Yahoo!ニュース

岩に恋した女優の物語を経て、おばあちゃん主演のアクション映画へ。きっかけはマッチョな男たちとの出会い

水上賢治映画ライター
「レオノールの脳内ヒプナゴジア」のマルティカ・ラミレス・エスコバル監督 筆者撮影

 どうしたら、こんな突飛でユニークな作品を生み出すことができるのだろうか?

 そう思わず監督の頭の中を覗いてみたくなるのが、フィリピンから届いた映画「レオノールの脳内ヒプナゴジア(半覚醒)」だ。

 落下してきたテレビで頭部を強打し、ヒプナゴジア(半覚醒)に陥ってしまった72歳の女性監督のレオノールが、脳内で未完に終わっていたアクション映画の脚本の世界に迷い込んでしまうというストーリー。

 もうこの設定からして異能が弾けるが、その型にとらわれないアイデアは全編に貫かれ、夢か現実かわからないレオノールの脳内世界を、「映画なんだからもうなんでもありでしょう!」とばかりに本格ハードアクションあり、バイオレンスあり、笑いあり、そして映画愛ありで描き出す。

 その体裁は、表向きは痛快娯楽作をいく。しかし、その裏にはフィリピン社会、フィリピン映画界への皮肉が見え隠れ。社会風刺の効いた一作にもなっている。

 国際映画祭で受賞を重ねた本作を手掛けたのは、今回が長編デビュー作となるマルティカ・ラミレス・エスコバル監督。

 フィリピンから飛び出した異彩を放つ新鋭監督の彼女に訊く。全八回。

「レオノールの脳内ヒプナゴジア」のマルティカ・ラミレス・エスコバル監督 筆者撮影
「レオノールの脳内ヒプナゴジア」のマルティカ・ラミレス・エスコバル監督 筆者撮影

大学時代だけで30本ぐらいの短編を作っています

 作品の話の前に、少しマルティカ・ラミレス・エスコバル監督のキャリアの話から入る。

 彼女が世に出るきっかけになったのは、フィリピン大学の卒業制作として発表した短編「Stone Heart」。

 同作は、第19回釜山国際映画祭に出品され、世界各地の映画祭で上映されることになった。

 訊くと、実は「Stone Heart」の前にいくつもの短編を手掛けて完成させていたという。

「映画を学ぶためにフィリピン大学に進んで、そこで映画を学びながら多くの短編を作りました。

 自分の手掛けた作品で言うと、30本ぐらいは作ったと思います。

 それから、自分の作品だけではなくて、ほかの学生の作品にも、スタッフとして参加していて。

 それを合わせると50本ぐらいの短編映画に関わりましたね。

 実践して映画を学んでいった形でした」

釜山国際映画祭に出品された短編映画「Stone Heart」はRー18指定

 そういった中で、卒業制作として発表した「Stone Heart」はどういった作品だったのだろう。

「自分で言うのもなんですが、とっても不思議な作品です。

 もともとわたし自身が変なこと、変なモノが大好きなんです(苦笑)。

 タイトルに現れているのですが、ある岩に恋してしまう女優の物語です。

 ちなみにRー18指定の映画になります」

「レオノールの脳内ヒプナゴジア」より
「レオノールの脳内ヒプナゴジア」より

はじめは映画監督ではなく、ミュージック・ビデオの監督になるのが夢

 少し話を戻すが、そもそも映画監督になることを目指してのフィリピン大学への進学だったのだろうか?

「そうですね。

 映画を作りたくて映画が学べるということでフィリピン大学へ進みました。

 ただ、はじめは映画監督を目指しているわけではありませんでした。

 わたしが最初に目指したのは、ミュージック・ビデオの監督でした。

 ミシェル・ゴンドリー監督やスパイク・ジョーンズ監督が大好きだったんです。

 映画ファンならば知っているように、二人はもともとはミュージック・ビデオの監督として活躍していて、その後、映画監督としても才能を発揮した。

 二人の映像世界にわたしは魅了されました。

 で、まずは彼らのようなミュージック・ビデオの監督になりたいと願い、そこが出発点となって映画を作りたいという思いになっていきました。

 だから、今回の『レオノールの脳内ヒプナゴジア(半覚醒)』でも、彼らの影響がそこかしこに出ていると思います。

 それぐらい憧れの監督です」

アクション映画のワークショップへの参加が今回の作品の第一歩

 大学卒業後も映画の現場に携わり続けたという。

「大学卒業後は、インターンシップというかボランティアというか。

 なかなか説明するのが難しいんですけど、映画の制作現場に実際に参加できるトレーニングプログラムのようなものがあって、さらに映画作りの現場を実践で学んでいきましたね」

 その中で、今回の「レオノールの脳内ヒプナゴジア(半覚醒)」の構想を練り始めていたという。

 発想のはじまりをこう明かす。

「大学を卒業して、いろいろな現場で具体的に映画作りを学びながら、自身の作品作りを模索していました。

 ただ、自身にとっての大切なデビュー作になるとか、デビュー作ではこんなことを描きたいとかいう意識はなくて。

 自分の中に生まれるアイデアをまとめるような感じで、いろいろなことを書き留めていました。

 その中で、ある日、映画のワークショップに参加することにしたんです。

 そのワークショップというのがアクション映画のワークショップだったんです。

 で、参加したのですが、ワークショップの先生たちというのが、みんなアクション映画のスターみたいな格好をしていたんです。

 たとえばジーンズにTシャツみたいな感じで、マッチョな雰囲気を前面に押し出している。

 時代も変わっているし、映画作り自体も変わっている。

 アクション映画自体も時代とともに変わってきている。

 なのに、わたしが子どものころにみたアクション映画の世界からそのまま出てきたようで……。

 あまりに変わっていないことに驚いてしまいました。

 で、ちょっと興味がわいたというか。

 改めて、アクション映画について考え始めました。このことが今回の作品の第一歩でした」

(※第二回に続く)

「レオノールの脳内ヒプナゴジア」ポスタービジュアル
「レオノールの脳内ヒプナゴジア」ポスタービジュアル

「レオノールの脳内ヒプナゴジア」

監督・脚本:マルティカ・ラミレス・エスコバル

出演:シェイラ・フランシスコ、ボン・カブレラ、ロッキー・サルンビデス、アンソニー・ファルコンほか

公式サイト:https://movie.foggycinema.com/leonor

1/13(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

筆者撮影以外の写真はすべて提供:Foggy、アークエンタテインメント

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

水上賢治の最近の記事