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陰謀論を考える教材に、映画『誰がハマーショルドを殺したか』

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
この映画が世界各地で話題となるのには相当の理由がある

デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、ベルギー合作の映画『誰がハマーショルドを殺したか』が日本で7月18日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開される。

この映画はこういう人におすすめだ

  • 「陰謀論」という言葉を聞いたことはあるが、詳しくは知らない
  • 北欧3か国が実際に起きた事件を暗殺説としてドキュメンタリーを作るとどういう世界観になるか
  • デンマーク人ジャーナリストで監督のマッツ・ブリュガ―氏はどういう世界観の映画を作るのか(ほんわかしたイメージの北欧とは大違いだ)
  • 1953~1961年に国連事務総長を務めたスウェーデン人、ダグ・ハマーショルド氏とは何者か。殺されたとまで言われる彼はアフリカで何をしようとしたのか
  • なぜダグ・ハマーショルド氏は死亡後にノーベル平和賞を1988年に受賞したのか(授与したのはノルウェー・ノーベル委員会)
  • 黒人の命の大切さを訴えるBlack Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター)運動で、白人が黒人をどう扱ってきたのか考える資料が欲しい
  • 自分で考える力、批判的思考を養いたい
2019 Wingman Media ApS, Piraya Film AS and Laika Film & Television AB
2019 Wingman Media ApS, Piraya Film AS and Laika Film & Television AB

作品内容

本作は、今もなお暗殺説が囁かれる第2代国連事務総長ダグ・ハマーショルド謎の事故死にデンマーク人ジャーナリストで監督のマッツ・ブリュガ―が迫ったドキュメンタリー。

マッツ・ブリュガ―監督は、暗殺説がありながらも詳しい調査が行われず、未解決だったハマーショルド事故死の真相を追うヨーラン・ビョークダールの調査に参加する形で撮影を開始。調査の中で暗殺を仄めかす資料の存在が明らかになるも、 当時の関係者たちは皆、口をつぐみ、追跡取材が行き詰まりをみせる…。そんな時、彼らはハマーショルド暗殺事件にとどまらない、秘密の組織による世界史を覆すような驚愕の“ある絶滅計画”に遭遇する――。

第35回サンダンス映画祭ワールドシネマ・ドキュメンタリー部門で監督賞を受賞、世界78もの映画祭で上映され、各地で議論を巻き起こした本作は、Hollywoodnews.com が選ぶ 2019年ベストドキュメンタリーで2位を獲得。

1本の映画が歴史的な新事実を発表するということは珍しく、ワシントン・ポスト紙やニューヨーク・タイムズ紙でも評価を得るだけでなく、2019 年映画祭での上映時には日本でも読売新聞ほか、いくつかの新聞で「新証言により長年のハマーショルド事件の謎が解明した」というニュースが流れました。

出典:映画公式サイト

暗殺説がでるほどハマーショルド氏がしようとしたことは何だったのか

2019 Wingman Media ApS, Piraya Film AS and Laika Film & Television AB
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コンゴ訪問のためのハマーショルド氏の搭乗機の墜落は今でも謎が多く、国連の公式HPでは「事故死」とされており、暗殺説があることには触れられていない。

反植民地を掲げてアフリカ開放を目指した彼は「あまりにも理想家すぎて、旧植民地大国から嫌がられた」という。もし彼が死亡せずに、その主義を貫いていたらアフリカは今とは全く違う世界になっていたということが映画でも触れられている。

欧州の中でも北欧の政治家というのは理想が高くて、煙たがられることもあるのは今でもそうだ。長い時間をかけて、その理想に少しずつ近づいたからこそ、今の幸福度トップの北欧諸国がある。スウェーデン生まれのハマーショルド氏の意思が受け継がれていたらどうなっていたのだろうと、想像する心がつつかれた。

デンマーク人監督の独特な映画手法

2019 Wingman Media ApS, Piraya Film AS and Laika Film & Television AB
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デンマーク人ジャーナリストであるマッツ・ブリュガ―監督の独特な映画の世界は、この映画を真面目に見ようとしているものを困惑させる。何を信じていいか分からなくなるだろう。

スウェーデン人調査員であるヨーラン・ビョークダール氏に墜落機の破片を持たせて電車に乗せたり、発掘調査隊の恰好に着替えて墜落機を掘り起こそうとしたり、2人の秘書に調査報告を書き起こしさせたり、トランプをしはじめたり……。結局はふざけているのか、どこまで真面目に受け取ればいいのか、フィクションなのか、見ているものを煙に巻く。

