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デビュー30周年 久保田利伸、これまでもこれからも変わらない流儀

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
昨年のツアー”L.O.K”より

久保田利伸の30周年記念ベストアルバム『THE BADDEST~Collaboration~』が好調だ。タイトル通り、久保田が30年のキャリアの中でコラボレーションしてきた、国内外のアーティストとの作品が「日本語歌詞編」と「英語歌詞編」の2枚組、30曲収録されている。その顔ぶれの豪華さはまさに圧巻。自身が愛し、こだわり続けるR&Bを中心としたブラックミュージックを、日本の音楽に自然と融合させ、根付かせた功績は大きい。改めてそう感じさせてくれる一枚だ。日本の音楽シーンの至宝の一人、久保田にこれまでの事、これからの事をインタビューした。

ブラックミュージックを取り入れた、独自の音楽スタイルを作り上げる

久保田がシングル「失意のダウンタウン」でデビューしたのは1986年。その前年、1985年に田原俊彦に提供した「It’s BAD」が大ヒット。田原の他にもデビュー前からすでに鈴木雅之や小泉今日子等にも楽曲を提供し、ソングライターとしてその才能は音楽業界にとどろいていた。「失意のダウンタウン」以降、「TIMEシャワーに打たれて」(86年)、「CRY ON YOUR SMILE」(87年)、「You were mine」(88年)、「夢 with You」(93年)、「LA・LA・LA LOVE SONG」(96年)等の、日本の音楽とブラックミュージックとが融合した良質な音楽、ヒット曲を作り続けている。「時代と一致した事」(久保田;以下同)が、自身の音楽が受け入れられた大きな理由だという。でもそれは決して流行に乗ったという意味ではなく、久保田が世界の音楽の流れ、匂いを敏感に嗅ぎ取り、それを日本に持ち込み、流行を作ったといってもいい。

「決してマニアだけの音楽、特殊な、玄人ウケするものをやっているという意識はありませんでした。当時日本ではブラックミュージックはどちらかというと、アンダーグラウンドなものだったと思いますが、僕がデビューする前に、黒人であるマイケル・ジャクソンの「スリラー」(82年)が世界中で人種関係なく大ヒットして、潮目が変わった気がします。そこからブラックミュージックはオシャレなもの、聴いた方がいいものという感じになったと思う。僕もその時代の中の一リスナーだったので、そういう音楽を日本語で、オリジナルのものを作ると、アメリカから直輸入するものよりも、なじみやすかったのだと思います。決して計算できるものではありませんが、僕がやる音楽と時代の流れ、音楽的な事が一致していた気がしています」

コラボレーションしたいアーティストは「他の人がマネできない唯一無二の世界を持っている人」

『THE BADDEST~Collaboration~』(11月23日発売)
『THE BADDEST~Collaboration~』(11月23日発売)

今回の作品『THE BADDEST~Collaboration~』の「日本語歌詞編」にはKREVA、MISIA、EXILE ATSUSHI、JUJU、小泉今日子そしてAIという豪華な顔ぶれが揃っている。久保田の音楽の影響を受け、デビューを目指したアーティストは多い。その影響力は計り知れない。そういう意味でも久保田の日本の音楽シーンに残した功績は大きい。

「色々な人からそういう話を聞いたり、僕よりひと回り、ふた回り下のミュージシャンで「最初に買ったCDは久保田さんです」という人が結構いて、ラップをやっている人からもそう言われたりすると、シンガー冥利に尽きます。僕のやっているジャンルって、同じ世代にはそんなに競い合っている相手がいなくて、今までコラボレーションしてきた日本のミュージシャンは僕より全然下の世代が多く、これから出てくる人はもっと下なので、変な競い合いにならずに済むと思います」

