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大統領選挙の”潮目“が変わった(2):民主党支持層を熱狂させ、ブームを巻き起こしたハリスの人柄と政策

中岡望ジャーナリスト
政治集会で一緒に演壇に立つハリス副大統領とウォリス知事(写真:ロイター/アフロ)

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■成功裏に終わったハリスとウォルツの最初の全国遊説/■ハリスとは何者かーその出自と経歴/■ハリスの「政治的立場」は何か―進歩主義者か左派か中道派か/■ハリスとウォルツの絶好の組み合わせ/■世論調査と政治献金の動向にみる情勢の変化/■注目される今後の展開/(文中敬称略)

連載(1)「誤算でトランプは失速、共和党内に『反トランプ』の動きも」のリンク

■成功裏に終わったハリスとウォリツの最初の全国遊説

 8月19日から始まる民主党全国大会でハリス副大統領は正式な党の大統領候補に指名される。ハリスは副大統領として目立った存在ではなかった。メディアの評価は厳しいものであった。2020年の民主党の予備選挙でバイデンと大統領候補指名を巡って競いあった。政治的野心は旺盛であるが、「次の大統領」と見られることはなかった。通常の党の予備選挙を経ていたら、ハリスが大統領候補に指名されるかどうか分からなかった。バイデンの突然の選挙からの撤退がハリスに幸運をもたらした。ハリスはバイデンの再選を願っていたという。だからと言って、ハリスが政治家として魅力がないというわけではない。

 ウォルツ・ミネソタ州知事を副大統領候補に指名してから数時間後、ハリスはペンシルベニア州フィラデルフィアで開催された最初の政治集会に参加していた。集会はウィスコンシン州、ミシガン州、アリゾナ州、ネバダ州と続く。これらの州は大統領選挙の結果を左右する「激戦州」である。さらにジョージア州とノースカロライナ州にも遊説する予定であったが、ハリケーンの襲来で中止された。ウォルツも加わったハリスの最初の全国遊説は成功を収め、会場は熱狂に包まれた。会場に入れない人が続出した。メディアは観衆の多さにトランプは苛立っていたと伝えている。

 場所ごとに演説のテーマを変えた。労働者の多いミシガン州では労働組合を支援すると訴え、不法移民問題を抱えるアリゾナ州やネバダ州では、自分が検事としていかに多国籍ギャングや麻薬カルテル、密輸業者と戦ったかを語った。ラスベガスではサービス業で働く人に向かってチップに対する連邦所得税の廃止を約束した。そして最後に「戦えば、勝てる(When we fight, we win)」と宣言した。

 ウォルツも好調なデビューを飾った。彼は陸軍州兵時代の経験を語り、高校でのフットボールのコーチを務めたことや、下院議員と州知事時代の話をした。そして子供を産むために妻のグウェンとともに何年にも渡って苦しい体受精治療を受けた経験も話した。トランプとバンスの政策は「奇妙(weird)」だと批判し、「誰もそんな奇妙なものを求めてはいない」とトランプ批判を展開した。さらに彼はハリスを「政治に喜びをもたらした」と称賛した。それを受けてハリスは「私たちは喜びに満ちた戦士(joyful warriors)である」と呼応した。

■ハリスとは何者かーその出自と経歴

 ハリスは、カリフォルニア州で初めての黒人の地方検事に選ばれ、初の女性の州司法長官に就任し、初のインド系アメリカ人の上院議員になり、初の女性副大統領に就任した人物である。もし大統領選挙で当選すれば、初の女性大統領になる。ヒラリー・クリントンが果たすことができなかった強固なガラスの天井を破ることになる。

 イギリスのBBCは「ハリスが民主党の副大統領に至る道のりはユニークであり、困難を伴い、難しい問題が満ちていた」と書いている(2024月8月3日、「The many identities of the first woman vice-president」)。