陰謀論を鵜呑みにしない能力

暗殺説を追っていると、事態は急変し、別の陰謀論が浮上する。陰謀論という言葉は映画の中で何度も登場するものだ。

この映画にお金を払ってまで見に行こうという人は、陰謀論かどうかに気づいて物事を批判的に考える力がある力が高いのかもしれない。

しかし、私はたまに日本では陰謀論だと見抜く力が低いのではないかなと思うことがある。考えてみれば、学校では教えられなかった。

彼らの疑念はとどまることを知らない。公式な説明に関するものはなんでも疑ってかかる、底なし沼の疑念です。さらにそうした疑念には、陰謀に関するものはなんでも鵜呑みにするという極度の騙されやすさがついて回ります。公式筋がいうことはなんでも疑い、インターネットで無作為に投稿されるツィートは丸ごと鵜呑みにするという、アンバランスな状態です。

出典:コロナ陰謀論はなぜ拡散されるのか? 認知科学の専門家が語る

「陰謀論的な考え方をしやすいという意味では、右も左も変わらない」と、ウシンスキー教授はアメリカの状況について話す。

結局のところ、私たちは事実に照らして正確でいたいのではなく、私たちは楽になりたい、安心したいのだ。

だからこそ、個別の陰謀論は生まれては消えていくものの、陰謀論そのものは私たちが政治を語る上で決してなくならない。

出典:BBC 【寄稿】 陰謀論――なぜこれほど大勢が信じるのか

2019 Wingman Media ApS, Piraya Film AS and Laika Film & Television AB
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陰謀論は何か、なぜそれが危険なのかという情報周知はノルウェーでは頻繁にメディアや政治家がしている。ネット時代に陰謀論がさらに広まりやすくなり、そのまま信じ込んで過激な言動にのめりこむ人もいるため、より放置してはならないテーマだ。

ノルウェーでいう陰謀論とは、例えば「(中道左派の)労働党はイスラム教徒を移民として受け入れ、国家を破壊しようとしている」などだ。

2011年に77人を殺害したノルウェー人のアンネシュ・ベーリング・ブレイビクの過激思想の根幹ともなっている。政府庁舎を爆破した直後、ブレイビクは労働党青年部が夏合宿をしている島へ向かい銃を乱射した。

事件はネットで広がる陰謀論や思い込み・憎悪の危険性をノルウェーで改めて認識させることにもなった。

グレタ氏にもつきまとう陰謀論

スウェーデンの環境保護活動家グレタ・トゥーンベリ氏にも陰謀論がくっつきまわっている。

特定の国が彼女を操っているというような説は陰謀論として北欧現地では認識されているが、日本ではそのまま「それもありえる」と本気で受け取っている人が多いのではないかという印象を持つことがある。

日本の報道番組がこのことを私に問い合わせてきた時、「全国放送の報道番組で陰謀論を拡散しなくてもいいのでは」と言うと、番組担当者が「陰謀論って何ですか」と聞いてきて、私は自分の耳を疑った。

陰謀論という言葉自体を知らなかったのだ。なにかの噂や説が陰謀論と指摘されているなら、そのことはせめて明示するのがメディアの責任だと思う。「言わなくても分かるだろう」は通じない。

それで、この映画にも陰謀論が出てくる。暗殺説とは別で、白人が黒人に何をしようとしたかに関する話だ。詳しくは映画で見てもらいたい。

映画の評価される点と批判されるべき点を見極める

2019 Wingman Media ApS, Piraya Film AS and Laika Film & Television AB
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この映画は墜落事故について、付近で戦闘機を操縦していたベルギー人パイロットが辛くを命じられていたであろうとする新証言があったことで評価されており、日本でも報道されている。

英日曜紙オブザーバーは13日、1961年9月に第2代国連事務総長のダグ・ハマーショルド氏を乗せた航空機がアフリカの北ローデシア(現ザンビア)で墜落した事故について、近くで戦闘機を操縦していたベルギー人パイロット(2007年に死亡)が撃墜したことを裏付ける新たな証言が見つかったと報じた。

 同紙によると、証言は今月、米国で開かれる映画祭で公開されるドキュメンタリー映画「コールド・ケース・ハマーショルド」で明らかにされた。映画では、「撃墜を命じられたが搭乗者は知らなかった」などと、このパイロットから関与を打ち明けられた知人の証言を紹介しているという。

出典:2019.01.16 東京朝刊 国連総長墜落死 「撃墜命じられた」 操縦士 知人が証言紹介

評価すべき点、批判的に見るべき点を自分で見極める力がこの映画では必要だ。

映画後半に出てくる「衝撃の新事実」に関しては、真実かどうか証明はできないために「陰謀論を拡散している映画であり、陰謀論を拡散している監督としても批判されている」と北欧のメディアはしっかりそこも伝えている。

監督自身も「これは史上最大の殺人ミステリーか、世界でもっともバカげた陰謀説かのどちらかだ」と作品内で触れている。

作品自体に価値はあるので、ノルウェーとデンマークでは公共局の公式HPで今も映画は視聴可能だ。

ストーリーは複雑で、たくさんの人の名前や証言も出てくる。墜落事故や陰謀論については事前に予習したほうが追いやすいだろう。

Text:Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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