コラボレーションは久保田の方から声をかける事が多く、一緒にやってみたいと思わせてくれるアーティストとして「もちろん音楽のジャンル的に気が合う人というのは大前提としてありますが、共通点という意味では、唯一無二の存在の人。その人の歌、スタイルは他の人がマネをしようとしてもできないものを持っている人。それと日本でレコーディングをしても、日本でしか発売しないものでも、外国人に聴かせた時に恥ずかしくないものをやっている人」だと教えてくれた。一方、自分が尊敬する人から声をかけられたアーティストは光栄と思うと同時に、否が応でも気合が入り、おのずといいパフォーマンスになる。「みんな気合を入れていいものを作ります!と言ってくれますし、僕も本気でぶつかっていきます。みんな僕の前ではいいところを見せたいと思ってくれているわけで、それぞれが緊張したまま終わってしまうような人たちではないので、ある意味気合と緊張がいい方向に向かいます。僕はコラボレーションが好きというよりも、素晴らしい奇跡が起こる音楽そのものが好きなので、そういう気持ちが相手に伝わると、楽しいセッションになります」

プライドとリスペクトの気持ちがぶつかり、生じる化学反応が、素晴らしいパフォーマンスに

「日本語歌詞編」に収録されているどのパフォーマンスも、久保田とそれぞれのアーティストが楽しみつつも、久保田はプライド、アーティストはリスペクトの気持ちをぶつけ合い、そこには素晴らしい化学反応が生まれている。最新のコラボは新録のAIとの「Soul 2 Soul feat.AI」だ。AIを指名した理由を久保田は「僕の30周年というタイミングでもあるので、華やかで明るい人がいいなと思って(笑)。そういう中では、音楽の趣味も合って実力もあるアーティストって一人しかいないなと。普通に歌い合うのもいいのですが、景気づけにラップをやりたいと言ったら快諾をしてくれました」と語っているように、二人の強者から生まれるグルーヴの強度と豊潤さは、日本ではあまりお目にかかれないものだ。

先日、あるアーティストの取材をしている時にこのアルバムの話題になり、ブラックミュージックが好きなそのアーティストが、「英語歌詞編」にクレジットされている海外のアーティストを見て「一体どうやったらこんな凄い人達とコラボできるんでしょうか?」と目を丸くしていた。それほど強力なアーティスト、ミュージシャンが久保田とのコラボを楽しんでいる。Live Hip Hopの頂点ザ・ルーツ、East Coast Indie Hip Hopの主導者モス・デフ、R&B界の申し子ラファエル・サディーク (Tony Toni Tone)、ファンクギターの神様ナイル・ロジャース、UK Soulの女王キャロン・ウィーラー、そして “21世紀一番スティーヴィー・ワンダーに近い存在”と称されるシンガー、ミュージック・ソウルチャイルド等々、久保田利伸でなければ不可能な圧巻のラインナップだ。

久保田は90年代にソウル/R&Bシーンの本場に乗り込み、TOSHI(KUBOTA)名義で全米デビューも果たしている。全編英語詞のアルバムを3枚リリースし、コラボはその実力が現地のアーティストにも認められた証であり、その歴史が「英語歌詞編」には詰まっている。新録はミュージック・ソウルチャイルドとの「SUKIYAKI 〜Ue wo muite arukou〜」。「上を向いて歩こう」のカバーだ。今なぜこの曲だったのだろうか?

「これも30周年というタイミングで、普通のオリジナル曲よりも、特別感があって、かつアメリカ人が知っている曲がいいと思いました。「上を向いて歩こう」は50年以上前の曲で、30年位前にア・テイスト・オブ・ハニーというアーティストが「SUKIYAKI」というタイトルでカバーしてアメリカでヒットし、それ以降HIP-HOP界隈でもこの曲をネタとして使う人達も出てきて、アメリカではお馴染の曲なので選びました。ミュージック・ソウルチャイルドは友達で、彼の音楽、歌声が大好きなんです。でもうますぎるので本当は一緒に歌いたくなかった(笑)。女性とであれば気にならないのですが、男性で同じキー、同じスタイルでものすごくうまい人と歌うのって、ちょっと嫌じゃないですか(笑)。でも結局一番お願いしやすいけど一番やりたくない、一番うまいやつと演りました」

