事で劇的に変わる。2016年の大統領選挙では、すべての世論調査は民主党のヒラリー・クリントン候補の圧勝を予想していた。だが、投票日前のわずか1カ月で情勢は劇的に変わった。情勢を変えたのは、クリントンの「電子メール問題」であった。個人の私的なメールを使って公文書のやり取りをしていたことが攻撃された。問題は2015年3月に明らかにされていた。何が問題だったのか。法的な問題もあるが、それ以上にクリントンに国家の安全保障を任せることができるのかという信頼性に対して疑問が提起された。

 選挙情勢が一気に変わったのは、選挙の劣勢を回復するためにトランプ陣営が極右の論者スティーブ・バノンを選挙参謀に招いた時である。投票日の数週間前にバノンは電子メール問題を取り上げ、メディアを総動員してクリントン批判を展開し、クリントンに大統領になる資格がないというキャンペーンを行った。これで一気に選挙の雰囲気が変わった。もうひとつの要因を加えれば、クリントンがトランプ支持層を「嘆かわしい人々(deplorable people)」と呼んだ時だ。この発言に保守層に猛烈に反発し、逆にトランプ支持を高める結果となった。不用意な一言が、選挙情勢を変えることもある。

 現在、同じような状況が起こっている。バイデン大統領は選挙戦からの撤退を表明し、カマラ・ハリス副大統領を大統領候補に推挙した。民主党支持者の間には、高齢で、認知問題も抱えるバイデンでは勝てないという焦燥感があった。しかし、自らが出馬すると主張する現職の大統領に挑戦するのは事実上不可能であった。党内は分裂し、トランプ前大統領に勝てないという雰囲気に包まれていた。

 だがバイデンの撤退とハリスの登場で、民主党支持者の間にあった暗雲が吹き飛ばされ、多くの民主党支持者は安堵感と解放感を味わった。「ハリス・ブーム」の始まりである。堰を切ったように、ハリス支持の熱狂的な声が上がった。さらにミネソタ州のティム・ウォルツ知事を副大統領候補に指名したことも、分裂していた民主党を団結させる効果を発揮した。

■トランプ陣営は選挙での勝利を確信していた

 トランプ陣営は勝利を前提に全国大会で党内基盤を固める戦略を取った。象徴的だったのは、共和党の予備選挙で公然と「トランプに投票するな」と支持者に呼びかけたニッキー・ヘイリー元国連大使が大会に出席し、聴衆の前でトランプに恭順の意を表し、「トランプに投票するように」と呼び掛けたことだ。予備選挙でヘイリーは各州で20~30%の票を得ていた。もし彼らが棄権するか、民主党候補に投票すれば。トランプの楽勝とは言えなくなる。トランプ陣営はヘイリーを抱き込むことで、反トランプ派の共和党の脱落を防げると自信を持った。

 トランプ陣営のもうひとつの戦略は、トランプ暗殺未遂事件を利用して、「トランプは神に守られている」と彼の神格化を図ることであった。それは最大の支持層である保守派プロテスタントのエバンジェリカルにアピールし、結束を図ることであった。だが銃撃犯は20歳の共和党党員であることが明らかになり、トランプ神格化の試みは頓挫した。今やトランプ暗殺未遂について語る者はいない。

 もうひとつの戦略は、トランプの右翼的なスタンスを修正することであった。保守派のシンクタンクのヘリテージ・ファンデーションは、大統領権限の拡大による「権威的政府の樹立」を主張する『プロジェクト2025』と作成していた。トランプも「権威的大統領」を主張していた。バイデンは、こうした戦略を「民主主義に対する脅威」であると攻撃していた。大統領選挙では支持者を結束するだけでは勝利できない。無党派層の支持が不可欠である。大統領選挙では「民主主義の脅威問題」に加え、「中絶問題」が主要な争点になると予想されている。2020年の中間選挙で共和党が予想に反して党勢を拡大できなかった最大の理由は中絶問題にあった。

 2022年に最高裁は女性の中絶権を認めた1973年の「ロー対ウエイド判決」を覆し、中絶規制は州政府が決めることになっている。南部では実質的に全ての中絶を禁止する州が増えている。保守派は州レベルではなく、連邦レベルで中絶を全面的に禁止するように求めている。