 ハリスは1964年10月20日にカリフォルニア州オークランドで生まれた。母はインド出身の癌研究家のシャマラ・ボバランで、父はジャマイカ出身で経済学教授ドナルド・ハリスである。両親はカリフォルニア大学バークレー校で知り合い、公民権運動の活動家でもあった。「カマラ」はヒンズー教の女神ラクシュミの別名である。父は「女神を崇拝する文化は強い女性を生み出す」と、彼女に女性の地位向上を託して命名した。ハリスが7歳の時、両親は離婚している。両親が離婚後に移り住んだ場所は中産階級の下の人々が暮らす地域であった。彼女は黒人バプティスト教会とヒンズー教寺院に礼拝に通っていた。

 高校卒業後、ワシントンDCにある著名な黒人大学のハワード大学に入学し、政治学と経済学を専攻した。ハリスは、ハワード大学で「最も重要な人格形成ができた」と語っている。大学を卒業し、サンフランシスコの法科大学院に入学。1990年に司法試験に合格している。性犯罪を専門とする地方検事補として、オークランドのアラメダ郡検察局に入局し、検事としての道を歩み始めた。

 1994年、30歳年上で別居中だった当時州議会議長だったウィリー・ブラウンと恋愛関係に入る。彼の推薦でハリスは州失業保険控訴委員や医療支援委員会の委員に任命された。1995年にブラウンはサンフランシスコ市長に選出された。それを機会にハリスはブラウンと別れる決心をした。ハリスはサンフランシスコ地方検事局に採用され、10代の買春問題に取り組む。少女たちを犯罪者として取り締まるのではなく、被害者として対応した。

 2003年にサンフランシスコ地方検事選挙で立候補し、当選した。同州の最初の黒人の女性検事となった。彼女が地方検事を務めていた3年間にサンフランシスコの有罪率は52%から67%に上昇した。厳しい取り締まりをした結果である。2004年に警察官を殺害した犯人の死刑求刑を拒否したことで、警察組合と10年間に渡って対立することになる。その後、州司法長官に就任した。長官の時、死刑を禁止する法案に反対し、政治的ご都合主義と批判された。司法長官の2期目の選挙は辛勝だったが、再選を果たした。司法長官として刑事司法データをオンラインで一般公開する「Open Justice」制度を導入している。このデータベースは、警察に拘置されている人の死亡者数や負傷者数のデータを収集し、公開するもので、警察の公開性を高めた。

 バラク・オバマ元大統領とは親しい関係にある。オバマが2004年に上院議員選挙で立候補した際にオバマを支援したのが契機である。オバマが2008年に大統領選挙に立候補した時も、ハリスは彼を支援した。そうした関係から、今回のハリスの大統領選挙活動はオバマがアドバイスをしていると言われている。2013年にオバマは彼女を「アメリカで最も容姿端麗な司法長官」と呼んでいる。ただオバマは、この発言は性差別だと批判され、謝罪して、発言を取り下げている。

 2016年に上院選挙に出馬し、当選を果たし、国政の場に足を踏み入れた。2019年に民主党の大統領予備選挙に立候補している。『ワシントン・ポスト』のインタビューで「政治家は肌の色や育った環境を理由に自分を枠に閉じ込める必要はない。私は私であり、それで十分だ」と語っている。選挙では自分の最大の功績のひとつとしてカリフォルニア州の少年刑事司法制度の改革を挙げている。さらに「戦う価値のあるものは何でも価値ある戦いだ。戦えば、常に勝つとは限らないが、戦うことが重要だ」とも語っている。テレビ番組で「なぜ大統領になりたいのか」と問われると、「誰もが自己実現できるような国のビジョンを持った指導者が必要だからだ」と答えている。

 一時、バイデンと拮抗する支持を得たが、長くは続かず、選挙から撤退した。バイデン政権でハリスは初の女性で、初アジア系、初のインド系の副大統領に就任した。

■ハリスの「政治的立場」―進歩主義者か左派か中道派か

 ハリスは、どんなイデオロギー的な立場に立っているのか。ハリスは副大統領として明確に自分の立場を語ることはなかった。だが大統領選挙では、そうした沈黙は許されない。党内でのイデオロギー闘争に加え、トランプとの対立も控えている。明確に自分の立場を主張することが選挙で生き残る道である。