まさに日米最高峰のコラボともいうべきこの一曲は、“張り合う”というよりも、シンプルでロマンティックなアレンジと二人の優しい歌が印象的だ。「もっと張り合いになると思ったのですが、彼は本当にいい人で、その優しさのおかげで、競い合うという感じではなく、曲と彼が持つ優しさが、歌に乗っていると思います」

そのジャンルの玄人と素人、両方に満足してもらえるものを作り続けてきた自負

久保田には大切にしている“流儀”がある。それは流行りに乗らない事と、玄人にしかウケないものは作らないという事だ。音楽シーンにおいては“ヒット”を狙いたいがために、ビジネス的にその時の流れに乗ってしまおうと考えるアーティスト、スタッフも少なくはない。そしてアーティスト自身が自分のやりたい音楽、それが例えコアな人だけにしか届かないだろうとわかっていても、作品にしてしまう事も多々ある。しかし久保田は違う。

「僕は悪く言えばへそ曲がりで、人と同じものをやっている時は気持ち良くなくて、誰かがやっているスタイル、話題になっているスタイルは、最初に排除したい性分です。でも、へそ曲がりではありますが、誰も聴かないものを作るのではなく、なるべくたくさんの人に聴いてもらえるものを、といつも思っています。欲張りといえば欲張りですよね」

そう語る久保田は、オリジナルアルバムの他にも自身の音楽的なこだわりに特化した“Parallel World“シリーズ として、レゲエのアルバム『KUBOJAH』(91年)と、ボサノバのアルバム『KUBOSSA』(13年)をリリースしている。どちらもオリジナルあり、カバーありで、徹底的にこだわりつつも、絶対的にポピュラリティがあるものを作るというポリシーが、ここにも出ている。

「そのジャンルの玄人と素人、両方に満足するものを作りたかったんです。『KUBOJAH』も、レゲエの専門家に認めて欲しい気持ちもありつつ、レゲエというジャンルのCDを、一枚も持っていない人が聴いて「これ気持ちいいな」と思ってもらえるものにしたかった。『KUBOSSA』もそうです」

NYの地下鉄で歌っていた、盲目の老ミュージシャンに教えられた事

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これまで、様々なミュージシャンとコラボをしてきた久保田だが、今も忘れられないミュージシャンがいる。デビューから10年が過ぎた頃、あらゆる事に行き詰まっている自分に気がついた。音楽、歌への不安、迷いが顔をのぞかせ、音楽へのときめきを失っていた。それを救ってくれたのは、ニューヨークの地下鉄で歌う老ミュージシャンで、今でも忘れられない存在だという。「デビューして10年位経った時、ニューヨークの地下鉄に乗ったら盲目の、50~60歳位の黒人の男性が、アカペラで古いソウルミュージックを歌っていました。声量もそんなになくて、ダミ声で、でも素朴で、ものすごくいい歌でした。その時僕は色々な事に迷っていて、行き詰まっている時期でした。そんな時にその人の歌を聴いて、忘れかけていた大切な事を思い出しました。「歌う事が好きでこの仕事を始めたんだ。歌う事が気持ちいいからこの仕事をしているんだ」と。シンプルな事ですが、それを思い出して、気持ちが楽になりました。だから彼には感謝しています」。名もなきミュージシャンの素朴な歌が、久保田の心を解放した。20年前の出来事を、まるで昨日の事のように瞳を輝かせながら語ってくれた。

「消費度が高くなっている音楽シーン。そんな中でもこだわりを持ってこれからも音楽を続けたい」

30周年といっても、小田和正、山下達郎、松任谷由実、鈴木雅之、矢野顕子他、久保田よりもキャリアのあるミュージシャンがアルバムを出し、全国ツアーを行っているというシーンの中では、ほんの通過点に過ぎない。そんな事はもちろん承知の上で、これからの事を語ってくれた。

