目指せ!“大和級”の信頼。阪神タイガース・森越祐人選手の生きる道
■日々のキャッチボールでの意識
この春季キャンプで、さらに素速くなったように感じた。内野の守備練習での森越祐人選手の動きだ。
「ほんとに?」と目を丸くすると、「もっともっとうまくなりたいっていう向上心が速くさせてるのかな」と頬を緩めた。大事にしているのは「当たり前のゴロを当たり前に捕ること。それがピッチャーの信頼を得ると思うから」という。
そんな森越選手のキャッチボールを見ているとおもしろい。相手からのボールはグラブに入ったかと思うと、ほぼ同時に右手に握られている。まるで手品のようだ。
「意識しているのはキャッチボールでの持ち替え。キャッチボールって毎日するでしょ。何球も何球も。キャッチしてすぐ右手に持ち替えることを、意識してきっちりやるようにしている。決して肩ならしにならないように」。
日々の練習の中で意識的にやっていることが、実戦で生かされている。いや逆だ。実戦で必要なことを、練習でいかにやり続けられるかが大切なのだ。
■下半身を使った守備
中日ドラゴンズから移籍して4年目を迎える。今や“守備のスペシャリスト”としての居場所を確立しつつある。
昨年は8月3日に1軍に昇格すると、守備固めやバントなど貴重なバイプレーヤーの働きを見せ、自己最多の29試合に出場した。また移籍後初ヒットも放ち、トータル3本の安打を記録した。
しかし本人は納得していない。「大事な場面でバント失敗したこともあった」と、常に与えられた仕事を100%遂行できてこそ、自身の存在価値があると考えている。
その守備ではさらなるレベルアップを目指している。ファームで指導してきた藤本敦士コーチは言う。
「もともと捕ってからの送球は速いものを持っていた。でも速くても凡ミスがあった。そんなに慌てなくても…というのが。変に速さを求めすぎて、上半身だけの小手先で投げていたので、改めて下半身で投げることを意識させた。森越なら、もう半テンポ遅らせても十分なんだから。去年くらいから丁寧になった。状況に応じて周りが見えるようになって、慌てなくなった」。
成長を認め、さらに今後に向けて進言する。「今の状態を維持していかなあかんけど、この世界、継続するということがどれだけ難しいか。ここから年齢も重ねるし、下半身も弱くなる。それを意識して継続しないと生きていけない」。
本人も重々自覚しており、「一昨年くらい前から藤本コーチに『足を使え』と口酸っぱく言われてきた。本当に下半身が大事だなって思う」と継続して取り組んでいる。
打球や打者の足の速さによって違うけど、と前置きした上で「捕って急いで投げるのと、しっかりステップして強い球を投げるのと、そんなにタイムは変わらないことがわかった。今まで速いのが自分のアピールポイントだと思ってたけど、正確でないと意味がない」と話す。
このキャンプでも再確認し、その動き、体の使い方を体に覚え込ませている。
■“師匠”大和選手との濃密な自主トレ
さらに今年はこれまでと違うことがあった。横浜DeNAベイスターズにフリーエージェント移籍した大和選手の存在だ。1月に大和選手が地元の鹿児島県は鹿屋市で行う自主トレに参加させてもらって今年で3回目になる。
先輩から可愛がられる大和選手だが、どちらかというと後輩には自分から近寄るタイプではなかった。しかし森越選手には大和選手のほうから話しかけてきたという。
「大和さんとよく話すんです。ボクら、なんでこんな仲良くなったのかなって。大和さんが言うには、ボクが3年前にタイガースではじめて1軍に上がったとき、西武ドームでの試合中に大和さんから『グラブ見せてや』と話しかけてきたそうなんです。ボク、全然記憶にないけど(笑)」。
初昇格で緊張している森越選手が覚えていないのは無理もない。
「他球団の選手はあまり知らなかった」という森越選手だが、シートノックでの大和選手の動きを見て、「うっま~」と魅了された記憶は鮮明だ。そしてその年が終わったとき、大和選手から自主トレに誘われ、喜んでついていった。お互いを認め合える二人の自然な流れだったのだろう。
「今年から違うチーム。気持ちの面ではすごく淋しいけど、プロなんでこれはボクにとっては大きなチャンス。大和さんのポジションが空いたわけだから、そこを獲っていかないと」と牙を砥ぐ。
