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(前編)英国、合意なき離脱へ。今後のシナリオフローチャート。EU要人の反応は?ウルトラCとは何か

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
1月16日、議事堂の外では各人の主張に応じた旗が振られた。(写真:ロイター/アフロ)

否決になるだろうとは思っていたが、まさかこんなに大差で否決するとは思っていなかった。

英国議会の庶民院(下院:定数650)は、1月15日の夜、欧州連合(EU)離脱について、英政府がEUとまとめた離脱協定案の承認採決を行った。その結果、432対202の大差で否決した。「歴史的」とか「やけどするような」という表現が使われる。

今後どうなる

今後どうなるのか。以下に、フローチャートで今後どうなるかの予測を示した。

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左にある「可決」の線は消えた。右の「否決」を見ていこう。

この中で、「再びEUと交渉」という線はないだろう。21日までに「プランB」を出さなくてはならず、時間は大変短い。EUと再び交渉が必要な大きな変化が盛り込まれるとは、とても思えない。

「今から再び国民投票」ということも考えにくい。もし総選挙が行われ、政権交代が実現して労働党が勝利すれば、再び国民投票を行うことはあるかもしれない。しかし、いま政権与党の保守党は、解散を望まないだろう。

といって、「EU離脱をキャンセル」などとは、もちろんありそうにない。

ということは、残りは「合意案が葬られる」→「合意なき離脱」しか残されていないことになる。

英国 VS EU27カ国の恐怖

EUと英国の間で最も問題になっているのは、アイルランドとの国境だと言われている。

この問題に関しても、EU側が妥協するとはまったく思えない。

筆者は2018年のユンケル委員長「施政方針演説」(一般教書演説)の全文を翻訳して掲載した。演説は招待されたフランスの欧州委員会代表部で聞いていたのだが、一番「げげっ!」と驚いたのは、この国境問題のくだりである。

ユンケル委員長はなんと言ったか。

「欧州委員会、この欧州議会、そして(英国とアイルランドの)他の26EU加盟国は、アイルランドの国境に関しては、常にアイルランドへの忠誠心と連帯を示すでしょう」。

つまり「何か国境問題が起きたら、英国 VS EU27カ国になるぞ」と言ったのだ。筆者は「これは、ほとんど脅しじゃないだろうか・・・おっそろしい・・・淡々ぼそぼそとこんなこと言うなんて、ユンケルさんってば・・・」と思った。

翌日以降、英国ではアイルランド国境問題に関するニュースが激増した。「ああ、みんな私と同じように驚いたんだなあ」と思ったものだった。

参照記事:(5)ブレグジット問題:欧州連合(EU)「一般教書(施政方針)2018」ユンケル委員長演説の全文翻訳

そもそも「バックストップ」を提案したのはEU側だったというが、EU加盟にあたって国境問題を解決したことはあるが、離脱は初めてなので、一体どうなるのか、未知の領域である。

ソフトもハードも関係ない

筆者は「ソフトブレグジットとか、ハードブレグジットとかは、英国内の議論であり、英国の事情である。EU側の議論ではない」と訴えてきた。

「人の自由な行き来はやめたい」「でもEU単一市場へのアクセスは確保したい」の両方を実現するのは、100%不可能である。27全加盟国が、満場一致で認めないことに同意しているからだ。そんなEU設立の理念に基づくことを、妥協するわけがない。

単一市場に残りたいのなら、人や物の行き来の自由も認める。

人や物の行き来を認めないなら、単一市場には残れない。

極めて単純である。

よく、ノルウェーのモデルが語られる。

しかし、ノルウェーは基本的に人や物の自由な行き来を認めている。でもEU加盟国ではないので、決まりをつくる過程には参加できない。それでもEUの決定に従っている。

もしノルウェーが「条件を整えて、EUに加盟したい」と言ったら、すぐに加盟できるに違いない。でも加盟しない道を選択している。ある意味、主権を一部、EUに譲渡していると言えるのだ。英国は、それも嫌なのだ。

このような状況にあって「人の自由な行き来を禁止して、単一市場に残るーーなどが可能などと、考えるのすら時間の無駄だ」と言い続けてきた。

参照記事:ハード&ソフトブレグジット論への疑問ーー日EUの新しい時代を前に確認しておきたい軸

EU側から見ていれば、こんなことは明らかだった。つまりEU側から見れば、「ソフトブレグジット」などという概念は最初から存在しないのだ。EU側の態度は、常に同じだった。昨年11月までは。結局、そしてハードブレグジットこそが、国民投票で、英国民が望んだ結果ではなかったか。もちろん、お互いの友好関係とセキュリティを尊重するために、ある程度の妥協をする用意はあったのだろうけど。

だから、昨年11月、バックストップとして、2020年の移行期間終了までに合意に至らない場合、北アイルランドだけではなく、英国全体が関税同盟に残るという案を決めたことは、摩訶不思議な妥協案だった。なぜこうなったかは、政治的な理由と同時に、かなり実務的なややこしい話になる。また改めて記事を書くつもりである。

今まで日本では英国にのみ軸をおいて報道されてきた。これから日EU経済協定・戦略的パートナーシップ協定が始まろうというのに、本当に困る。

日本企業が道を誤っていないとしたら、それは各企業や業界団体、関連する経済団体の努力、そしてJETRO(日本貿易振興機構)のおかげに他ならない。

筆者は「合意なき離脱」の可能性は、100%だと思っている。

後編に続く(前編と同時にアップしました)。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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