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藤井風、中村佳穂、まふまふ――。演出刷新の『紅白』は、新たなスターの輝く場となった

柴那典音楽ジャーナリスト
(番組ホームページから)

『第72回NHK紅白歌合戦』が開催された。

「Colorful~カラフル~」をテーマに掲げ、東京国際フォーラムをメイン会場に生中継で行われた今回の紅白。2年ぶりに観客を入れての開催が実現したが、事前の報道では「目玉がない」という声も散見された。

実際のところはどうだったのか。

舞台美術に力を入れ、歌の力をまっすぐに届ける

率直に抱いた感想は、紅白が「今の時代における歌番組」として至極真っ当にスケールアップしている、というものだった。

前回の紅白では、それまでの定番となっていたお祭り騒ぎ的なコラボ企画を減らし、歌を聴かせることに力を入れた演出が目立っていた。コロナ禍の無観客で出演者同士の密を避けるという意図もあったが、この番組構成が好評を集めたことも大きかったのだろう。有観客となった今回も、その基本的な方向性は変わっていなかった。恒例となった三山ひろしの「けん玉ギネス挑戦」をのぞけば、歌唱より衣装やチャレンジの話題性で目を引くような企画はほぼゼロ。きらびやかなダンサーたちと出演陣が一堂に会して踊った松平健の「マツケンサンバII」は大きな盛り上がりを見せ、アニメ・ゲームとのコラボ企画も目を引いたが、演歌歌手の背後でアイドルグループが踊ったりするような賑やかしのエンタメ演出はほとんど見られなかった。

その一方で、舞台美術や映像技術にはかなり力が入っていた。メインステージではフラワーアーティストの東信がプロデュースした色鮮やかな装花が飾られ、東京国際フォーラムのホールだけでなくロビーや屋外空間も舞台に使った多角的な演出が実現。一方、NHK放送センターからの中継では、NiziUやPerfume、最新技術を駆使した坂本冬美など、映像演出を徹底。薬師丸ひろ子とオーケストラとの共演も印象的だった。

曲目からメドレーが減ったことも功を奏し、全編を通して「歌の力をまっすぐに届ける」という番組の意図が伝わる紅白になったのではないだろうか。

ピアノと歌だけで場を掌握した藤井風の“自然体”

ここからは印象に深く残ったパフォーマンスについて書いていきたい。

何より今年の紅白の主役となったのは、初出場のシンガーソングライター、藤井風だろう。

まずはこれまで自身のYouTubeチャンネルで数々の演奏動画をアップしてきた岡山の実家を舞台に「きらり」を披露すると、映像が会場に切り替わりステージに登場。突然のサプライズに司会の大泉洋や川口春奈までも驚く中、「燃えよ」をグランドピアノの弾き語りで歌った。色気あふれる歌とダイナミックな演奏で、派手なことは一切していないのに目が離せなくなる、息を呑むようなパフォーマンスだ。

さらには大トリのMISIAの場面でも藤井風がサプライズ登場した。MISIAが「明日へ」を歌い終えると、続く「Higher Love」で脇でピアノを弾きハーモニーも響かせる。初出場にして紅白を締めくくる大役を堂々とこなした。

2020年1月のメジャーデビューから瞬く間に頭角を現し、すでに全国アリーナツアーも実現とブレイクの渦中にある藤井風。人気と評価を高めてきた理由はピアノ一本で魅了する抜群の歌唱力と高い演奏能力、そして飄々とした自然体のキャラクターにある。そうした彼の魅力を存分に伝えるパフォーマンスで“新たなスターの登場”を強烈に印象づけた。

millenium paradeと中村佳穂が生み出した”異世界”

millenium parade×Belle「U」も鮮烈なパフォーマンスだった。

細田守監督のアニメーション映画『竜とそばかすの姫』のメインテーマとして書き下ろされたこの曲は、常田大希率いる音楽集団millenium paradeが演奏し、主人公のすず/ベル役に抜擢されたシンガーソングライターの中村佳穂が歌唱。目を見張ったのはその演出だ。映画に絡めたアニメーション映像は一切なし。黒装束に真っ赤に光る目をしたパーカッション隊を含む大編成のバンドに乗せて、妖艶な衣装に身を包んだ中村佳穂が自由自在な歌声を響かせる。ダークな映像や照明もあいまって、鳥肌が立つような“異世界”を紅白の舞台に現出させた。

中村佳穂はこれがテレビ初歌唱。すでにその飛び抜けた才能は音楽シーンで高い評価を集めているが、これを機に彼女を“発見”した人も多いだろう。記憶に強く刻まれるパフォーマンスだった。

まふまふ、YOASOBIがインターネットからJ-POPの真ん中へ

初出場のまふまふも、大きな爪痕を残した一人だ。

「インターネットからきました」という自己紹介と共に登場した彼は、動画共有サイトにボーカロイド楽曲を投稿する「歌い手」としてネットカルチャーを牽引してきた存在。包帯でマイクを手に巻きつけ歌ったのはボカロP・カンザキイオリが書き下ろしたボーカロイド楽曲「命に嫌われている」だ。歌詞のメッセージ性も、強烈なハイトーンボイスも、インパクト抜群。EVEやAdoなどネットカルチャーから人気を広げたシンガーがJ-POPのメインストリームで活躍する2021年を象徴するような出場だった。

そして、やはりネットカルチャー発のユニットとして大きな飛躍を果たしたのがYOASOBIだ。

テレビ初歌唱の緊張が画面越しにも伝わってきた前回の紅白から1年。2年連続の出場となる今年はYOASOBI with ミドリーズ名義の「ツバメ」と、オーケストラとダンサーなど200人以上を従えた「群青」の2曲を披露。特に迫力たっぷりの大合唱を聴かせた「群青」は、地上波の音楽番組で引っ張りだこになり、今の音楽シーンを代表する存在になった今のYOASOBIの風格を感じさせるパフォーマンスだった。

氷川きよしの熱唱が放つメッセージ性

氷川きよしの存在感も強烈だった。

これまでオリジナル曲を中心に披露してきたが、今回の紅白では美空ひばりの「歌は我が命」をカバー。スパンコールの入った黒い衣装を身にまとった氷川きよしは「自分を出せるようになって、充実した一年でした」とコメントし、赤いバラのついたマイクを握り熱唱。正面から少しずつクローズアップしていくカメラワークも含めて、目が釘付けになるような数分間だった。

「Colorful~カラフル~」という番組のテーマには、コロナ禍で暗い日々が続いたことから「世の中を少しでも彩りたい」という思いと「多様な価値観を認め合おう」というメッセージが込められているという。そこにはジェンダーやセクシュアリティを巡る旧来の価値観から脱却し『紅白歌合戦』という番組自体をアップデートしていく意図が感じられる。氷川きよしは、そのメッセージ性を存在自体を通して最も体現していた一人と言っていいだろう。

初出場組が多く、世代交代も進んだ今年の紅白。年配層にとっては馴染みがない面々も多かったかもしれない。が、そこにあったのは大きな変革の意志だった。そして、終わってみれば、今の紅白が「新たなスターが輝く場」になりつつあることが、最も強く印象に残った。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

音楽ジャーナリスト

1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。京都大学総合人間学部を卒業、ロッキング・オン社を経て独立。音楽を中心にカルチャーやビジネス分野のインタビューや執筆を手がけ、テレビやラジオへのレギュラー出演など幅広く活動する。著書に『平成のヒット曲』(新潮新書)、『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『ボカロソングガイド名曲100選』(星海社新書)、『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。

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