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ウクライナ侵攻で国際社会が目を逸らすミャンマー 軍事政権の弾圧に市民が続ける抵抗方法

舟越美夏ジャーナリスト、アジア政経社会フォーラム(APES)共同代表
ミャンマー北西部ザガイン管区で、国軍に焼き討ちされた村=2022年2月3日(写真:ロイター/アフロ)

 ロシア軍のウクライナ侵攻に国際社会の目が集中していることで影響を受けている国は少なくない。国軍が昨年2月にクーデターを起こしたミャンマーがその一つだ。国連人権高等弁務官事務所は3月半ばに包括的報告書を発表し、「国軍は戦争犯罪など組織的人権侵害を犯している」と指摘して国際社会に行動を求めたが、反応した国際社会は無きに等しかった。強大な武力を持ちながらも国を掌握できず焦る軍事政権には、抵抗勢力を叩き潰す好都合の状況だ。東部や北部で戦闘が続く中で、13日にミャンマー最大のお祝い「水かけ祭り(ティンジャン)」が始まったが、市民は静かに、頑強に抵抗を続けている。

ロシア侵攻で軍政に湧いた懸念

 ミャンマー軍事政権は、ロシア軍が侵攻した2日後の2月26日に緊急会議を開いた。ネットメディア「イラワジ」によると、議題は「ロシアの侵攻が中国にどんな影響を与えるか」だった。

 軍事政権は、中国が平時にミャンマーに侵攻することはないと考えている。しかし、「ミャンマー国内の中国の権益を守る能力が軍政にはない」と判断された時は事情が変わり、中国はロシアのような行動を取るかもしれないー。軍事政権内には、そんな懸念が持ち上がったという。

 軍事政権は、中部や東部で空爆や重火器を用いた戦闘を続けているが、抵抗勢力の部隊が仕掛けるゲリラ戦法には手こずっている。イラワジによると、クーデター以降、抵抗勢力や少数民族武装勢力との戦闘により、兵士や警察官のうち数百人が死亡し、数千人が脱走した。3月下旬、オーストラリア政府が国軍を離脱した兵士の亡命を受け入れていると報じられたことも、国軍を動揺させているという。

 何よりの懸念は、中国がミャンマー西部ラカイン州から中国雲南省にまで建設した天然ガスと原油を運ぶ2本のパイプラインが、抵抗勢力に度々、攻撃されていることだ。中国は、軍事政権に対抗し民主派や少数民族らが設立した挙国一致政府(NUG)に、パイプラインなどを攻撃しないよう要請したこともあるほどだ。

水かけ祭りでアピール狙うが

 軍事政権は、13日から16日までの水かけ祭りを「市民が軍政を受け入れ国内が安定しつつある」とアピールする機会にしようと躍起のようだ。

 水かけ祭りは、ミャンマー歴の正月を迎える行事で、旧年の汚れを落とす意味を込めて人々が水を掛け合い、あちこちに設置されたステージ上で歌や踊りを楽しむ。しかし昨年は、多くの市民が家に閉じこもり街はひっそりとしていた。

昨年に撮影された、第2の都市マンダレーの水掛け祭り期間の様子。市民は行事をボイコットし、街は静まり返った(「イラワジ」のFacebookより)
昨年に撮影された、第2の都市マンダレーの水掛け祭り期間の様子。市民は行事をボイコットし、街は静まり返った(「イラワジ」のFacebookより)

 軍事政権は今年、全国各地にステージの設置を命じ、壇上で踊った市民には「1万チャット(約670円)」を与えると宣伝。祝賀イベントの賑やかさ演出のため人員動員も計画した。

 しかし市民のムードは、お祭り気分からはほど遠い。

 「多くの犠牲者が頭を撃たれ、焼き殺され、恣意的に逮捕され、拷問され、人間の盾として使われた」。国連が指摘しているこの状況は続いており、NGO「政治犯支援協会」(AAPP)によると、クーデター以降、国軍に殺害された市民は1750人を超えた。さらに4月9日は、古都バゴーで市民82人以上が国軍に虐殺されてから1年に当たり、遺族らは軍事政権の監視を気にしながら、ひっそりと一周忌の法事を行ったばかりだ。

