公の場での意見表明は法的根拠なく規制可能?北海道「ヤジ排除」事件から広島・平和式典の規制強化を考える
8月6日の広島原爆の日に、広島市が開催する平和記念式典について、例年とは大きく異なる幅広い規制を行う方針を市が明らかにし、法曹関係者を含む市民から反発の声が上がっている。北海道で、公の場での選挙演説にヤジを飛ばした男女が排除された事件を取材してきた記者は、法的根拠が乏しいままに、警察や行政機関が恣意的に規制をかけることについて、北海道の事件と広島の事案の間に共通の問題点を感じる、と危惧する。
7月21日、広島市の広島弁護士会館で開かれた市民集会「8・6ヒロシマで何が起きようとしているのか 平和式典での表現規制を考える」。市が明らかにした規制方針をめぐり、「民主主義の根幹である言論・表現の自由がない社会の行き着く先が戦争・原爆だ」として、日本ジャーナリスト会議(JCJ)広島支部が集会を緊急で企画した。メインスピーカーとして、札幌で起きた「ヤジ排除」事件を2019年当初から継続取材し、テレビのドキュメンタリー番組を経て、映画『ヤジと民主主義 劇場拡大版』を制作したHBC北海道放送報道部デスクの山﨑裕侍さんが登壇。オンラインを含めて約110人が参加した。
広島市が毎年広島原爆の日である8月6日に平和記念公園の原爆慰霊碑周辺を会場に挙行する平和記念式典をめぐっては、市が今年5月、例年は式典会場外だった原爆ドーム周辺も会場内と位置付け、式典の前後4時間にわたって区域内への入場を規制するとの方針を明らかにした。プラカードやビラ、のぼり、横断幕といったものを「式典の運営に支障を来すと判断されるもの」として持込むことを禁止するほか、ゼッケン、タスキ、ヘルメット、鉢巻などを着用することも禁じる。こうした禁止行為に該当すると認められる場合には中止を要請し、それに従わない場合は、公園外への退去を命令することがある、としている。
この方針に対し、新聞や放送局の元記者らでつくるJCJ広島支部は、法的根拠を問うべく、所管する市民活動推進課にヒアリングを行った。担当者は、規制の理由は、昨年8月6日に原爆ドーム周辺で「衝突事故」が起きたことで、再発を防ぎ、「安心・安全な式典」とするため、と説明。本来誰でも許可を得ずに自由に出入りできるはずの「都市公園」である平和記念公園に規制をかけることの法的根拠を尋ねても明確な答えはなく、あくまで「お願い」ベースであるとの説明に終始した。
『ヤジと民主主義』では、演説中に聴衆の中から声を上げた女性が、警察官によって排除され、その後女性警察官に数キロにわたって付きまとわれ、「ジンジャーエールを買ってあげるから休憩しよう」などと、群衆に戻らないよう画策する姿などが生々しく描かれている。「安倍総理を支持します」と書かれたプラカードを持った聴衆が何事もなく立ち続けている一方で、「老後の生活費2000万円貯金できません!」と記したプラカードを持った女性には警察官が近づいて、安倍氏に見えないように人垣を作り、「プラカードが風に飛ばされたら危険だ」などと説明する姿も。
この件をめぐっては、憲法が保障する表現の自由を侵害されたとして、ヤジを飛ばした市民計2人が、道に対して損害賠償訴訟を提起。2022年3月の一審札幌地裁判決は、ヤジは選挙妨害ではなく意見表明であると認定した上で、「2人の表現の自由が違法に侵害された」などとして、道に慰謝料の支払いを命じている(二審はうち1人が逆転敗訴判決、現在最高裁に上告中)。
監督を務めた山﨑さんは、この件が公の場で起きたことを問題視。「公共の場は、いろんな意見の人がいてもいい空間。自民党を支持する人も、自民党支持しない人も、政治に関心がない人もいてもいい。そういう場で起きたということが問題だ。『他人に迷惑かかるから』とか『演説を聞いている人もいるから』とか、『あっち行かないでほしいな」と言って排除された市民が法的根拠を聞いても全く示さなかった」。また、プラカードの内容によって警察の姿勢が異なることについては、憲法が検閲を禁じていることに触れ、「表現していいものと悪いものを、警察が選んで片方を規制するのは事実上の検閲だ」という、取材に応じた憲法学者の見解を紹介した。