 トランプはハリスを「極左の狂人(radical left lunatic)」と呼んでいる。トランプの発言を真面目に聞く必要はない。あるメディアは彼女を「現実的な進歩主義者(pragmatic progressive)」と呼び、別のメディアは「中道派(centrist)」や「穏健派(moderate)」と呼ぶ方が実情に沿っていると指摘している。

 政治サイトの『Politico』は「ハリスは既に党内左派と決別し始めている」と指摘している(2024年8月5日、「What’s shaping up as tension points between Harris and the left」)。党内的に言えば、ハリスは左派ではない。評論家のデビット・グラハムは「トランプ陣営はハリスを急進左翼だと主張している。極左は彼女を新自由主義の警官ではないかと懸念している。いずれも正しくない。ハリスを政治的なスペクトルのどの位置にいるのか正確に特定することは、それほど簡単ではない」と指摘している(『The Atlantic』、2024年8月12日、「Why Kamala Harris’s Politics Are So Hard to Pin Down」)。

 ハリスの個別的な問題に対する立場は分かるが、全体的なビジョンは見えてこない。同氏は「ハリスが勝利するには、自分が風見鶏ではなく、原則に基づいた現実主義者であることを示さなければならない」と指摘している。さらに「ハリスの政治的人格は党内の特定の勢力への忠誠ではなく、検事としてのアイデンティティに基づいている」とも書いている。

 また「ハリスの擁護者はハリスがイデオロギーの忠実さに囚われることなく、戦略的に賢明な意思決定をしてきた長い歴史があると指摘している」。政治学者のコーリー・クックは「彼女は明らかに現実主義者であり、常に中間点を探す人である。どうすれば、より小さなステップで前進できるかを探している人である」と、ハリスの立場を表現している。

 そうした現実主義に対して、「進歩派で彼女を仲間だとみる人はほとんどいない。彼らの多くは彼女を信頼していない」と、ハリスが抱える問題は党内にあるとの指摘もある。ブルッキングス研究所のエレイン・カルマクは「彼女はバイデン政権そのものであり、それ以外の何ものでもない。人々はそれを理解している」と語っている。

 民主党全国大会で、どんな「政策綱領」を出してくるかで、ハリスの政治的な立場はもう少し鮮明になるだろう。バイデン政権の政策を引き継ぐだけでは選挙での勝利は覚束ない。アメリカの政治で一番大切なのは「明確なビジョン」を提示することだ。

■ハリスとウォルツの絶好の組み合わせ

 公開討論会でのバイデンのパフォーマンスが悪く、ペロシ元下院議長を中心に党内からバイデン下ろしが加速した。さらに有力献金者の多数がバイデン大統領に選挙からの撤退を迫った。バイデンは選挙資金は潤沢にあると抵抗の姿勢を示した。しかし新規の政治献金が止まれば兵糧攻めになり、運動を続けるのは難しくなる。追い込まれたバイデンは撤退を表明し、ハリスを「大統領になる素質を持った人物」として、大統領候補に推挙した。

 民主党全国大会の日程が迫っていることもあり、全国大会が始まる前に行われた代議員の投票で99%の票を獲得した。ハリスの登場で民主党支持者の雰囲気が一気に変わり、「ハリス・ブーム」が巻き起こった。

 副大統領候補にウォルツを選んだのも民主党支持者に好印象を与えた。同知事は2022年の中間選挙でミネソタ州での民主党の圧勝を実現した人物である。『ニューヨーク・タイムズ』は「彼の中西部ブランドが議会選挙だけでなく、大統領選挙でも必要となる。彼は知名度が低い州知事から、党の最も著名で強力なメッセンジャーの一人に変わった」と書いている。

 共和党のバンスと同様にネブラスカ州の労働者階級出身で、地元の大学で教員資格を取り、妻の故郷のミネソタ州で高校教師になり、高校のフットボールのコーチを務めた。その後、ミネソタ州選出の下院議員を5期務めた後、ミネソタ州知事を2期務めている。

 ウォルツが提出している個人財務情報によると、彼は株式も債券も不動産も所有していない。知事の報酬は約13万ドル(約1900万円)であり、昨年、14万ドルへ昇給する資格があったが、引き上げを拒否している。ウォルツの「どこにでもいる田舎のおじさん」という“庶民性”と貧しい資産状況は労働者層や無党派層にアピールすると思われる。

