投降者には妊娠した女性兵士も…離脱希望者が増えるミャンマー軍の実状と、抵抗勢力の若者たちの今
「兄さんたち、どうか私たちに協力してください。こんな戦いはしたくないのです」。クーデターを起こした国軍と抵抗勢力が激しい戦闘を繰り広げているミャンマー中部マンダレー管区。国軍基地を制圧した抵抗勢力の若者が、国軍兵士に投降を呼びかける。兵士らが応じると、彼らを讃える拍手が沸き起こった。そんな場面を記録した動画が、市民の共感を呼んでいる。
呼びかけていたのは、国軍に対抗する民主派勢力、挙国一致政府(NUG)の軍事部門、国民防衛隊(PDF)のマンダレー部隊。
PDFには6万5千から10万に上る若者が入隊しているとされ、少数民族武装勢力の指導を受けるなどし全国各地で国軍に挑んでいる。NUGは2023年、首都ネピドーと、第2の都市マンダレーを擁するマンダレー管区での軍事作戦強化を決めた。マンダレーPDFは少数民族武装勢力、タアン民族解放軍(TNLA)などと協力しながら6月下旬、国軍の激しい空爆を受ける中で防空大隊司令部を含む約30の国軍基地を制圧した。
「あなた方を家族の元へ」
動画は、マンダレーPDFが同管区シングーの国軍基地を制圧した際に撮影された。
「私たちは独裁政権と戦っているのであり、国民と戦っているのではありません」「あなた方を家族の元に送ります。危害を加えることはしないと約束します」。語りかけるPDF隊員の脇には、投降して傷の手当を受けた国軍兵士が、立てこもっている同僚の名前を呼ぶようアドバイスしている。
国軍兵士が平服に着替えて投降すると、PDFが歓声と拍手で迎えて握手をし、食事と傷の手当を約束した。PDFのリーダーが「危害を加えたり拷問したりしないことを約束する」と告げた。
動画には、負傷したために所属部隊に置き去りにされた国軍兵士をPDF隊員が手当するシーンも記録されている。
https://www.facebook.com/share/v/6nvJEuW6oQeyrUgf/?mibextid=UalRPS (マンダレーPDFの動画を掲載したMandalay Free Press のFacebook より。戦闘場面があります)
動画を見た人々からは「人間味ある行動で、ミャンマーの未来に希望が持てた」などの声が上がった。
国軍は、自らの兵を尊重しないといわれる。ある抵抗勢力の話によると、投降した戦闘員の中に妊娠した女性兵士もいた。地元メディアによると、タイ国境近くの町をめぐる戦闘で劣勢となり、部隊を撤退させた国軍准将が7月、禁錮14年の刑を受けた。敵に投降したり拘束されたりした経験がある兵士は、軍に戻っても処罰され刑務所行きとなる可能性が高い。こうした国軍の風潮と戦況の厳しさで、兵士の士気は低下しており、離脱を希望する者が増加している。抵抗勢力が制圧した地域に家族がいる場合、投降した兵士は実際に家族の元に送られるという。動画は、国軍兵士の離脱の動きに拍車を掛けるかもしれない。
中部で活動する民主派によると、投降した国軍兵士を家族の元に送るケースは、抵抗勢力の他の部隊でもあるという。
実践訓練と地元民の支援がPDFを強くした
それにしても、クーデターが起きる2021年まで戦闘とは無縁の生活をしていた若者たちの集団、マンダレーPDFが、国軍の基地を次々と制圧できたのはなぜだろうか。
国軍を離脱し、PDFの訓練に当たった「シーガル」と名乗る元大尉は、次のように背景を説明した。
昨年10月下旬、TNLAなど3つの少数民族武装勢力で構成する「3兄弟同盟」が国軍への攻撃を開始した際、マンダレーPDFは予備大隊として戦闘に参加した。この実践訓練で得た経験を基に、今年6月下旬に始まった戦闘ではマンダレー管区の国軍防空大隊を制圧し、ミサイルなどを奪取した。その後、中隊の基地を攻撃し、国軍の大佐や中佐を拘束した。中隊の援護部隊は輸送部隊が主で、戦闘経験に乏しいこともPDF側は把握した上での攻撃だった。マンダレーPDFの大半は地元出身の若者たちで、地形やルートをよく知っていることに加え、地元住民から国軍の動きなどに関する正確な情報を得ていたことも勝利に貢献した。
「極めて戦略的だった」と、シーガル元大尉は語る。
各地で活発なPDFだが、一部の部隊に対し最近、批判の声も上がっている。PDFは少数民族武装勢力と行動を共にする部隊や独自にPDFを名乗る部隊など多数が存在し、NUGは全てを統制できていない。PDFを名乗る者が市民に暴行したりしたケースが明らかになった。
「兵士としての規範を学ばず、武器を持ったことで権力を乱用する者もいる」と戦闘に参加していた30代男性は語った。
ミャンマーの人権団体「政治犯支援協会」(AAPP)は、PDFなど抵抗勢力であっても法に反する行為は「記録している」としており、「しかるべき時が来たら法の裁きを受けなければならない」としている。
国軍への航空燃料売却続く
TNLAやマンダレーPDFなどの抵抗勢力は7月24日、マンダレーから約200キロ北に位置し、ルビー産地として世界的に知られる町モゴックを完全に支配下に置いた。国軍が空爆で反撃する危険性はあったにもかかわらず、多数の住民が通りに出て抵抗勢力を歓迎したという。
各地で劣勢にある国軍は、巻き返しを狙って無差別空爆を強めている。国連によると、今年6月までに行われた無差別空爆は、前年の5倍。ミャンマーのNPO 「Nyan Lin Thit Analytica」によると、国軍の空爆は2024年に入って連日のように行われている。1月から4月の間に記録されたものだけで819回あり、死者は少なくとも359人に上った。昨年1年間の死者613人の半数以上に相当している。
国軍は、「抵抗勢力の拠点となっている」とみて学校や病院を標的とするため、子どもの犠牲が増えている。北部シャン州チャウメでは7月、僧院とホテルが空爆の被害を受けた。
国軍と抵抗勢力の戦闘に巻き込まれる民間人も増え、国連によると、安全な地を求めて国内避難民となった人は7月1日付で320万人に膨れ上がっている。ソーシャルメディアには、車椅子の住民や尼僧が破壊された橋を越える様子や、白旗を掲げた多数の民間車両が立ち往生する様子を撮影した写真や動画がアップされた。
病院が爆撃された町では、負傷者や病人の治療は民家で行われているという。中部で活動する医師らによると、マラリアや肝炎が蔓延しているが治療薬が全く足りていない。国軍は各地の道路を封鎖しているために、「医薬品や食糧などの支援物資を手に入れることが極めて難しい」という。「それでも住民の抵抗の意志はこれまでになく高い」と30代男性はきっぱりと言った。
無差別空爆を阻止しようと、米国は昨年8月、戦闘機などに使う航空燃料をミャンマー国軍に売却している外国の企業や個人を制裁対象にした。国連は、同様の措置を取るよう国際社会に呼び掛けているが、国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」は7月、国軍は複数の外国企業から航空燃料を輸入しているとの調査結果を発表した。
(了)
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