陰謀論を考える教材に、映画『誰がハマーショルドを殺したか』
デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、ベルギー合作の映画『誰がハマーショルドを殺したか』が日本で7月18日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開される。
この映画はこういう人におすすめだ
- 「陰謀論」という言葉を聞いたことはあるが、詳しくは知らない
- 北欧3か国が実際に起きた事件を暗殺説としてドキュメンタリーを作るとどういう世界観になるか
- デンマーク人ジャーナリストで監督のマッツ・ブリュガ―氏はどういう世界観の映画を作るのか(ほんわかしたイメージの北欧とは大違いだ)
- 1953~1961年に国連事務総長を務めたスウェーデン人、ダグ・ハマーショルド氏とは何者か。殺されたとまで言われる彼はアフリカで何をしようとしたのか
- なぜダグ・ハマーショルド氏は死亡後にノーベル平和賞を1988年に受賞したのか(授与したのはノルウェー・ノーベル委員会)
- 黒人の命の大切さを訴えるBlack Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター)運動で、白人が黒人をどう扱ってきたのか考える資料が欲しい
- 自分で考える力、批判的思考を養いたい
暗殺説がでるほどハマーショルド氏がしようとしたことは何だったのか
コンゴ訪問のためのハマーショルド氏の搭乗機の墜落は今でも謎が多く、国連の公式HPでは「事故死」とされており、暗殺説があることには触れられていない。
反植民地を掲げてアフリカ開放を目指した彼は「あまりにも理想家すぎて、旧植民地大国から嫌がられた」という。もし彼が死亡せずに、その主義を貫いていたらアフリカは今とは全く違う世界になっていたということが映画でも触れられている。
欧州の中でも北欧の政治家というのは理想が高くて、煙たがられることもあるのは今でもそうだ。長い時間をかけて、その理想に少しずつ近づいたからこそ、今の幸福度トップの北欧諸国がある。スウェーデン生まれのハマーショルド氏の意思が受け継がれていたらどうなっていたのだろうと、想像する心がつつかれた。
デンマーク人監督の独特な映画手法
デンマーク人ジャーナリストであるマッツ・ブリュガ―監督の独特な映画の世界は、この映画を真面目に見ようとしているものを困惑させる。何を信じていいか分からなくなるだろう。
スウェーデン人調査員であるヨーラン・ビョークダール氏に墜落機の破片を持たせて電車に乗せたり、発掘調査隊の恰好に着替えて墜落機を掘り起こそうとしたり、2人の秘書に調査報告を書き起こしさせたり、トランプをしはじめたり……。結局はふざけているのか、どこまで真面目に受け取ればいいのか、フィクションなのか、見ているものを煙に巻く。
陰謀論を鵜呑みにしない能力
暗殺説を追っていると、事態は急変し、別の陰謀論が浮上する。陰謀論という言葉は映画の中で何度も登場するものだ。
この映画にお金を払ってまで見に行こうという人は、陰謀論かどうかに気づいて物事を批判的に考える力がある力が高いのかもしれない。
しかし、私はたまに日本では陰謀論だと見抜く力が低いのではないかなと思うことがある。考えてみれば、学校では教えられなかった。
陰謀論は何か、なぜそれが危険なのかという情報周知はノルウェーでは頻繁にメディアや政治家がしている。ネット時代に陰謀論がさらに広まりやすくなり、そのまま信じ込んで過激な言動にのめりこむ人もいるため、より放置してはならないテーマだ。
ノルウェーでいう陰謀論とは、例えば「(中道左派の)労働党はイスラム教徒を移民として受け入れ、国家を破壊しようとしている」などだ。
2011年に77人を殺害したノルウェー人のアンネシュ・ベーリング・ブレイビクの過激思想の根幹ともなっている。政府庁舎を爆破した直後、ブレイビクは労働党青年部が夏合宿をしている島へ向かい銃を乱射した。
事件はネットで広がる陰謀論や思い込み・憎悪の危険性をノルウェーで改めて認識させることにもなった。
グレタ氏にもつきまとう陰謀論
スウェーデンの環境保護活動家グレタ・トゥーンベリ氏にも陰謀論がくっつきまわっている。
特定の国が彼女を操っているというような説は陰謀論として北欧現地では認識されているが、日本ではそのまま「それもありえる」と本気で受け取っている人が多いのではないかという印象を持つことがある。
日本の報道番組がこのことを私に問い合わせてきた時、「全国放送の報道番組で陰謀論を拡散しなくてもいいのでは」と言うと、番組担当者が「陰謀論って何ですか」と聞いてきて、私は自分の耳を疑った。
陰謀論という言葉自体を知らなかったのだ。なにかの噂や説が陰謀論と指摘されているなら、そのことはせめて明示するのがメディアの責任だと思う。「言わなくても分かるだろう」は通じない。
それで、この映画にも陰謀論が出てくる。暗殺説とは別で、白人が黒人に何をしようとしたかに関する話だ。詳しくは映画で見てもらいたい。
映画の評価される点と批判されるべき点を見極める
この映画は墜落事故について、付近で戦闘機を操縦していたベルギー人パイロットが辛くを命じられていたであろうとする新証言があったことで評価されており、日本でも報道されている。
評価すべき点、批判的に見るべき点を自分で見極める力がこの映画では必要だ。
映画後半に出てくる「衝撃の新事実」に関しては、真実かどうか証明はできないために「陰謀論を拡散している映画であり、陰謀論を拡散している監督としても批判されている」と北欧のメディアはしっかりそこも伝えている。
監督自身も「これは史上最大の殺人ミステリーか、世界でもっともバカげた陰謀説かのどちらかだ」と作品内で触れている。
作品自体に価値はあるので、ノルウェーとデンマークでは公共局の公式HPで今も映画は視聴可能だ。
ストーリーは複雑で、たくさんの人の名前や証言も出てくる。墜落事故や陰謀論については事前に予習したほうが追いやすいだろう。
Text:Asaki Abumi