 同知事は、ミネソタ州でマリファナの合法化、中絶権の擁護、LGBTQの権利拡大、低所得者層の子供のミネソタ大学の授業料の無償化、学童への朝食と昼食の無料提供などを実施している。州職員の採用に際して75%を大卒の資格要件を撤廃する決定も行っている。子供を飢えから解放し、女性の医療を保証し、不法移民の自動車免許取得を認め、銃の譲渡の際の身元調査を拡大するなどの政策を実施している。19歳のとき、父親を肺がんで亡くしたこともあり、医療制度に対して深い関心を示している。

 ウォルツは「保守派がこうした政策をリベラルであると批判するなら、自分は喜んでリベラルのレッテルを受け入れる」と、7月28日のCNNのインタビューで語っている。彼は「インテリの進歩派」ではなく、「草の根の進歩派」である。ハリス陣営はウォルツのリベラルな政策を「ミネソタの奇跡」と呼び、高く能力を評価している。トランプが共和党右派に配慮した副大統領の人選をしたのに対し、ウォルツの選択は、ハリスが党内左派に配慮した選択でもあった。

 トランプ陣営は「ウォルツは最悪の副大統領候補である。私たちはリベラル派のハリスとウォルツがアメリカを崖から突き落とすのを許すことはできない」とウエブサイトに書いている。トランプも「ハリスは極左の人物だ(radical left person)」という批判を展開している。だがトランプ陣営は、本音ではハリスとウォルツの組み合わせに強い警戒感を抱いているのは間違いない。

 民主党全国大会は8月19日から始まる。大会関係者は、参加希望者が殺到しており、「大会に出席する人数には制限があると人々に伝えなければならない」と嬉しい悲鳴を上げている。別の代議員は「まさに熱狂だ」と、民主党の盛り上がりを指摘している。「ハリス・ブーム」は確実に続いている。

■世論調査と政治献金の額でトランプをリード

 こうした状況の変化は、政治献金の動向に端的に現れている。7月にハリスが集めた政治献金の総額は3億1000万ドル(約465億円)であった。バイデンが撤退を発表してからわずか24時間で1億5000万ドルの資金提供の申し込みがあった。AP通信は「支持者はハリスを後押しするために山のような資金を提供した」と書いている。これに対してトランプ陣営が集めた資金は1億3870万ドルに留まった。8月初のハリス陣営が保有する総資金は3億7700万ドル、トランプ陣営は3億2700万ドルである。資金量が選挙結果を決めるわけではないが、政治献金の動向は大統領選挙の風向きが完全に変わったことを示している。興味深いのは、共和党支持団体から50万ドルの献金の申し出もあったことだ。

 世論調査にも同様な結果が出ている。『ニューヨーク・タイムズ』のpoll tracker(8月8日)では、全国調査の平均支持率はハリスが48%、トランプが47%で、ハリスがリードしている。バイデンの時と比べると、ハリスの支持率の上昇が目立つ。

 RealClearPoliticsによれば、7月22日から8月7日の間に行われた13件の世論調査の内、ハリスがリードしているのは8件、トランプは5件である。支持率の平均値ではハリスが47.4%、トランプが46.9%である。FiveThirtyEightの調査(8月2日)でも、全国調査では、ハリスが45.0%、トランプが43.5%であった。

 ただ全国調査の結果が大統領選挙の結果に結びつくわけではない。各州に割り当てられている選挙人を過半数獲得しなければならない。バージニア大学センター・フォ・ポリテックスの調査では、現時点での選挙人の獲得数の予想は、ハリスが226人、トランプが235人である。残りの77人を競いあっている。選挙の結果に大きく影響を及ぼす激戦州はネバダ州(選挙人6人)、アリゾナ州(11人)、ウィスコンシン州(10人)、ミシガン州(15人)、ペンシルバニア州(19人)、ジョージア州(16人)などである。これらの激戦州での勝敗が選挙結果を決める。同大学の調査では、トランプが強いと見られていたジョージア州ではハリスが盛り返し、現在では拮抗している。トランプが有利と見られていたジョージア州、アリゾナ州、ノースカロライナ州でも、ハリスの参戦で激戦州となっている。

