Yahoo!ニュース

櫻井氏会見「産経は訂正していますよね」は事実誤認 産経は明確に訂正せず

楊井人文弁護士
産経新聞ニュースサイト2016年4月23日掲載

【GoHooレポート4月24日】「慰安婦記事を捏造した」などの指摘で名誉を傷つけられたとして、元朝日新聞記者の植村隆氏がジャーナリストの櫻井よしこ氏などを相手損害賠償と謝罪記事の掲載などを求めた訴訟で、産経新聞は4月23日、ニュースサイトに櫻井氏の会見詳報を5回に分けて掲載した。その中の3回目で、櫻井氏の発言を引用する形で「産経は訂正していますよね。最後までしなかったのは朝日と植村さん」という引用符付きの見出しを掲載。しかし、産経新聞はこれまで、自社が出した慰安婦問題報道に関し、2014年8月と昨年8月に釈明記事を掲載したことがあるが、明確に記事の誤りがあったと認めたり、訂正する旨を明言したことはない。

産経ニュースサイトの記事によると、櫻井氏の会見では、記者が「女子挺身隊の名のもとに戦場に連行され」という表現が産経新聞など他紙にもあったことについて、これらも「捏造である」と論評するかどうかを質問。これに対し、櫻井氏が「産経新聞などは秦さんのレポートが出た後、いろんな場面をとらえて訂正していますよね。読売新聞だって同じだと思いますよ。だけども最後まで、というか2014年までしなかったのは朝日新聞と植村さんではないですかと私は問うているわけです」と答えていた。

これについて、産経ニュースサイトは、櫻井氏の発言を見出しに取り、産経が朝日より先に訂正を出していたかのように強調したが、正確な事実関係について特に注釈もつけていなかった。このため、櫻井氏の発言どおり、産経が過去の記事を訂正した事実があるかのような誤解を与える可能性が高い。

産経新聞が過去の慰安婦報道に関して読者に説明した記事(全文)

産経新聞2014年8月6日付朝刊3面
産経新聞2014年8月6日付朝刊3面
産経新聞2015年8月4日付朝刊3面
産経新聞2015年8月4日付朝刊3面

朝日新聞は、2014年8月5日付朝刊で過去の慰安婦報道の検証記事を掲載。その中で、戦時下の朝鮮で女性を慰安婦にするため強制連行したとの故吉田清司氏の証言を「虚偽」と判断したとして16本の記事を取り消すと発表。慰安婦と女子勤労挺身隊を混同した表現も、両者は「まったく別」であり「誤用」だったとの見解を示した(参照=【旧GoHooレポート】(1)(2))。朝日は、1992年3月にソウル特派員のコラムで慰安婦と女子挺身隊の混同を指摘し、1997年3月の特集で故吉田氏の証言について「真偽は確認できない」としたが、いずれも2014年8月まで訂正の措置はとられなかった。

一方、産経新聞は、朝日が検証記事を出した日の翌日朝刊で、平成5年(1993年)の大阪本社版に掲載した「人権考」と題した連載記事に、故吉田氏の証言を取り上げた回があったことを認めた。しかし、記事の掲載日や見出しは明記せず、証言の信憑性に疑問の声があることも指摘していたなどと弁明しただけで、訂正の措置はとらなかった。

さらに、昨年、植村氏が産経新聞記者のインタビューで、他の慰安婦関連記事にも「強制連行」などの表現があったと指摘(参照=産経ニュースサイトの記事)。これを受け、産経は昨年8月4日付朝刊で、朝日新聞が検証記事を掲載して1年を迎えて特集した記事の中で、1991年9月3日付、同年12月7日付、1993年8月31日付の3本の記事(いずれも大阪本社版)について、「『挺身隊』の名の下に、従軍慰安婦として狩りだされた」といった表現などがあったと認める小さな記事を掲載。だが、いずれも韓国人が発言した説明を伝えたものであるなどと弁解し、明確な訂正の措置はとらなかった。産経は、昨年8月4日付記事が過去の記事を「訂正」するものかと植村氏が質問したのに対し、「個別の記事に関することはお答えできません」と明言しなかった(週刊金曜日2015年12月11日号)。

なお、産経は、故吉田氏の証言に重大な疑義があるとの歴史学者・秦郁彦氏の指摘を1992年4月に報じ、以後「強制連行」に否定的な報道を続けていたものの、朝日が2014年8月に検証記事を出すまで、産経が自ら過去の記事を検証した形跡はこれまでに確認されていない。

さらに、櫻井氏が言及した読売新聞も、朝日が検証記事を出した日の翌日朝刊で「本紙、繰り返し誤り正す」との釈明記事を掲載した。自社が過去に訂正記事を出したとの説明はなく、この時も訂正の措置はとられなかった。

北海道新聞は、朝日が検証記事を出してから3ヶ月以上たった2014年11月17日付朝刊で、いわゆる「吉田証言」報道を初報のみ取り消す措置をとったことを明らかにしている(既報あり=【GoHooレポート】道新 慰安婦強制連行「吉田証言」初報のみ取消し)。

産経ニュースサイトに掲載された櫻井氏の会見詳報の一部は、以下のとおり。

--私が伺いたいのは「女子挺身隊の名のもとに戦場に連行され」という言葉使いは産経新聞や北海道新聞や読売新聞でも同様の記事を出されているんですが、これについても捏造であるという風に論評されますか

代表弁護士「さきほどからずっとお話してきたことなんですけどね」

--櫻井さんに…

櫻井氏「ほかのところは確かに間違っていた時期もありますが、ちゃんと後にそれを訂正していますよね。産経新聞などは秦さんのレポートが出た後、いろんな場面をとらえて訂正していますよね。読売新聞だって同じだと思いますよ。だけども最後まで、というか2014年までしなかったのは朝日新聞と植村さんではないですかと私は問うているわけです。この長い年月の間に日本国と日本人がどれだけ不名誉な濡れ衣を着せられていたかということを考えてくださいと言っているわけですね」

出典:産経新聞ニュースサイト2016年4月23日掲載、「櫻井よしこ氏会見詳報(3)『産経は訂正していますよね。最後までしなかったのは朝日と植村さん』」

弁護士

慶應義塾大学卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHoo運営(2019年解散)。2017年からファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年『ファクトチェックとは何か』出版(共著、尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。2022年、衆議院憲法審査会に参考人として出席。2023年、Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット賞受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

楊井人文の最近の記事