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オスカーの人気映画部門新設は、名案か、あるいは史上最悪のアイデアか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
視聴率が低迷する中、アカデミーは人気の映画にもオスカーを与えると決めた(写真:Reuters/AFLO)

 マーベルのスーパーヒーローや「スター・ウォーズ」映画が、ついにオスカーを取るかもしれない。とは言っても、最優秀作品賞ではなく、最優秀“人気映画”賞だ。

 米西海岸時間8日(水)、アカデミーは、会員に送ったメールで、この新しい部門を作ることを通告した。部門の名前は正式に決まっておらず、何をもって“人気映画”とするかの基準も明らかではない。狙いは、人々にもっとオスカー中継を見てもらうこと。アカデミー賞授賞式番組の視聴率は落ち続ける一方で、今年は史上最低を記録した。一般人に愛された映画が候補入りすれば、人は応援したくてテレビをつけるはずだというのが、アカデミーの考えだ。

 実際、過去最も視聴率が高かったのは、「タイタニック」が作品賞を取った年だった。それ以後も、「グラディエーター」「ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還」など、興行面でも大成功した映画が作品賞を取ったことはある。しかし、そういった例は稀で、ここ5年の作品賞受賞作は、「それでも夜は明ける」(北米興収5,600万ドル)、「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」(同4,200万ドル)、「スポットライト 世紀のスクープ(4,500万ドル)、「ムーンライト」(2,700万ドル)、「シェイプ・オブ・ウォーター」(6,300万ドル)など、小粒なものばかりだ。製作予算自体が低いため、どれも立派に利益は出ているのだが、大きな視点から見ると、これらは大型娯楽作品が公開最初の3日で売り上げる数字にも満たないレベル。参考のために挙げると、「アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」の北米公開初週末の売り上げは2億5,700万ドル、「ジュラシック・ワールド/炎の王国」は1億4,800万ドルである。

 そもそも、過去には5本だった作品部門の枠が現在の最大10本にまで拡大された理由も、一般人に人気のある映画が入れる余地を作るためだった。きっかけとなったのは、批評家からも高く評価された「ダークナイト」(2008)が、「オスカー候補入りに値する」と言われながら5本の枠に入らなかったことだ。枠が増えた効果はある程度あり、その後はSF映画「第9地区」、アクション大作「マッドマックス 怒りのデス・ロード」、今年もホラー映画「ゲット・アウト」が食い込んでいる。

 しかし、現実にはそのどれも受賞には至らなかった。その間も、オスカー離れは加速していっている。オスカー以外の授賞式番組も視聴率低迷に悩んでいるのだが、とは言っても、このまま手をこまねいているわけにはいかない。そこで出てきたのが、この新部門というわけだ。

「人気映画部門」で我慢しろというのは侮辱ではないか

 先に述べたように、“人気映画”の定義が何なのかは、まだはっきりしていない。しかし、興行成績が基準になるであろうことは大方が予測するところである。つまり、これまでオスカーとは無縁だったスーパーヒーロー映画の関係者も、来年のこの日には、ドルビーシアターのレッドカーペットを歩くことになるかもしれないのだ。

 しかし、果たしてこれはオスカーにとっても、作品にとっても、いいことなのだろうか?

 部門の名前が何であれ、オスカー像をもらえるならいいという考え方も、たしかにあるだろう。だが、作品部門がこれまで同様に存在する以上、これはどこから見ても格下の部門で、「本当のオスカーはあげたくないけど、こっちならいいか」という意味合いがあるのは、否定できない。それを侮辱と受け止めるフィルムメーカーも、いるかもしれない。

 たとえば、革命的な意味を持つ作品として絶賛された「ブラックパンサー」は、今年2月の北米公開時から、来年のオスカー作品部門に候補入りするべきだと騒がれてきた。だが、この新部門が設立されてしまったら、そちらの受賞に落ち着くことになるのではと危惧される。アカデミーは、メディアに対し、「同じ映画が人気映画部門と従来の作品部門、両方に候補入りすることは可能」と述べているものの、投票者の頭の中では、「この映画はこっちに入れてあげるから、もういいだろう」という心理が働くかもしれないからだ。実際、アニメ部門ができて以来、アニメは作品部門に候補入りされにくくなっている。

