「石丸不在」の市長選へ。現在進行形の地方政治を映画にした記者たちは今何を思うのか(インタビュー後編)
広島のローカル放送局・広島ホームテレビが制作した映画「#つぶやき市長と議会のオキテ 劇場版」の公開が25日、東京で始まる。過疎化が進む山間のまち、広島県安芸高田市の人々が選んだ若き市長と議会の動きを数百時間にわたってカメラで記録し、テレビ版を経て同社初のドキュメンタリー映画として再構成した作品。だが公開直前、被写体の一人である石丸伸二市長が、2期目に出馬せず、東京都知事選に出馬する意向を表明した影響で、公開スケジュールの変更を余儀なくされた。監督を務めた岡森吉宏記者と、プロデューサーを務めた立川直樹デスクへのインタビュー後編では、今回の発表への受け止めを聞いた(インタビュー前編はこちら)。
岡森吉宏(おかもりよしひろ)
1996年生まれ。広島県福山市出身。2019年、神戸大卒業後、広島ホームテレビ入社。広島県警担当を経て、現在は広島県政担当。ドキュメント広島SP「#つぶやき市長と議会のオキテ〜そこに”議論”はあるか〜」(2022年)で第28回PROGRESS賞奨励賞受賞。
立川直樹(たちかわなおき)
1978年生まれ。横浜市出身。2001年、法政大卒業後、広島ホームテレビ入社。営業などを経て2005年報道部配属。ディレクターとして「3500通の”グルチャ”の果てに…」(2013年)でギャラクシー賞月間賞、テレメンタリー年間最優秀賞など、プロデューサーとして「テレメンタリー 原爆資料館 閉ざされた40分〜検証 G7広島サミット〜」(2023年)でギャラクシー賞月間賞など受賞。
ーー安芸高田市の石丸伸二市長は、5月10日に市長選不出馬を、16日には東京都知事選挙出馬を発表しました。映画公開を直前に控えた時期のこの発表、どう感じましたか
岡森吉宏さん(以下、岡森):いずれの会見にも出たんですが、正直びっくりしました。都知事選に出るという噂は流れていたけど、どれぐらい本気なのかわからなかった。市長がやろうとしたことは、この社会の仕組み全体を変えることなのかなと取材を通して思っていて、年間200億ぐらいの予算感の中で、一市長がいくら頑張っても、日本の人口減少とか社会構造、東京一極集中といったものは変えられないという問題意識なのではないでしょうか。
国会議員は数の論理でできることが少ない、と言っていたので、日本で一番影響力のある首長をめざす選択は、これまでの行動からするとつじつまは合う。都知事選に出るのは、そんなに突拍子もないことではないのかもしれません。
ーー安芸高田のような田舎と東京は違うんだ、みたいな意見もネットでは目につきます。国という統治機構に対する地方って意味では同じですよね
岡森:安芸高田とか山間部だけの話ではない。それこそ映画のタイトルに「議会のオキテ」とあるように、描いているのは地方議会の慣習で、国と対峙するときの地方。それこそ都議会なりの掟もあると思います。これまで関心が薄かった地方政治に対して考えるきっかけを作ってもらいたい、という映画なので、田舎だから違うよねとかではなく、もっと広い視点で構造を描いています。
ーー選挙となると、テレビ局の報道などに一定のルールが当てはめられるような世界になる。映画の公開のタイミングとして正直頭が痛いと思うんですが
立川直樹さん(以下、立川):2期、3期するかどうか別として、基本的には安芸高田市民の方が選ぶことだと思うので、新しい挑戦をしてみたり、壁にぶつかったり反発されたりの4年間の石丸市政を、市民が票を投じる形で評価する機会が失われたのは大変残念だと思います。
映画の影響では、東京での公開が、5月25日に公開が始まるポレポレ東中野と角川シネマ有楽町は、31日に公開が止まります。その後できるかどうかは調整中です。横浜も一応首都圏ということで、公開日をずらす判断をせざるを得ませんでした。
