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さらば、夏クール! 2本の「刑事ドラマ」に感謝です

碓井広義メディア文化評論家

夏クールのドラマが続々と終了しました。そんな中で、特に大人を楽しませてくれた、2本の「刑事ドラマ」に感謝です。連続ドラマ『遺留捜査』と単発ドラマの『琥珀』。いずれも枠にはまらない異色刑事が主人公でした。

『遺留捜査』の異色刑事には京都の街がよく似合う

主人公の糸村刑事(上川隆也)が、遺留品への並外れた「こだわり」によって事件を解決していく『遺留捜査』。東日本大震災の年に始まったこのドラマも、今期の放送は堂々の第4シリーズでした。

大きく変わったのは、糸村が月島中央警察署から京都府警の特別捜査対策室へと異動したことです。室長の桧山(段田安則)、刑事の佐倉(戸田恵子)や神崎(栗山千明)など、顔ぶれも一新されていました。

ただし、いつも糸村にヒントを与えてくれる科捜研の村木(甲本雅裕)は、人材交流で京都に来ていたのでホッとしました。無理難題をふっかける糸村と、逃げ回りながらも協力してしまう村木。2人の掛け合いはこのドラマの名物と言っていいでしょう。

舞台が京都になっても糸村の観察眼とマイペースぶりは変わりません。被害者の部屋に落ちていた人形。遺体の手元にあったコイン。さらに事件現場から消えた万年筆などから、隠された事実を探っていきます。

たとえば、ある時の「遺留品」は、被害者である女性経営者(小沢真珠)が履いていた、かかとの折れたハイヒールでした。彼女にとって靴は戦いのツールであり、成功の証しでもあったのです。

遺留品というモノを通じて、人間の性(さが)や業(ごう)にまで迫ろうとするこのドラマ。回によってはストーリー的にやや弱い時もありましたが、上川さん演じる糸村の飄々とした雰囲気と、京都の風景が十二分に補っていました。

『相棒』や『ドクターX』などに続く「安心品質の定番」として、第5シリーズを楽しみにしたいと思います。

浅田次郎ドラマスペシャル『琥珀』に漂っていた濃密な情感

9月15日の夜に放送されたのが、浅田次郎ドラマスペシャル『琥珀』(テレビ東京系)です。放火殺人事件の容疑者で、25年間も逃亡を続けている男。そんな過去を知らないまま、男を好きになってしまった人妻。2人が暮らす北陸の港町に、突然刑事が現れて……という物語でした。

殺人逃亡犯と刑事が出てくるとはいえ、派手なアクションも、緊迫のサスペンスもありません。また男と人妻による濡れ場があるわけでもなかった。しかし、この3人を寺尾聰さん、鈴木京香さん、西田敏行さんという実力派たちが演じることで、見事な「大人のドラマ」となっていました。

脚本は朝ドラ『ひよっこ』の岡田惠和さんです。原作である浅田次郎さんの短編をベースにしながら、独自のイメージで物語世界を構築していました。

寡黙ですが実直な男(寺尾)は、なぜ妻と自宅を焼くようなことをしたのか。明るく振る舞いながらも、どこか影のある女(鈴木)は、どんな家庭を持っているのか。

さらに定年を数日後に迎えることになっていた刑事(西田)は、何を思ってこの町にやってきたのか。岡田さんの脚本は、彼らが抱える心の重荷をじっくりと丁寧に、そして優しい目で描いていきました。

ラスト近く、男が営む喫茶店「琥珀」の中で、3人の会話が約15分間も続く場面があります。それは告白であり、謎解きであり、人が生きる上で大切なものを提示するクライマックスでした。

岡田脚本と寺尾・鈴木・西田の演技が生み出した濃密な情感こそ、浅田ドラマの醍醐味だったと思います。そして、ピアニストでもある本田聖嗣のオリジナル音楽が、3人の役者をしっかりと支えていたことも記しておきます。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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