昨年までの自主トレでは「大和さんの動きを見て、自分でこういうことかなと考えてやってみて…だった」と、同じチームだからこそ遠慮もためらいもあった。しかしもうポジションを争うことはなくなった。「今年は遠慮せず、聞きたいことはすべて聞きました!」と貪欲に食らいついた。
たとえば「三遊間の深い当たりをギリギリ逆シングルで捕ってアウトにするとき、一発で方向を変えて投げる。しっかり右足に(体重を)乗せて、すぐに左に体重移動して、上から背負い投げのように投げる」とコツを教わった。
また「ゲッツーのとき、相手が『これが見やすい、これは見にくい』とか『これは捕りやすい、これは捕りにくい』とか。でも大和さんにとってはよくても、ほかの人はどうかなとか、逆に自分はどうかなとか、たくさん意見交換もできました」という。
確かに大和選手の守備力は“サンプルケース”にはなりにくいが、お互いに話しながら実践することで多くの情報をインプットすることができた。
「守備メインの自主トレだった。まず守れないと話になんないんで」。これまで以上に収穫の多い今年の自主トレとなった。
「大和さんから『オレがいないことで、オマエの需要が増えるな』って言われた。『ありがとうございます』って言っときました(笑)」。冗談めかして言っているが、大和選手にとって自分が抜けた穴を十分に埋める力があると見込んだ愛弟子への、心からの贈る言葉だろう。
■新井良太コーチとのティーバッティング
「守備はトップクラスだからね」と認める新井良太コーチは「打てばチャンスが広がる」と、森越選手の出番増のためにバッティングのレベルアップを手助けする。
キャンプでも新井コーチ自ら考案した数種類のティーバッティングをするのが、二人のルーティーンワークだ。ケンケンしながらやウォーキングしながら、トスの方向も通常のものだけでなく逆からも、また高さも変えたりと、多種多様のティーバッティングの目的は「意識づけ」だという。
「ボールとバットと目の距離感をしっかりとるように打っている。そのためのいろんなティー」と森越選手は説明する。
「どうしても三振したくないって思って、合わせにいっちゃう。そうすると距離がとれなくなって…。自分のポイントにもってきてしっかり打つように、横からとか背中からとか投げてもらっている。ボールに寄っていかないように」。
自分のことをしっかりわかっているからこそ、弱点を克服する取り組みができるのだ。
「すごく意欲的だし、なんとかしてやりたい。できる限りのサポートはしてあげたいね」という新井コーチの親身な指導に、森越選手も応えようと必死だ。
■「信頼」は積み重ね
昨年、1軍での“居場所”は確立したかに思えるが、「いやいや、ボクのポジションなんて、いくらでも代わりはいる」と決して安穏とはしていない。常に危機感を抱いている。
森越選手は「信頼」という言葉を何度も口にする。「しっかりやって信頼を得られるように。たとえばバントをきっちり決めることで信頼を得て、またもう1打席もらえたりする。ひとつきっちりやれば次のチャンスがある。小さい積み重ねが信頼に繋がる。信頼を失うのはすぐだけど、得るのは本当にたいへん」。
求められるのはバントや小技はもちろんだが、なんといっても守備だ。二遊間だけではない。「ファーストや外野もできるのは、使い勝手がいいと思ってもらえる」と意欲的にチャレンジする。「外野はまだここ一番でのエラーをしてないから怖さを知らない。違う景色で守らせてもらってる」と前向きに取り組む。
そしてその経験をまた内野守備にも生かす。「外野守備って、ころころとポジショニングが変わる。内野だとランナーがいると、そんな極端に動かないけど。だから内野を守っているときは外野の位置をいちいち確認しないといけないと、改めて思った」。
後ろに目はついていない。その都度、しっかり振り返って見て確認し、外野手のポジショニングを頭に入れておくことで、内野手として適切に動ける。
究極は「こいつのところに飛んでエラーになったのなら、しゃあないなという信頼。大和さんにはそれがあったんで」という“大和級の信頼”だ。
今季もひとつずつ信頼を積み重ねていく。そして「大和さんのポジション」を必ずモノにする。
(撮影はすべて筆者)