 また、“人気映画部門”で何が受賞するのかにおいても、一般人が投票するピープルズ・チョイス・アワードなどと違い、アカデミー特有のエリート意識が関係してきそうである。仮に、この部門が今年のオスカーから始まっていたとしよう。その場合、候補作はざっと「ワンダーウーマン」(Rottentomatoes.comで92%、北米興収4億1,700万ドル)、「猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)」(同93%、1億4,600万ドル)、「ゲット・アウト」(99%、1億7,600万ドル)、「ダンケルク」(92%、1億8,800万ドル)、「LOGAN/ローガン」(93%、2億2,600万ドル)、「マイティ・ソー バトルロイヤル」(92%、3億1,500万ドル)、「スパイダーマン:ホームカミング」(92%、3億3,400万ドル)あたりではないかと思われる。その場合、アカデミーが選ぶのは、おそらく、クリストファー・ノーランの戦争映画「ダンケルク」で、ユーモアもアクションもたっぷり、さらに女性パワーを見せつけた画期的な「ワンダーウーマン」は、やはりここでも逃すのではないだろうか。そうなったとして、業界内で強く尊敬され続けてきているノーランは、たとえ“人気映画”としてでもオスカーをもらえたことを喜ぶのだろうか。それとも、お茶を濁されたと思うのだろうか。また、こういうことが続けば、一般のファンは、アカデミーの価値観はやはりずれていると、そっぽを向いてしまうのではないか。

業界内でも賛否両論

 アカデミーの通告を受け、映画歴史学者のマーク・ハリスは、「‘人気映画’部門は隔離地区。人は実際、そのように受け止めるはず」「人気の映画に対する賞は、すでにある。お金という賞だ」など、多数の批判コメントをツイッターに投稿している。ロブ・ロウも、「オスカー人気映画部門を発表したこの日は、映画業界が死んだ日。もう何年も病気だったけれど」「これは、僕に白雪姫とデュエットさせて以来、アカデミーが思いついた最悪のアイデア」と、強く批判した。

 一方で、「ゲット・アウト」「スプリット」「パージ」など低予算のホラーを成功させて来たプロデューサーのジェイソン・ブラムは、「The Hollywood Reporter」に対して、「これは授賞式番組に刺激を与えるだろう。いいことだ。オスカーは時代に合っている、人が見たいと思うものでなければ」と語っている。また、この4月、視聴率の低下、建設中の映画ミュージアムのコストなどの問題のほか、多様性を推し進めるがために会員のレベルを下げたことなどを批判してアカデミーの理事会から辞任した大物プロデューサーのビル・メカニックも、「L.A. Times」に対し、「とてもポジティブな第一歩。組織の中で変化を起こすのはとても大変。それだけに、ジョン(・ベイリー;プレジデント)、ドーン(・ハドソン;チーフ・エグゼクティブ)、理事会に大きな拍手をしたい」と述べた。

 視聴率を上げるための小さな変化ならば、アカデミーは何度も起こしてきている。作品部門の数を増やしたこともひとつなら、授賞式のホストにアン・ハサウェイとジェームズ・フランコのコンビやセス・マクファーレンなどを選んで若い人たちにアピールしようと試みたこともそうだ。そのどれも、視聴率アップにはつながっていない。

 今回のこの小さな変化はこれまでと違う魔法を起こしてくれると、アカデミーのトップは本当に思っているのか。何よりもまず、そのこと自体が疑問である。いずれにしても、来年のオスカーは、これまでとは少し違ったものになりそうだ。それがどれくらい違うのか、また、いい意味で違うのかは、今はまだわからない。

 

 

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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