改めて、映画という形ではありますが、現在進行系の政治を扱うことの難しさを感じます。ただ、こういった想定外も含め、実際の政治に関心を持ってもらう表現を試みてきたので、マスコミが政治をどう伝えるかということの、一つの論点が生まれたとも思います。
ーー政治報道の掟、選挙報道の掟などがあるにしても、有権者というか視聴者からすると、何でもいいから判断材料になるなら見たいものですが
立川:いろいろ政治を扱ったドキュメンタリーはありますが、テレビ局が今も動いてる政治についてドキュメンタリーを作ったのって、ほぼないと思うんです。政務活動費関係の不正を追ったものでも、ことが終わった後に上映していますし。テレビ局がどういう表現でやれば関心を持ってもらえて、なおかつフェアな形で受け入れてもらえるかの挑戦だったわけですけども、今までにあまりない状態なので、答えが出てこない。
今回の映画は、あくまで市政がどうなっていくのかという視点なので、東京都政に出た石丸氏を語るなら、彼個人の思考とか発想法とか、別の取材の方にお任せしたい。彼自身をフィーチャーした取材ではないので、救世主なのか破壊者なのかと言われますけど、地方政治の中では一つの立場にすぎないわけですから、あまり大きく構えすぎず、続けていきたい。
ーーどうであれ、市長選は安芸高田で行われます。彼がいない形ですが、そこで問われるものって何ですか。「石丸前」に戻るのか、戻らないのか
岡森:石丸市長が出てきて顕著になったのは、この町はこのままじゃ財政的にも、人口的にもなくなる可能性が高いということ。市民は合併を経験しているので、意識はしていたけど触れたくないようなことを、顕著に如実に突きつけられた4年間だと思うんです。
明らかにひしひしと突き付けられた町の衰退について、どう動くかが一番の論点。これまでの公共サービスを絶対維持したい、維持した上でやってほしいのか、そういうのはもういいから本当に考えようとなるのか。大きな目では、衰退をどう食い止めていきたいのか、市民の意識が問われる選挙になると思います。
立川:次の選挙は「改革」が問われる選挙なんじゃないかなと。石丸市長の存在は、変えていくことがいかに難しいかを浮き彫りにした。急に変えていくことをやったときの課題、一方で「もっとゆっくり変えよう」と言ったらどうか。取材していて思ったのは、予算がそれほど潤沢じゃない小さい自治体が改革をしようとする大変さ。予算は削減できないし、削減しても文句が出る。でもやっぱり変えなきゃいけない。本当に大変なんですよね。
少なくともこの4年間を経験し、やはり何らかの形で変わらないといけないと思ったんじゃないですか。元のような形になるのか、この路線なのか、みたいな言い方をされますけど、元の路線とか言われる方も当然変えたいと思っている。今が全部いいと思っているわけではないから。緩やかに社会が変わっている以上、自治体も変わらざるを得ない。そのことはある程度意識されているのでは。変えませんっていう公約で立つ人はいないと思います。
ーー映画を見ていたら「変わりたくない」「このままでいい」という人が一定程度いるようにも思えますが
岡森:変わりたくないっていうのはあるのでは。変わらない方が楽ですし。次の選挙で変えると言いながら、基本的に変わらない候補者は絶対出てくる。変わらなければいけないっていうのが口だけなのか、本当に変わろうとしてるのか、どうなんだと思いますね。
立川:変えようっていう意識はあっても、スピードが速い人から見ると、ゆっくり走ってる車が止まっているように見える。変えたいって言った後、そんなに急がなくてもって言ったら、いつの間にか変えたくない人にされちゃう、みたいな。急進的なのか、合議制をもとにした民主主義の時間のコストを重視するのか。相対的な差異に注目して言い始めるとすぐ喧嘩になっちゃいますよね。この時代、いろんなところで一般論化される議論じゃないでしょうか。