 さらにトランプ陣営にとって衝撃的な世論調査の結果が発表された。ニューヨーク・タイムズ紙とシエナ大学が8月5日から9日にかけて行った調査である(『ニューヨーク・タイムズ』2024年8月10日、「Harris Leads Trump in Three Key States」)。この調査はバイデンが選挙からの撤退を発表した後に行われた。前回の調査では、ミシガン州とペンシルベニア州、ウィスコンシン州の3州はいずれもトランプがバイデンをリードしていた。だが今回の調査では逆転し、3州でハリスがトランプをリードしていることが明らかになった。3州ではいずれもハリスの支持率は50%、トランプの支持率は46%であった。

 同記事は、この結果は「民主党が新しい力を得たのは有権者のハリス副大統領に対する見方が変わったことが理由だ」としている。3州の有権者は「ハリス副大統領はトランプ前大統領よりも知的であり、アメリカを統治する上で精神的にも適している」と評価している。3州でハリスに対する好感度も急上昇している。

 同調査では42%がハリスは「リベラル過ぎる」と答えており、今後のハリスの課題は、そうしたイメージをどう払拭するかである。その意味で副大統領候補に庶民派のウォルツを選んだのは賢明な選択であった。逆に無党派層は共和党のバンスに対する好感度は低い。30%以上がバンスに満足しておらず、17%はバンスが選ばれたことに怒りを覚えていると答えている。逆にウォルツは民主党内では極めて高い評価を得ており、48%はウォリスを選んだことに興奮していると答えている。

■注目される今後の展開

 今後の焦点は民主党全国大会と9月10日に予定されている両候補による公開討論会である。

 ハリス陣営は全国大会で党の結束を訴えるだろう。バイデンの下で分裂していた党をハリスの下で「団結」することで、民主党支持者の動員を図ろうとするだろう。もう一つの焦点は、政策綱領の発表である。短期間にバイデンからハリスに候補者が変わった。ハリスはバイデンとは異なった政策を打ち出す必要がある。政策の目玉が何になるかで、今後の政策論争の形が変わってくる。

 ハリスは「リベラル過ぎる」という批判に対して、どう政策で答えていくのか。中絶問題、不法移民問題、銃規制問題、LGBTQの権利問題、気候変動問題など有権者の関心の高いテーマで、どのようなメッセージを送るかで評価は変わってくる。無党派の支持を拡大するための“新機軸”を打ち出せるかどうかが注目される。

 他方、トランプは「民主党の候補者が変わったからと言って自分の政策が変わることはない」と語っている。だが『ワシントン・ポスト』は、トランプ陣営はトランプが一貫性のある明確なメッセージを送れないのではないかと懸念していると伝えている(2024年8月9日、「The GOP’s new worry: Trump can’t drive a coherent message」)。バイデンは公開討論で高齢ゆえに明確なメッセージを送ることができなかった。今回はトランプがバイデンと同じ立場に置かれることになる。

 2回目の大統領候補による公開討論会もトランプは当初渋っていた。だが公開討論を拒否すれば、トランプは逃げたとして、大きなダメージを受ける。主催者を保守派のメディアであるフォックス・ニュースに変更するように求めていた。最終的に両陣営は9月10日にABCニュース主催で公開討論を行うことで合意した。ハリス陣営は、公開討論を「検事」対「被告」を軸に展開する計画を立てている。ハリスは元検事であり、トランプは様々な訴訟を抱えている被告人である。ハリスは訴訟問題でトランプを追い詰める計画である。もしトランプが公開討論でバイデンと同様な失態を演じれば、選挙動向に大きな影響を与えることになるだろう。舌鋒鋭いハリスにトランプがどこまで耐えられるのかがポイントである。

 繰り返すが、選挙では何が起こるか分からない。「ハリス・ブーム」が投票日まで続くのか。有権者にとって最大の関心事である経済情勢が急激に変化することはないのか。トランプ陣営はハリスの人格攻撃から、新たな戦略を作りだせるのか。今後、注目されるポイントは幾つかある。

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ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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