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米大統領選挙にもトランプ次期大統領にも言及しなかった「金正恩演説」

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
武力装備展示会で演説する金正恩総書記(朝鮮中央通信から)

 昨日(11月21日)平壌で開幕した武力装備展示会「国防発展―2024」で行った金正恩(キム・ジョンウン)総書記の演説が注目されている。トランプ前大統領が11月6日の大統領選挙で当選してから初めて米国について直接言及しているからだ。

 金総書記の演説から気になる部分を何点かピックアップしてみた。

 ▲「我々はすでに米国とやるだけの交渉をやってみたが、その結果、確信したのは超大国の共存意志ではなく、徹底した力の立場と、いつになっても変わらない侵略的で敵対的な対朝鮮政策だった」

 ▲「我々の思想と制度をなんとしでも抹殺し、我が人民を跡形もなく絶滅させようとする米帝とその追随群れの極悪な野望は微塵も変わらず、むしろ今世紀には無分別な実行段階に促進している」

 ▲「諸般の現実は敵を圧倒する最強の国防力こそが唯一の平和守護であり、強固な安定と発展の担保であることを毎日、日ごとに痛感させてくれている」

 ▲「我が党と政府はいかなる場合も自国の安全権を侵害される状況を絶対に傍観しないし、我々の手で軍事力均衡の重りを下すことは永遠にないことを再度明らかにする」

 ▲「私は我々の自主権を侵害する勢力らが存在する限り、敵らの悪辣な策動が持続する限り、脅かされる我が国家安全環境が求めるだけ、現代の戦場で把握される変化が我々に示唆するだけの各種武装装備を引き続き更新し、先端化しなければならない。(中略)軍事力は不断に更新しなければならない」

 対米不信は想像以上だ。バイデン政権への憎悪も半端ではない。ただ救われるのは所謂「反米演説」の中でトランプ次期大統領については一言も触れていないことだ。

 韓国のメディアの中には「我々はすでに米国とやるだけの交渉をやってみたが、その結果は、確信したのは超大国の共存意志ではなく、徹底した力の立場といつになっても変わらない侵略的で敵対的な対朝鮮政策だった」と発言したことから北朝鮮がもう米国との対話、交渉に関心を払ってないのではと受け止めたメディアもあるが、大いなる勘違いである。

 確かに金総書記は2019年2月のハノイでの会談の決裂には大いに落胆、失望し、帰国する途中「一体何のためにこんな汽車旅行をしなければならなかったのか」と悔しがり、帰国から約2か月後に開かれた最高人民会議(国会)での演説でハノイ会談について「我々が戦略的決断と英断を下したのが正しかったのかとの強い疑問が湧いた」と自問自答していた。

 しかし、北朝鮮はこの会談が決裂した最大の原因はトランプ大統領にあるのではなく、合意に反対した側近のポンペオ国防長官及びボルドン大統領補佐官にあると結論付け、今日まで一度もトランプ大統領の批判を口にしたことがなかった。

 そのことはハノイ会談後にトランプ前大統領に送った金総書記の2019年6月10日付の親書からも明らかっである。

 「閣下にこのような手紙を送ることができること自体が光栄なことだ。103日前のハノイでのすべての瞬間は大切な記憶として残る栄光の瞬間だった。我々の間の特別な友情は朝米関係を進展に導く魔法の力として作用している。貴方に向けた私の確固とした尊敬の中で抱いているそうした大切な記憶はいつの日か再びお互いが向き合って歩む時に推進力となるだろう。我々の最初の出会いで貴方が示した意志と決定を依然として尊敬し、それに希望を持っている。我々は向き合って偉大なことを成し遂げようとするその日が近々訪れることを信じている。それは、またもう一つのファンタスティックな瞬間として歴史に刻まれることだろう。貴方を尊敬する気持ちは絶対に変わることはないだろう」

 また、翌年の2020年3月22日には金総書記の代弁人でもある妹の金与正(キム・ヨジョン)党副部長が「朝米関係の進展が大きな困難と課題に直面するこのような時に我が委員長との関係を引き続き維持しようと努力を傾けているのは良い判断であり、正しい行動である。高く評価されるべきだ。両国を代表する方々の親交であるので肯定的に作用するだろう」との談話を発表していたことからも北朝鮮がいかにトランプ氏に期待を寄せていたかがわかる。

 北朝鮮は昔も今も、一貫して米朝対話及び交渉の前提として常に敵視政策の是正や撤回を求めてきた。その敵視政策とはずばり言うと、「B―1b」や「B―52h」など戦略爆撃機や原子力空母などを動員した大々的な軍事演習であり、経済制裁である。米韓軍事演習は北朝鮮の生存権を侵害し、掲載制裁は北朝鮮が発展する権利を妨害しているというのが北朝鮮の言い分である。

 逆に言うならば、軍事演習の中止など制裁緩和措置を取れば、北朝鮮は対話に応じるとのメッセージに聞こえなくもない。

 トランプ氏の大統領就任式後の翌2月から3月にかけて恒例の米韓合同軍事演習が予定されている。仮にトランプ氏が中止を決断すれば、米朝関係は大きく動くのではないだろうか。但し、以前のような北朝鮮が非核化を前提とした交渉に応じることはないであろう。

 というのも金総書記は2019年2月のハノイ会談決裂以降は「非核化」については一切口にしておらず、今では「核保有国としての地位は不可逆的で、交渉にも、取引にも応じない」とか「我々に非核化を求めるのは宣戦布告に等しい」とまで公言しているからである。

 今回の演説でも「各種武装装備を引き続き更新し、先端化しなければならない。軍事力は不断に更新しなければならない」と発言していることからもそのことは明らかだ。

 トランプ次期政権がどう対応するのか、金総書記はおそらく待ちの姿勢でトランプ次期大統領の対応を注視しているのではないだろうか。

(参考資料:北朝鮮は「トランプ当選」を待望! トランプ前大統領の退任後の「金正恩関連発言」2021年~24年)

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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