石丸市長と議員たちにカメラを回し続けた広島のローカル局が映画で問いたかったこと(インタビュー前編)
広島ホームテレビ(広島市中区)が制作した映画「#つぶやき市長と議会のオキテ 劇場版」が25日、公開される。政治とカネをめぐる事件を経て、過疎化が進む山間の町、安芸高田市の人々が選んだ若き市長と議会の動きに密着し、数百時間にわたってカメラを回し続けた。2021年にテレビ朝日系「テレメンタリー」で30分番組を放送、翌年50分版を放送し、その後のYouTubeアーカイブ配信は再生回数が900万回以上を超える反響となった。それを下敷きに、同社初のドキュメンタリー映画として再構成した作品で描きたかったこととは。監督を務めた岡森吉宏記者と、プロデューサーを務めた立川直樹デスクに話を聞いた。前編は、映画制作の経緯について。
岡森吉宏(おかもりよしひろ)
1996年生まれ。広島県福山市出身。2019年、神戸大卒業後、広島ホームテレビ入社。広島県警担当を経て、現在は広島県政担当。ドキュメント広つぶやき市長と議会のオキテ〜そこに”議論”はあるか〜」(2022年)で第28回PROGRESS賞奨励賞受賞。
立川直樹(たちかわなおき)
1978年生まれ。横浜市出身。2001年、法政大卒業後、広島ホームテレビ入社。営業などを経て2005年報道部配属。ディレクターとして「3500通の”グルチャ”の果てに…」(2013年)でギャラクシー賞月間賞、テレメンタリー年間最優秀賞など、プロデューサーとして「テレメンタリー 原爆資料館 閉ざされた40分〜検証 G7広島サミット〜」(2023年)でギャラクシー賞月間賞など受賞。
ーー深夜帯の放送が多いテレビドキュメンタリーを、再構成して映画として公開する動きは十数年各地で続いていますが、広島ホームテレビとしては初の試みです
立川直樹さん(以下、立川):悪い意味ではなく、政治家って丁寧にやり取りするからすごく話が長くなるけど、ブチブチ切ってしまうと雰囲気が出ないし伝わらない。どうもテレビの枠では伝えきれないんですね。テレビは1メッセージ、1時間番組でもせいぜい2メッセージでまとめないといけないので。
岡森吉宏さん(以下、岡森):核から外れた周りの部分が、もっと考える要素になるときもある。映画を作ることに対するわくわく感、よりいろんな視点で伝えられる期待感はありました。
ーー市長や様々な議員に、岡森さんがカメラを持って質問をぶつけ、その対応や反応から実に様々なことが見えてきます。自治体や議会の取材は、どの程度の経験があったのですか
岡森:ずっと警察担当で、たまたまデスクから新市長の初登庁の取材を振られたんです。政治取材はほぼやったことない状態でした。「全員協議会」なんて知らなかったし、委員会で審議して本会議という流れも取材しながら学んでいきました。
取材者として、議会と市長の溝が深まっていく様子を見ながらなぜこうなっているのか自分なりに考え、リアルで動いているものを追っていく。市長室でご飯を食べている場面も撮っていいと言われたり、両親に話を聞けたり、普段見られないものを取材して伝えることにやりがいを感じました。知らないことを知るのは楽しい。
ーーおそらく取材経験が長い立川さんの方が、なんでもオープンにする石丸市長の姿勢そのものがニュースだと気づきやすかったのでは
立川:それはあります。そんなシーンも撮れるの、と。国政も含め、政治の世界の映像ドキュメンタリーが多くないのは、内部を撮らせてもらえず、画がないから。もしかしたらすごいレアなんじゃって思ったので、そんなに撮れるならもっと撮っていこうと取材の報告中に伝えました。
ーー本会議中の市議による、いわゆる「居眠り」問題発覚後、議長に直当たりし、居眠り容認のような発言を引き出しました。地元紙も取り上げ、議長は陳謝。映画にも登場するシーンです
岡森:デジカメを手に議長のところに行って話を聞いてみようと思ってやんわり聞いたら、あの言葉が出てきた。問い詰めるのではなく「ちょっと聞いてみよう」ぐらいのテンションだったから、結果的にああいう言葉につながったと思います。
ーー「業界人」化した記者なら「政治家なんてそんなもん」で終わらせてしまう。馴れ合いがない岡森さんだからこそ撮れたのでは。いい意味で舐められている
岡森:それはあると思います。あの場面、カメラを1時間ぐらい回しているんです。本当にそう思ってるんだ、と考えながら帰ったけどそれで1本ニュースが立つとは。
立川:掟って、掟の中にいる人は気づかない。記者も気づかないんじゃないですか。取材もほぼ受けたことがない地方議会の議長さんが、若手を前に気を抜いてぽろっと本音が出たというのはあったと思うんです。
ただ、撮れたものをそのまま出していいのかという議論はありました。メモで見たらすごいことを言っているけど本当に大丈夫か、と。なので複数人で検討し、前後の脈絡などを映像で確認しました。その上で、どうも本音である、報じる意味があると判断しました。
ーーものすごいウェットな人間関係があるんだなあ、と映画を見て感じました
