なぜ「ストロングゼロ」が人気なのか
筆者はすでにタバコを止めているが、アルコールは週に2、3日飲む。それくらいの休肝日を作ってはいるが、飲み始めると適度の量で止められない。雰囲気を楽しむというより、酔うために飲むという理由のほうが強いからだろう。今日は成人の日でもあり、20歳になって酒を初めて飲む人もいるかもしれない。
強い第3のビールが人気
ところで、いわゆる「キックのある酒」つまりアルコール度数の高い酒がブームだという。サントリーの缶チューハイ「ストロングゼロ」もその代表格で、Twitter上では「ストロングゼロ文学」なる言葉遊びも流行っている。多種多様な社会的ストレスにさらされる現代人が、ひとときの心のよりどころをストロングゼロに求めたつぶやきなのだろうか。
このストロングゼロ、糖類ゼロ・プリン体ゼロらしい。いろいろな果実をアルコールに漬け込んで果実の香りをつけた浸漬酒(しんせきしゅ)に実際の果汁を加えたアルコール分9度のチューハイだ(ビールは5.5度前後)。この浸漬酒は先行発売した同社「こくしぼり」(アルコール分6度)で使用され、ストロングゼロはこれよりアルコール度数が高い。ちなみに、これらチューハイは発泡性リキュール(スピリッツ)でアルコール分10度未満のものをいう。
前述したストロングゼロ文学などを読んでいると、価格が安く気軽に酔えてストレスが解消される、といった内容が多い。また「ゼロ」にからめて「虚無」や「孤独」といったネガティブな状況を揶揄的自虐的に楽しんでいる様子もうかがえる。
若い世代の酒離れが取りざたされて久しいが、Twitter上などで交わされているつぶやきをみていると、一人飲みや宅飲みなどではまだ酒を飲む人は少なくないのではと思う。酒を飲まないというより、酒席を避けるといった感じなのだろうか。
また、ストロングゼロを自宅に帰ってから一人で飲んでいる自分を客観視しつつ揶揄的自虐的につぶやく姿からは、通勤時間も含めて職場で強いストレスにさらされている社会人が浮かび上がってくる。「#metoo」もそうだが、資本主義が高度に発達し、差別やハラスメントが横行する非人間的な社会で、我々は多種多様なストレスに囲まれているともいえる。
ストレスや景気との関係は
社会的なストレスとアルコール消費量については多くの研究があるが、アカゲザルでの実験では母親から早く離別させられて同年代らだけと一緒に成長した個体群は、そうでない個体群よりアルコール消費量が多くなり、そうでない個体群でも強いストレスを加えるとアルコール消費が中毒にいたるまでになることがわかっている(※1)。
また、社会が経済危機に陥るとアルコール消費量に影響を与えることも知られている。リーマンショック(2008〜2009年)時の米国のアルコール消費量を調べた研究(※2)によれば、雇用を喪失するなどした女性はそうでない女性より41〜70%も多く飲酒し、リーマンショックにより退職後の資金を喪失した高齢者もそうでない人たちより42%も多く飲酒したことがわかっている。
一方、こうした研究を比較評価したシステマティックレビューによれば、社会の景気動向や経済状態がアルコール消費を増やす傾向もあれば、抑制する傾向のどちらもあるようだ。オランダのアムステルダム大学などの研究者が1990年1月1日から2014年5月1日までの35の研究を調べてみたところ、雇用喪失や所得の減少などの不安から酒に手を伸ばす心理的な傾向と同時に予算の関係から飲酒を控える経済的な傾向があり、特に飲酒量を増やす傾向があるのは男性に顕著だったという(※3)。
社会階層と飲酒との関係は
ノルウェー公衆衛生機構などの研究者がノルウェーの成人男女20万7394人を対象に行った疫学調査(※4)によれば、アルコール飲酒の頻度が心血管疾患の死亡リスクに影響を与えたという。週に2〜3回程度の中程度の飲酒は心血管疾患の死亡リスクが低いが、これが週に4〜7回になるとリスクが明らかに高くなった。
この結果は意外ではないが、これらの対象者を住環境や電話機の数、家計の状況など20項目から社会的な階層(life course socioeconomics position)別に分けたところ、低階層の飲酒者は飲酒以外の多くのリスクがあり、飲酒頻度が高い低階層者でリスクが最も高かった。また、ほとんど飲まない(まれな飲酒)よりも中程度の飲酒のほうがリスクが低く、中程度飲酒の低リスクは高階層の調査対象者に目立ったという。
研究者は、食事や運動、喫煙など他の生活習慣が悪ければ、仮に飲酒を控えても健康状態は改善されない(※5)ことが示唆されるといい、もちろん低階層者の高い頻度の飲酒を除いて、それは社会的な階層の上下とはあまり関係がないのではないかと主張している。社会的階層は社会的なストレスとも無関係ではないが、この研究によると少なくとも心血管疾患の死亡リスクと社会的階層の相関関係を論じるのは早計ということになる。
今の日本でなぜストロングゼロのような度数の強いアルコールが人気なのか、これらの研究から類推すれば、経済状態が少しは上向いてきて酒に手を伸ばすくらいの余裕はあるのにもかかわらず、依然として多種多様なストレスにさらされ、その主な原因と考えられる人間関係の煩わしさから一人で安くても度数の高いチューハイを宅飲みして嫌なことを忘れたい、ということになるだろうか。
だが、アルコール飲酒と誤飲では、毎年世界で約330万人が死んでいる(※6)。テレビCMやネット上で強い酒を飲む爽快感がうたわれているが、アルコールは飲み過ぎると依存症になりかねない。もちろん喫煙と同じで飲酒も20歳からだ。
また、飲酒直後の睡眠は、心拍数や血圧が下がらずに深く眠れず、睡眠障害につながる危険性がある。先日も英国の科学雑誌『nature』にアルコールがDNAを壊し、がんのリスクを高めるという論文(※7)が出た。酒は百薬の長などというが、なにごとも適量が大事だ。ストロングゼロもほどほどにしたほうがいい。
※筆者は当該商品製造企業となんの利害関係もありません。
※1:J D. Higley, et al., "Nonhuman primate model of alcohol abuse: Effects of early experience, personality, and stress on alcohol consumption." PNAS, Vol.88, No.16, 1991
※2:Nina Mulia, et al., "Economic Loss and Alcohol Consumption and Problems during the 2008-9 U.S. Recession." Alcoholism, Clinical and Experimental Research, Vol.38(4), 1026-1034, 2014
※3:Moniek C. M. de Goeij, et al., "How economic crises affect alcohol consumption and alcohol-related health problems: A realist systematic review." Social Science & Medicine, Vol.131, 131-146, 2015
※4:Eirik Degerud, et al., "Life course socioeconomic position, alcohol drinking patterns in midlife, and cardiovascular mortality: Analysis of Norwegian population-based health surveys." PLOS Medicine, Vol.15(1), 2018
※5:K Bloomfield, et al., "Social inequalities in alcohol consumption and alcohol-related problems in the study countries of the EU concerted action'Gender, Culture and Alcohol Problems: a Multi-national Study'." Alcohol Alcohol Suppl, Vol.41(1), i26-36, pmid:17030500, 2006
※6:Jurgen Rehm, et al., "Global burden of disease and injury and economic cost attributable to alcohol use and alcohol-use disorders." THE LANCET, Vol.373, No.9682, 2223-1133, 2009
※7:Juan I. Garaycoechea, et al., "Alcohol and endogenous aldehydes damage chromosomes and mutate stem cells." nature, doi:10.1038/nature25154, 2018