軍政の祭りイベントに反対して投稿された写真(Youths Union のFacebookから筆者作成)
軍政の祭りイベントに反対して投稿された写真(Youths Union のFacebookから筆者作成)

 「水祭りで、道路に染み付いた血痕を洗い流さないで」

 「(軍政トップの)ミンアウンフラインは前線で死亡した兵士のことを悲しんでなどいない」

 若者たちは祭りを前に、プラカードを掲げた自らの写真をソーシャル・メディアに次々と投稿した。一部メディアは、軍事政権が4月上旬に、ヤンゴンなどで若者ら約100人を逮捕したと報じた。

 軍事政権主導の祭りイベントは予定通りに13日に各地で始まり、テレビで歌や踊りが中継された。しかし、実際にはイベント会場は異常な雰囲気に包まれているようだ。

軍政が企画した祝賀イベントで披露されたダンス(現地からの提供写真)
軍政が企画した祝賀イベントで披露されたダンス(現地からの提供写真)

厳重な警戒の中で行われた水掛け祭り(ヤンゴン、現地からの提供写真)
厳重な警戒の中で行われた水掛け祭り(ヤンゴン、現地からの提供写真)

 ステージが設置されたイベント会場周辺の道路はブロックされ、会場への入口は一箇所だけで周辺には土嚢が積み上げられ、武装した兵士たちが目を光らせている。

 「危険なので会場に近づきたくない。国軍が爆弾を爆発させるかもしれない」とヤンゴンに住む男性は言う。国軍が「抵抗勢力の残虐行為」を演出するために、爆発事件を起こす可能性があるというのだ。男性のように警戒する市民は少なくなく、ネットメディアによると、今年も市民の大多数が祝賀イベントをボイコットした。

犯罪の重さは同じのはず

 軍祝賀イベントの傍ら、北部や東部では国軍と抵抗勢力や少数民族武装勢力の戦闘が続き、多数の避難民が出ている。しかし市民は、国際社会の関心が一斉にウクライナに向けられていることを知っている。

 「市民虐殺は、国に関わらず重い犯罪のはず。だが実際には各国の国益がどう絡むかで扱いが変わる。米国を中心とした国々の利益が絡むウクライナの状況は大きく取り上げられ、ミャンマーやアフガンでの戦争犯罪や虐殺は内政問題にされてしまう」。ミャンマー人ジャーナリスト、ジンミンマウンはそう分析し、ナポレオンの名言をもじって付け加えた。

 「世界は災難に満ちていて、独裁国家ではなおさらそうだ。しかし災難は独裁者によってもたらされるだけでなく、自国の利益を最優先して沈黙する国際社会のメンタリティによるものでもあると思う」

 ちなみに、国軍によるクーデター後も武器輸出を続け戦車などの製造支援をしていた国の一つはウクライナである。

(了)

ジャーナリスト、アジア政経社会フォーラム(APES)共同代表

元共同通信社記者。2000年代にプノンペン、ハノイ、マニラの各支局長を歴任し、その期間に西はアフガニスタン、東は米領グアムまでの各地で戦争、災害、枯葉剤問題、性的マイノリティーなどを取材。東京本社帰任後、ロシア、アフリカ、欧米に取材範囲を広げ、チェルノブイリ、エボラ出血熱、女性問題なども取材。著書「人はなぜ人を殺したのか ポル・ポト派語る」(毎日新聞社)、「愛を知ったのは処刑に駆り立てられる日々の後だった」(河出書房新社)、トルコ南東部クルド人虐殺「その虐殺は皆で見なかったことにした」(同)。朝日新聞withPlanetに参加中https://www.asahi.com/withplanet/

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