山﨑さんは、この問題を積極的に報道した報道機関が一部に限られていたことも問題視。さらには、ヤジ排除がたくさんのテレビカメラが撮影する中で行われたことから、「映されても痛くも痒くもない、マスコミは取材しても警察の批判なんかしない、権力側はそう思っていたかもしれない。そうすると、マスコミの取材があっても違法行為をする」として、マスコミ全体の権力監視の力が弱まっているという危機感をあらわにした。
現政権下での実態について問われると、昨年10月、徳島県で岸田首相に対して「増税メガネ」とヤジを飛ばした人が排除された問題に言及。金属探知機と手荷物検査を受けた上で並んでおり、危険品を持ってないことが明らかだったが、ヤジが飛んだ瞬間に警察官が近寄ってきて「静かに」というジェスチャーをした、と説明した。これについて、山﨑さんは「おそらく札幌の判決があったから強制的に排除はできないが、政権批判の声は封じたい。だから、何となく出てってもらおうみたいに動いたのではないか」との見解を示した。徳島県警に取材をすると、「ヤジを飛ばす人イコール危険な人」という考え方があるように感じたという。
田村和之・広島大名誉教授(行政法)は、プラカードやのぼり、横断幕の持ち込みやゼッケン、タスキなどの着用を禁止する内容について、「このようなあからさまな、しかも行政による表現の自由の制限・禁止は最近目にしたことはない。戦前あるいは戦後のアメリカ軍占領下に逆戻りしたような印象を与えるものだ」と批判。都市公園の自由利用を規定した都市公園法や、正当な理由がない限り、住民が公の施設を利用することを拒んではならないと規定し、不当な差別的取り扱いを禁じた地方自治法など、関係法令を一つひとつ検討し、今回の規制が正当な理由にあたるのだろうか、との疑問を呈した。
さらに、広島市議会において、市側が今回の規制に関して「式典の目的を達成する公共の福祉と、デモ行進を行う表現の自由の調整の問題」と説明したことについて言及。「『公共の福祉』というものは、こういうところで使う言葉ではない。要するに行政の行うことには全部価値があり、それと比べれば、集会の自由などは些細な問題だと言っているようなものだ」と批判した。そして、「平和式典が整然と安全に行われることには異論はないが、これを理由に表現活動の制限を禁止するというのは、途方もない論理の飛躍だ」と述べた。
広島市が規制の根拠とする「衝突事故」については、「たった1件の事件の発生によって、公園の使用を全面的に制限するというようなことは聞いたことがない。明らかに差し迫った危険の発生が具体的に予見されるなどとは到底言えない」とした。
この日の集会では、「衝突事故」で、広島県警に2月に逮捕・起訴されたデモ団体メンバー5人の弁護人を務める工藤勇行弁護士も登壇。5人が現行犯ではなく、7カ月後に通常逮捕されたこと、故意犯である暴行罪ではなく、暴力行為等処罰に関する法律違反罪での起訴であったこと、などを説明した。被害者とされるのは、広島市職員1人だが、この属性については、弁護側に対して現在まで何の情報も開示されていないという。
JCJ広島のヒアリングに対して、市の担当者は「職員がケガをした」との説明をしているが、これについて工藤弁護士は、もしケガをしたならば傷害罪に該当するがそうではないということ、また、広島市が職員の被害について告発をしたという事実もないということを明らかにした。その上で、「広島市は、市民の思想・良心の自由や表現の自由よりも、平和記念式典での静謐、厳粛を最優先しているのでは」と批判した。
集会終了後、山﨑さんは、北海道と広島の事案について、「札幌のヤジ排除でも、警察の言ってることには全く法的根拠がなかったが、広島の今回の規制も、警備とか安全対策のためと言いながら、安全や警備にまったく関係ないゼッケンとか横断幕とか、表現そのものを規制しようとしている。何か別の目的があって、その表現を排除させようしたいということが共通している」と語った。「戦争しなければ平和、ではない。誰もが自由に意見を言えて、よりよく生きられる社会が大事。一つの意見だけ正しくてそれ以外は排除するというのは、僕は平和だとは思わない」