 トランプ陣営は、まず「プロジェクト2025」はトランプ陣営の政策とは無関係であると主張し、「権威国家」に対する批判を封じようとした。また共和党の「政策綱領」でも中絶問題は州レベルでの問題だと路線修正を行っている。国民の70%以上が女性の中絶権を認めており、中絶問題を争点とするのはトランプ陣営にとって得策ではなかった。

 もうひとつの焦点は、誰を副大統領候補に選ぶかであった。トランプはJ.D.バンス上院議員を指名した。トランプの長男のトランプJrやバノンなどの推薦を受けての決定であった。バンスは貧しい少年時代の回顧録『ヒルビリー・エレジー』の著者である。トランプ陣営はオハイオ州の労働者階級出身のバンスが中西部の白人労働者層にアピールすることを期待した。ただバンスは中絶問題やLGBTQに対する規制強化を主張し、エバンジェリカルにも、極右にも支持されている。

 バンスは、少年時代はプロテスタントで、大学時代は無神論者であったが、カトリック教に改宗している。ベンチャー・キャピタリストでシリコン・バレーの保守的な富裕層と密接な関係を持っている。トランプ陣営からすれば、トランプとシリコン・バレーとの関係を構築するのに役立つとの思惑もあった。メディアは、バンスはトランプ支持グループの「MAGA運動」の後継者だと持ち上げた。トランプが当選すれば、バンスは実質的な「ポスト・トランプ」の指導者になり、2028年の大統領選挙では共和党の有力な後継者になるというのがメディアの評価であった。

■外れたトランプ陣営の思惑

 トランプ陣営はハリスの登場に不意打ちを食らった。トランプ陣営は、バイデンは選挙から撤退しないとの前提で選挙戦略を立てていた。バイデン攻撃は「高齢問題」と「認知問題」に絞り込んでいた。膨大な資金を使い、周到なメディア戦略を展開していた。トランプ陣営は、バイデンは選挙から撤退しないと予想し、勝利を確信していた。7月15日から4日間の日程で開催された共和党全国大会が終った後、トランプ陣営のスタッフは早々と会場を後にし、バーで“勝利の美酒”に酔いつぶれていたと、メディアは書いている。だがトランプ陣営の思惑は外れた。トランプ陣営はハリスの登場に対応する「プランB」を持っていなかったのである。

 もう一つの誤算は、バンスの副大統領候補指名は右派勢力以外ではあまり受けが良くなかったことだ。トランプ陣営は「民主主義脅威論」の鎮静化を図ろうとしていたが、バンスは政府を解体・分割し、小さな政府組織にし、ITで連結する政府構想を主張し、「権威国家」を許容する「国家保守主義(National Conservatism)」を信奉する“極右思想”の持ち主である。中絶問題でも、トランプ陣営の思惑とは別に連邦レベルでの実質的に全面禁止を主張してる。バンスはトランプよりもはるかに右寄りの思想の持主であり、中間層や無党派層の支持を得るのは難しい。

 さらにバンスの過去の女性蔑視発言が問題となった。バンスは、女性は妻であり、母であるべきだという家父長的な家庭観の持主である。アメリカでも白人女性の出産が減っており、保守派は女性の結婚と出産を促進すべきだと主張している。バンスは独身女性を「子供がいなくて、猫と暮らす女性(childless cat ladies)」と批判した。こうした発言は女性から猛反発を買った。もともとトランプは女性問題を抱えており、さらにバンスの女性蔑視発言が加わった。女性票の離反は避けられない。支持層を拡大するために適した人材を副大統領候補に選ばず、より右寄りの支持層を意識した選択の結果である。

 トランプとバンスの組み合わせによる“シナジー効果”は期待できない。トランプ陣営からバンス指名は間違いだったとの声が公然と上がっており。もしヘイリーを副大統領候補に指名していたら、状況は大きく変わっていただろう。