岡森:発言が問題化した後も議長は映画にも出てきます。「もうお前には対応しない」ってなりそうだけれど、デジカメを持っていったら、意外と答えてくれる。議会でぴりつく雰囲気はありましたけど、取材拒否でもなかった。田舎によくいる、ええよええよみたいな感じのおじいちゃんたちだから、告示日や投開票当日も事務所の中を撮らせてくれた。市長もあれだけ撮れるんだから議員の方もしっかり撮ろう、と思いました。
立川:人としての交流があったから、ああいう取材ができている。もしかしたら、人と人の距離が近い地方だからこその取材かもしれない。東京の国会でできるだろうか、という。ただ、その彼らの中の常識が外からは違和感を持って感じられる。
ーーYouTubeなどでセンセーショナルな取り上げられ方をしたこともあり、単純な二項対立として受け止められている。その辺のもどかしさはあるのですか
立川:議会運営の面では対立してて、これどうなのとは思います。ただ、なぜそういう振る舞いをしたかも、理解できるところはある。そういう部分も含めて映画の方向性を作りました。疑問が浮かんでも、掟に縛られることなく、向こうの常識に取り込まれることない岡森だからこそ、撮れたものだと思います。
岡森:往復3時間ぐらいかけて、週1回以上通いました。これだけ通って取材者として認知されたことで、ぴりつきながらも取材を受けてくれる状況になりました。トータル数百時間はカメラを回しています。
ーー公開前から、石丸市長を宣伝している映画ではないかという声があります。あるがままを見せるという理屈は、意外に伝わらない
岡森:距離感には一番気をつけました。よく記者と議員が飲みに行くじゃないですか。そういうことは安芸高田で一度もやらず、誘いも断りました。何もなくても、どう捉えられるかわからないから。普段からですけどより気をつけました。
立川:市長と飲みに行って仲良くなって、ぽろっと居酒屋のカメラの前で言ってくれたら、それが本音かというとそんなことはない。何時間付き合おうが人間なんてわからないから関係性から浮かび上がらせるしかない。こういうやり方を、浅いととる見方はありますが。
ーー権力者への取材って、とにかく密着しろとか食い込めみたいに言われませんか
立川:近づけばその人間が描けるとは思いません。大学時代、社会学を専攻していたんですが、「個」に焦点を当てるのではなくて、個と個の関係性に焦点を当てる学問なんですね。そもそも石丸氏を人間として描こうと思っていないし、この議員がいい悪いとかそういうことでもない。「個」の関係性がどうなっているか。市民との、記者との関係性はどうか。その関係性を描くことで人物も浮かび上がるし、全体の構造が見えてくると思っていました。
ーーテレビの立ち位置が揺らぐ中、地元メディアとしての様々な挑戦の中で、広島ホームテレビはYouTubeに熱心に取り組んできました。その方針と映画の関係性は
立川:今15万人ぐらいですが、チャンネル登録者が安芸高田の話で伸び、多くの人が関心を持っているとわかったことは、取材を続ける上で後押しになりました。
岡森:ビューを稼いでいるとか言われますが、議会取材や市長会見など、マスコミが培ってきた信頼を背負って取材をやっている。傍観者的な番組ではないし、広報PR番組でもない。地方政治や、議論のあり方、発信の仕方を考えるフックになるように、と心がけて取材していました。
僕が子どもの頃は、ローカル局って広島のことだけをやっておけばよかったと思うんです。出しどころがないから。広島を深掘るのも大事ですけど、安芸高田で感じたのは、地方議会など普遍的なところに落とし込むと、何のゆかりもない人にも興味を持ってもらえること。テレビ局のコンテンツを、いろんな人に見てもらえる土壌は広がっている。
立川:全国メディアの専門性のある記者は専門分野という軸足がしっかりある。うちも専門性という地域性以外の軸足を作りたいし、その出し口として、YouTubeも使っていきたい。
ーー都市の生き残りが問われ、切迫感と危機感を持って我が町のことを誰もが考えざるを得ない。取材対象としての政治に、面白さを見いだす部分はありますか
岡森:恥ずかしい話ですが、大学生のとき県外に住んでいたのもあり、投票してない。政治離れと言われる世代と全く同じなんです。いざ取材してみると、特に地方政治は、自分の生活に密着にかかわっているし、コロナ対策とかまちづくりとか実は関係している。だから、地方政治に興味を持ってもらえるフックを作りたい。議会の生配信は見ないという人に対しても、メディアとして取材して編集して、政治をより身近に感じてもらえるコンテンツを出していきたい。
5月25日、東京・ポレポレ東中野と東京・角川シネマ有楽町で公開開始。被写体の一人である石丸伸二氏が、2024年6月20日告示、7月7日投開票の東京都知事選挙への出馬を表明したため、両館での上映は5月31日でいったん終了する。上映館と上映スケジュールに関する最新情報は、映画公式サイトで。
※インタビュー後編に続く