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「30年って確かにひとつの節目で、ありがたいとは思いますが、決して「長くやれたなぁ」と落ち着く場所ではなくなりましたね、偉大な先輩たちのおかげで(笑)。昨今の日本の音楽シーンを見て色々思うところはありますが、まずオリジナルで素敵な曲が生まれる確率が少なくなってきている気がします。それはメロディというものは、たった十数個しかない音階の組み合わせでできているので、もう出尽くしている感は否めません。作家は疲弊していると思います。僕も自分でたくさん曲を作っていますが、自分の中でも得意な事は決まっていて、その中で昔と違うものを作りたい、でもへそ曲がりな曲で終わるのではなく、みんなに聴いてもらえるものを、と考えると大変です。音楽はどんどん消費されていくものだけど、昨今の流れの中ではより消費度が高くなっていて、そういう意味でも大変です。でもこれからも、こだわりを持って続けていきたいし、それは決して楽な事ではない事もわかっています。奇跡に近い事だと思っています。元々デビューできた事が奇跡だと思っているので、ここまで続けることができた事に対する感謝の気持ちが大きいです。この気持ちを持ってこれからも、こんな勝手な事を続けることができたらいいなと思っています」

まるで少年のように音楽を無邪気に楽しむ心、歌う事が心から楽しいと思える素直な心は、30年経った今も変わらない。この気持ちと“へそ曲がり”な性分がなくならない限り、唯一無二のそのメロディと歌はさらに進化を続け、後世に残る名曲をこれからも作り、聴かせてくれそうだ。

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<Profile>

静岡県出身。1985年、田原俊彦、小泉今日子、高橋真梨子等、アイドルから実力派歌手まで作曲家として幅広く楽曲を提供する。デビュー前に遊びで制作した”すごいぞテープ(洋楽曲のカバーなどを収録)”がマスコミの間で評判になる1986年、レコード会社争奪戦を経て、Sony Music(旧CBS SONY)よりシングル「失意のダウンタウン」でメジャーデビュー。オリジナリティ溢れる音楽性、質の高い楽曲、抜群の歌唱力、卓越したリズム感で多くの人々を引きつけ、ロックミュージック主流の当時の音楽シーンに新風を送り込む。1988年、アルバム『Such A Funky Thang!』がミリオンヒットに。海外レコーディングを経てなお、精力的に米国のミュージシャンと接点を持ち、自らの音楽性を高めていく。この頃から「地球を相手に歌っていきたい」という志を固めていく。1993年、アメリカ・ニューヨークに拠点を移す。1995年、USコロンビアレーベルより1stアルバムを発表。2004年、米国では3作目となるアルバムを発表。この年、Soul Musicianにとって殿堂入りとされる米国老舗番組『SOUL TRAIN』に、初の日本人ヴォーカリストとして出演。2011年にはデビュー25周年を迎え、多種多様な試みに挑戦。25周年アニバーサリーツアーは15万人を動員し、記念ベストアルバムと共に大成功をおさめる。2013年、新たな試みへの挑戦として、“もうひとりの久保田利伸”を表現する“Parallel World シリーズ”『KUBOSSA』を7月3日にリリース。初の野外ソロとなるスペシャルツアーを行う。2015年、王道R&B アルバム『L.O.K』を発表し、全国ツアー(45本)を敢行。2016年、デビュー30周年を迎え、特別企画を多数企画中。これまでに邦盤アルバム15作、US洋盤アルバム3作、ベスト盤5作(『the BADDEST』シリーズ)他を発表。どの作品も普遍性を持ちながら、時代を的確に掴み、確実にファンの期待に応えている。当時から現在に至るまで、その音楽性にブレはなく、”Japanese R&B”のパイオニアと呼ばれる。

『THE BADDEST~Collaboration~』特設ページ

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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