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「慰安婦・徴用工問題」をICJに提訴すべきか?! ハムレットの心境の文大統領

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
元慰安婦・李容洙さんを激励する鄭義溶外交部長官(韓国外交部提供)

 韓国政府要人の慰安婦への接し方をみると、超VIP待遇というか、まるで腫れ物に触るかのようである。ご機嫌を損じないよう、遠慮しながら恐る恐る接しているように見えてならない。

 昨日は新任の鄭義溶外交部長官(外相)が外交部を訪れた慰安婦被害者のシンボル的存在となった李容洙さん(93歳)と面談していた。

 鄭外相は17階のエレベーターの前で待ち受け、李さんの顔を見るや否や深々と頭を下げ、自ら手を取って接見室までエスコートしていた。そして、着席するや開口一番、「私の方から挨拶に伺わなければならなかったのに」と申し訳なさそうに言いながら新型コロナウイルスの感染防疫対策上、自身の外相就任式に招請できなかったことを詫びていた。接見には外交部の対日担当者らも同席していた。前日には鄭英愛・女性家族部長官がソウル市内で面会し、食事をもてなしていた。

 二人とも李さんには相当気を配っていた。文在寅政権への彼女の影響力の大きさが窺い知れる。それもこれも昨年5月に彼女が放った「爆弾発言」が相当堪えているようだ。

 李さんは内外の記者らの前で慰安婦被害者の支援団体「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯」(正義連)と前理事長の尹美香「共に民主党」議員を名指し、「30年にわたって利用され、挙句の果てに裏切られた」と告発した。彼女のこの一言によって「正義連」と尹議員は批判を浴び、社会から指弾されたことはまだ記憶に新しい

(元慰安婦の「ICJ提訴」爆弾発言で吹っ飛んだ文在寅政権の「解決策」)

 李さんは鄭義溶外相にも鄭英愛長官にも日韓の懸案となっている慰安婦問題を国際司法裁判所(ICJ)に付託するよう申し入れていたと言うか、強く迫っていた。特に、鄭外相に対してはICJ付託を受け入れるよう政府が菅義偉首相を説得して欲しいと要請していた。

 李さんのICJ提訴の訴えに韓国外交部は「慎重に検討する」との立場だったが、鄭外相は「おばあさんたちの思いがしっかり伝達されるよう積極的に役割を果たすことが、私たちのすべきことだと考えている」と前向きな発言をしたもののそれでもICJ付託そのものについては言質を与えてなかったようだ

(参考資料:ICJ提訴への布石? 国連人権理事会での日韓の「慰安婦バトル」)

 李さんは面接終了後の記者会見で「文在寅大統領にも会って、要望を伝えたい」と語っていたが、大統領府(青瓦台)からはまだ反応がない。文大統領にとっては悩ましい問題だ。

 李さんと会えば、ICJ付託を直訴される可能性が大だ。「被害者が納得することが大事だ」と言ってきた手前「ノー」とは言いにくい。従って、その気がなければ会うわけにはいかないだろう。さりとて、会わなければ「慰安婦をないがしろにした」と支持派の進歩勢力から批判を浴びかねない。文大統領としてはこれ以上、支持率を落としたくはないはずだ。まして、来年の大統領選挙を左右するソウル市長選挙と釜山市長選挙は目前だ。

 文大統領は「被害者中心の解決」と「日本との直接対話による政治解決」の狭間で揺れている。後者については日本が応じない限り無理だ。それでもなお未練を捨てていない。米国の助力、仲裁に期待を寄せているからだ。しかし、それでも埒が明かない場合は「被害者重視」の観点からICJ付託を視野に入れざるを得ないだろう。

 韓国国内にICJ提訴には賛否両論がある。元慰安婦や元徴用工ら当事者の間でも意見が分かれている。

 慰安婦問題を管轄している女性家族省は慰安婦被害者が共同生活を送っている京畿道にある施設「ナヌムの家」を訪れるなど「多様な意見を政策に反映したい」として関係者や関係団体から意見を聴取しているが、日本政府を相手に損害賠償を求めた訴訟で勝訴した原告人(元慰安婦)の弁護人は「根本的な解決にはつながらない」とICJ付託に反対していた。また、別の同種訴訟で係争中の弁護士も「(日本から)謝罪を取り付けることが最も重要である」として金弁護士と同様にICJ付託には消極的であった。

 一方、李容洙さんをバックアップしているICJ提訴推進委員会はICJ提訴の必要性を訴えている。

 韓国政府はこれまでICJ提訴には消極的だった。理由は大きく分けると、三つある。

 一つは,何よりも勝算がないと判断していることだ。

 「請求権問題は完全に解決した」とされる1965年の「日韓条約」と韓国政府が「最終的かつ完全に解決した」ことに同意した「日韓慰安婦合意」が負い目になっていることやイタリアがドイツを相手に似たような提訴でICJが「主権免除の原則」を認め、イタリアが敗訴した前例があることが弱気の理由だ。

 もう一つは、日本が韓国の提訴を逆手にとって竹島問題のICJ付託を持ち出し、領土紛争化を起こす危惧があることだ。

 さらに、国連人権委員会や米議会で慰安婦が「性奴隷」であることが認定させているのに仮にICJが証拠不十分で「性奴隷でない」との裁定を下した場合のリスクもあるようだ。

 それでも、仮に負けたとしても、ICJへの提訴は日本の責任を問い、また個人の請求権が消滅していないことを明白にさせるだけでも意味があるとする意見もある。

 ICJ提訴に積極的なICJ提訴推進委員会の発起人の一人(申フィソク延世大法学研究所研究員)は「いかなる判決が出ても、慰安婦制度が戦争犯罪、反人道犯罪に当たるかの判断は避けられない。万一、日本政府の法的責任が認められれば、謝罪や真相究明、歴史教育、記念館設立といった法的な義務を日本に負わすことができる」とし、また敗訴したとしても「謝罪や真相究明、歴史教育、記念館設立と膨大な資料、証言などを極東裁判やニュールンベルグ裁判のように裁判記録として永久に残せることができる」と損得勘定からしても提訴したほうが得策であると主張していた。

 仮に文大統領が李さんに会えば、ICJ付託ではない解決策を提示し、説得することも考えられなくもないが、結論が出せない段階では会えないだろう

(参考資料:韓国国会に再提出された「徴用工問題解決案」とその世論調査結果)

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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