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『M-1』さや香は最終決戦でなぜ「見せ算」をやったのか、優勝以上に追い求めた「漫才師としての生き様」

田辺ユウキ芸能ライター
(C)M-1グランプリ事務局

12月24日に開催された『M-1グランプリ2023』決勝戦の最終決戦で披露された、さや香のネタ「見せ算」が日を追うごとに話題性を増している。

同ネタは、足し算、引き算、掛け算、割り算の「四則演算」に加え、数字同士が出会ったときにそれぞれの数字がどんな感情になるかを考える演算方法「見せ算」について、新山がほぼ独演で説明するものだった。

さや香の「見せ算」は最終決戦で0票と審査員の支持を集めることができず、決勝3位に。19代王者の座は令和ロマンがつかんだ。

「見せ算」は構造としてすばらしいネタ、ただ『M-1』では理解が得づらかった

「見せ算」は一度観ただけでは、おもしろさが掴みきれないネタだ。

しかし石井が「どういう世界観やねん」とツッコミをいれるなど観る者の気持ちを代弁するキーワードが要所に織り込まれていたり、白熱した新山がジャケットを石井の顔も見ずにパスした上に、マイク位置から大きく外れてしゃべっていることを指摘されると「漫才にとって大事なのは立ち位置じゃないんですよ、掛け合い」と相方の存在をほぼ必要としない同ネタのスタイルを棚に上げて言ったり、いろんな皮肉が込められていてネタ構造としてすばらしいものだった。

ただ、瞬発的に笑えるもの、爆発力があったりするものが好まれる『M-1』では明らかに不向き。理解が得づらいネタである。審査員の山田邦子も番組終了間際に「最後のネタは全然良くなかった」とはっきりとコメント。番組視聴者らも「なぜあのネタをチョイスしたのか」と疑問の声をあげている。最終決戦では誰もが“あ然”としたはずだ。

なによりさや香は前評判では圧倒的な一番人気だった。その期待に応えて、2022年大会に続いてファーストラウンドを1位通過。それでも大一番で難解なネタ「見せ算」をぶつけたのは、さや香が「自分たちらしさ」を追い求めた結果なのではないか。優勝以上に、「漫才師としての自分たちの生き様」を見せることを選択したからだと考えられる。

2021年にボケとツッコミの役割を入れ替えて再び『M-1』決勝へ

12月25日放送『news おかえり』(ABCテレビ)では、新山が「『見せ算』を2本目でやると先に決めまして。今年(2023年)の1月くらいに。そこにたどりつける1本を作ってて」と、大会前から「見せ算」で勝負をかける腹づもりだったと語っていた。

また12月26日、情報番組『DayDay.』(日本テレビ系)出演時、新山は「攻めたというか、好きなネタで、今まで(大会中に)ボケ、ツッコミを入れ替えるコンビは過去ほとんどいないので。びっくりさせたいというか。挑戦しようと思ったら、びっくりされただけで終わった」と振り返り、石井は「全員の眉間にシワがはいっていた」と審査員が困惑顔になったのが分かったと明かした。

さや香はもともと新山がボケ、石井がツッコミだった。結成3年目の2017年に『M-1』ファイナリストとなったが、そのあとの3年はすべて準々決勝止まりで足踏みした。くすぶりを打破したのが2021年夏頃、役割を入れ替えたことだった。新山がツッコミ、石井がボケを主に担うようになった。

その効果はすぐにあらわれ、同年は準決勝へ進出。さらに2022年大会では決勝へ進んだ。2022年の決勝戦ではファーストラウンドで「免許返納」、最終決戦で「男女の友情」のネタを披露し、2023年大会決勝のファーストラウンドでは「ホームステイ」を見せた。いずれも理不尽なことを言い出す石井に、新山が詰め寄りながらツッコミをいれる。両者の攻防戦が大きな見どころとなった。

「『M-1』仕様のさや香」ではなく、「さや香らしさ」で勝負した格好良さ

熱気と勢いで観る者を巻き込んでいく激しいぶつかり合いは、まさに『M-1』のムードにぴったりハマるスタイルだった。だからこそ2年連続でファーストラウンドをトップで通過することができ、2022年大会は準優勝までのぼりつめたのだろう。役割の入れ替えにともない、ネタもさらにおもしろくなった点を考えると、2022年、2023年は「『M-1』仕様のさや香」だった。

ただそれが「さや香らしさ」かと言われたら、実はそうではなかったのではないか。『news おかえり』で「見せ算」を勝負ネタとしてぶつけたことについて、新山が「悔しさはないです。決めてた通りにやったんで」、石井も「思ってたことを2人でやった」と話していた。つまり「『M-1』仕様の自分たち」ではなく、「自分たちらしさ」を示すための選択だったのだ。

2021年の敗者復活戦では、同じく数字を使ったネタ「からあげ4」が波紋を呼んだ。これは「からあげ」が「4文字」であることから「からあげは4」と力説する新山に、石井が何気なく「からあげ」と言うと「それ(その発音)は3だ」など難癖をつけていくもの。誰にも理解されない世界観をゴリ押しする新山と、呆気にとられる鑑賞者。司会の陣内智則も「このネタで勝ち進む気はあるのか」と反応に困っていた。しかしこの点も、今回の「見せ算」披露後の光景と重なる。

2021年の敗者復活戦で波紋を呼んだ「からあげ4」への絶対的自信

WEBメディア『Number Web』のインタビュー記事では、2021年大会の敗者復活戦について新山が「僕ら、優勝を狙っているわけじゃないと思うんですよ。それよりも、早く終わりたいというか、終わり方を探しているというか。優勝したら優勝したで仕事が増えたりと、いいことはあるんでしょうけど、M-1チャンピオンとして漫才やらないとダメというのも嫌やなと思ったり」と話していた。

さらに「からあげ4」のチョイスは「勝ちにいったつもりです」としながら、「ただ、広く票を獲りに行くのではなく、コアな層をしっかりつかみに行こうという作戦でした。まともにいったら、有名どころに勝てるわけないと思ったので。そうしたら、笑ったけど入れられへん、みたいなコメントがあったんですよ」「結局、M-1を観ている人たちって、漫才としてどうだとか、考えちゃうんでしょうね。あのネタ、絶対おもしろいんですけどね」と周囲との温度差を実感したと言っていた。

石井は同インタビューで「僕は負けたけど、めっちゃ楽しかった」と、広い理解は得られなくても自分たちらしい漫才として充実感があったと回想。そう、この言葉こそがさや香の漫才師としての生き様。「もし優勝するなら、自分たちらしい笑いで勝ちたい」ということではないか。

本来のさや香とはなんなのか。それは主に新山がボケて、石井がツッコミをいれたり、振り回されたりするもの。そして、観る者を引き寄せたり巻き込んだりするというより、自分たちが圧倒的に先へ突っ走っていくもの。これが「さや香らしいネタ」である。2023年大会では、『M-1』に合わせるのではなく、自分たちのスタイルに『M-1』をはめてやろうという強い気持ちがうかがえた。さや香の漫才師としての格好良さに惚れぼれした決勝戦だった。

芸能ライター

大阪を拠点に芸能ライターとして活動。お笑い、テレビ、映像、音楽、アイドル、書籍などについて独自視点で取材&考察の記事を書いています。主な執筆メディアは、Yahoo!ニュース、Lmaga.jp、Real Sound、Surfvote、SPICE、ぴあ関西版、サイゾー、gooランキング、文春オンライン、週刊新潮、週刊女性PRIME、ほか。ご依頼は yuuking_3@yahoo.co.jp

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