 ハリスの登場で大統領選挙は完全にリセットされた。トランプ陣営はハリスに対する明確な戦略を建てられない状況に置かれている。

■問題となるトランプの高齢と認知問題

 トランプ陣営はバイデンの高齢を攻撃したが、49歳のハリスの登場で、今度は自らが高齢や認知能力で攻撃される対象になるのは避けられない。ハリスは大統領候補になる前からトランプの認知問題を指摘している。

 トランプの高齢問題と認知問題を露呈する出来事も起こった。トランプの「ヘリコプター事件」である。8月8日にトランプは記者会見で「1990年代にハリスと親しかったカリフォルニア州議会のウィリー・ブラウン議長とヘリコプターに乗って緊張したことがあった(エンジンの故障で不時着した)」と話し出した。「私はこれでもう終わりかもしれないと思った。私は議長のことを良く知っている。議長は私にハリスについて酷いこと(talk about terrible things about her)を語ってくれた」と、この事件をハリス攻撃のためのエピソードとして持ち出した。だがトランプがヘリコプターに同乗していたとされるブラウン議長は『ニューヨーク・タイムズ』に「トランプ氏と一緒にヘリコプターに乗ったことはない」と語った。

 トランプはさらに間違いを犯していたことが明らかになった。ギャビン・ニューサム同州知事が、自分が2018年にトランプとヘリコプターに乗ったこと、もう一人の同乗者はジェリー・ブラウン元知事であったことを明らかにしたのである。トランプは「ウィリー・ブラウン」と「ジェリー・ブラウン」を混同していたのである。公開討論会でバイデンが名前を間違えた時、トランプ陣営は鬼の首を取ったようにバイデン攻撃をしたが、その批判の矛先が今度はトランプに向くことになる。

■共和党内に広がる「反トランプ」の動き

 ハリス陣営は共和党内の反トランプ派の支持を得るための「ハリスのための共和党(Republicans for Harris)」という組織を立ち上げた。組織発足の趣意書には「(この組織は)トランプが引き起こした混乱と分裂、さらに『プロジェクト2025』を拒否し続けている何百万人の共和党員に向けた努力を拡大することを目的とする」と書かれている。ハリス陣営によると、アリゾナ州、ペンシルベニア州、ノースカロライナ州で決起集会を開く予定になっている。

 「ハリス支持」を表明する共和党支持者が相次いでいる。共和党のロッド・チャンドラー議員(ワシントン州選出)、トム・コールマン議員(ミズリー州選出)。デイブ・エメリー議員(メイン州選出)、ジム・グリーンウッド議員(ペンシルベニア州)などがハリス支持を表明している。ジョージア州のジェフ・ダンカン元副州知事やニュージャージー州のクリステン・ホイットマン元知事もハリス支持を明らかにしている。アダム・キンジンガー元下院議員はSNSで「トランプは保守主義とまったく関係ない。保守主義者は憲法を信じているのであって、一人の男のエゴを信じているわけではない」と、反トランプを鮮明に宣言している。アリゾナ州のジョン・ジャイルズ・メサ市長もハリス支持の声明を出している。

 トランプ政権の主席報道官だったステファニー・グレシャムは「私はトランプ政権の主席報道官として、また最も長い間トランプ・チームの一員として、トランプ大統領は1月6日の議事堂乱入事件のように政権を維持するために手段を選ばないか、彼が国民につく嘘の数々を目の当たりにしてきた。私はハリス副大統領にすべて同意するわけではないが、彼女が自由のために戦い、民主主義を守り、世界の舞台で名誉と尊厳をもってアメリカを代表することを知っている」という声明を出している。

 デンバー・リグルマン元議員は「共和党にとって最善なことはトランプが負けることだ」と語っている。トランプの下で共和党は大きく変わった。伝統的な保守主義から離反し、「トランプ信者」が支配する党になっている。内部から共和党を改革するのは困難な状況である。ハリス支持を表明している共和党支持者は、共和党の再生はトランプの敗北から始まると語っている。

 ヘイリーに予備選挙で投票した共和党員の多くは、グレシャムと同じ感情を抱いていたのではないだろうか。ヘイリーが予備選挙で獲得した20~30%の票の行方が大統領選挙の結果を決める可能性も否定できない。

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ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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